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おばあちゃんへの手紙3

今、私は下町で小さな町工場を営んでいる。

従業員はいなく、自分の妻に経営の事務的な事一切を手伝ってもらっている。

昔から機械いじりが好きで、
小さい時はいらなくなったラジオや時計を見つけては、
よく分解して組み立て直し遊んでいた。

機械と向き合っている時は、
頭の中の思考、
無駄なおしゃべりがピタリと止まり、
静止した時の中で
その美しい機械の配列に魅せられていた。

そんなわけで、
将来は何か人の役に立つような、
いや、人間に寄り添って
その人の人生の一部になっていくような
ロボットを開発したい

といつしか夢みるようになり、
大学は理工学部を選び、進学した。


自分にとって身の程知らずと言われそうな、
高いレベルの大学だったが、

懸命に勉強した甲斐あってなんとか
合格することができた。

人生で一番有頂天になっていた頃だったと思う。


何事も自分が頑張ったからだ

と「自分が…自分が…」が先に立ち、
周りの事は何も見えていなかった。

それまで両親が
どれだけ自分を応援し支えてくれていたことか。

励ましあった仲間達の存在。

学校の先生や塾の先生の的確なアドバイス。


本来それらのどれが欠けても
合格なんてありうるはずもなかったのに。

自分もそれはよくわかっていたはずなのに、
その謙虚さを失い、

先輩方の功績で気づきあげた母校のブランドを
自分の力、自分の名刺代わり
ぐらいに感じるようになるのに、
ひと月とかからなかった。

今、こうして
おばあちゃんのお墓参りに来て
改めて気づいた。


大学がすぐそばなのだ。

大学からお寺まで歩いて15分とかからない。



それなのに学生時代お墓参りに訪れたのは、

たったの一度きりだった。


そもそも自分が行きたい、行って勉強したい
と思った学校のそばに、

自分の家の菩提寺があるというのは、
単なる偶然なのだろうか。

いや、もちろん
偶然という一言で片付けようと思えば片付けられる。

でもその瞬間、

自らの手で幸せの道を閉ざしてしまう
ことになるのではないだろうか。


輝くばかりに散りばめられた
人生の宝石たちを手にしながら、歩む
ことのできる幸せの道を。

すでに与えられている
喜びや幸せの宝に背を向いて、

自分が頭で考えた
欲しいものだけが欲しいものだと、
それだけが素晴らしいものだと。


なぜなら
それ以外は自分が欲していないのだから、
手にしても喜びなどあるはずがないと。

決めつけてはいなかっただろうか。

あるいは
何者かに心を乗っ取られ洗脳されたような、

そうとしか選択できなくなっていたような気がする。



おばあちゃんのお墓を
汗を流しながら
ただ一心不乱に掃除をしていると、

自分の頭を洗脳していた
力のようなものが
弱まっていくのを感じる。

それでも
自分の心を掴んで離さなかったものが
懸命に訴えかけてくる。

「そんなことをして何になる」と。

「何の反応も示さない石を磨いて何になる。

そんな時間があったら
もっと幸せになるアイテムを欲しろ。

そのために行動をしろ」と。

それじゃあ、
そう訴える君に聞くけど、


どうして私がこうして
一生懸命お墓を掃除していると、

君の力は弱まっていくの。


私の考えを縛りつけるその力が
緩んでいくのがわかるんだよ。

ただ無心に、

おばあちゃんやご先祖様への
感謝の気持ちを込めて
体を動かし続けていると、

君の力がどんどん弱くなっていくのがわかる。


もう私を捕まえていられないほどに
力が入らないんだろう。

決して私は君を憎んじゃいない。

知らなかっただけなんだよね。


意味のないって思っていた行動に、

こんなに自分を
気持ちよくさせてくれるものがあるってことを。


わかっているよ。

君は私の中の”欲”だね。


私はもう欲しいものを手に入れる力はいらない。

すでに与えられている
目の前の宝に気づける力を身につけたい。

私は心の中で自分自身の”欲”を抱きしめた。

君も間違いなく私だ。

君は私の中の繰り返す力だ。
何度でも繰り返したいという思いの力。原動力。

これからは君の力を
有意義に使わせてもらえるように努力するよ。


でももう
そんなに力まなくたっていい。

リラックスして肩の力を抜いて深呼吸。

ゆっくり歩もう。


足元にひっそりと咲いている
小さな花々を見落とさないように。

自分を優しく吹き抜ける
爽やかな夏の涼風を
気づけるように。


ゆっくりと、

そして時に立ち止まって見なければ、
見落としてしまうものばかりだから。


ありがとう。


君だって
幸せになりたいと思っているから

そう突き動かしてくれていたんだね。


でも大丈夫だよ。

幸せへ向かう道なんて
ないってわかったから。

今まで
どこかに幸せという目的地があって

そこへ辿り着く道があると思っていた

けど、違っていたんだ。

幸せなんて目的地はない。


今ここで、
今この瞬間、
幸せでいることが、
幸せこそが道なんだから。


今、目の前の幸せに
気づき続けていることが大切で、


幸せに歩んだ人生の結果は幸せなんだ。


手合わせて目を瞑る。



静寂があたりを包み込み、
お線香の香りがふっと鼻をよぎる。

遠くで
子供たちの遊びに興じる声が微かに聞こえ、
鳥たちの楽しげなさえずりも聞こえて来る。


肌をゆっくりと伝わる汗の感触。

合わせた手のひらで血流が脈打つのがわかる。

ゆっくりと繰り返されている呼吸。


研ぎ澄まされているのがわかる。


今、私は
幸せなんだ。

そっと目を開けて微笑む。


「おばあちゃん、また来るよ。」


私はもう一度お墓にそっと手を触れた。

石は太陽の熱をいっぱい吸って、とても熱かった。

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