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おばあちゃんの手紙12-2



恐怖ではなく、
このような畏敬や畏怖の前では
自分が小さき者であることが
幸せの大きなポイントであると、
腑に落とすことは容易だ。



普段私たちは常に大きくありたいと願い行動する。

立派になること、
みんなに認められるようになること、
夢を実現させていくこと。

それが叶わないと
勝手に惨めになって自分は不幸だと追い詰めていく。


大きな者であることは、
実は自分を追い詰め、
虐げることと同義だと気づくことができる。

そして、
小さき者であることは、
逆に周りを愛で包み込む。


小さき者が成す御業は、決して小さなことではなく、
小さな勇作がみんなを笑顔にするように、
本質において大きな者を凌駕し包み込む。


私は改めて断崖絶壁から見下ろす
圧倒的なまでの迫力と美しさに心を震わせた。


この大自然の前で
小さき者であることを素直に
謙虚な心で受け入れられる自分に
喜びと安心をも感じた。




そしてよく見ると、
その波の上を無数のトンボが飛んでいた。

シオカラトンボにムギワラトンボ、アカトンボ。
ざっと数えただけでも100匹以上はいるだろうか。

まるで神聖なスリルを楽しむかのように、
波の上下に合わせて上手に舞っている。

遠くの岩場でビクビク怯えながら
覗き込んでいる、我々人間を嘲笑うかのように、
悠々と宙に浮きながら、
透きとおる波の上を滑っていく。


かかる過酷な環境にありながら、
トンボ達は幸せそうに見えた。

龍馬さんや幕末の青年たちも、
時代は過酷を極めたが、
ただ辛いだけの人生ではなく、

このトンボたちのように、
どこか悠々と荒波を楽しむかのように、
自分たちの人生もちゃんと楽しんでいたのだ
と思いたい。

勝手に我々が憐れむのはむしろ失礼だ。

龍馬さんならきっとこういうに違いない。

「辛いかね。苦しいかね。諦めて帰るかね。
でもわしらは笑ってそこを通って来たぜよ。
わしらのようにまっこと幸せな人生を
生きぬかなきゃ、いかんぜよ。」



桂浜を離れる前に、お土産屋さんで
龍馬さんの立像と桂浜が描かれた
湯呑みを、記念に買った。



東京に戻ってほどなく、
その湯呑みでお茶を飲んでいると
「パパさん、来て来て、早く!」と
玄関の方で妻の叫ぶ声が聞こえた。


何事かと、
湯呑みを持ったまま慌てて駆けつけると、
玄関の前を小さな亀がヨチヨチ這っていたのだ。


愛曰く、玄関脇の南天の木の根本から
ゴソゴソと出てきたのだという。

なんでこんなところに、
と二人で顔を見合わせて驚く。

確かにうちは、水元公園という
都内でも有数の大きな公園が近くにあり、

”水元”と言われるくらい、
江戸時代に治水事業の一つとして、

水辺に沿って開かれた場所が
そのまま公園となっていて水郷景観豊かな場所だ。


きっとそこから迷い込んできたのだろうが、

それにしてもこんな小さな亀のヨチヨチ歩きでは、
公園から住宅街を抜けてくるのは
結構大変なことだったろう。




不思議に思いつつ、
手に持つ湯呑みにふと目を向けた時、


サッとひらめきのような光が
脳裏を走り抜けるのを感じた。



そういえば龍馬さんの設立した
日本初の会社組織は最初、『亀山社中』といった。


ここにも亀という文字は使われているが、
それはあくまできっかけで、

この龍馬さんのふるさと高知の札所を巡る中で、
一つやけに亀を祀ったお寺があったことを
思い出したのだ。




四国最南端、
足摺岬の突端に位置する38番札所の金剛福寺。

南国ムードが漂う中にあるが、
そのお寺には大師亀という亀が祀ってあって、

これは金剛福寺周辺に残る
足摺山七不思議の一つに由来する。


弘法大師が沖の不動岩で修行する際、
亀を呼んで岩まで渡してもらった
と伝えられているのだ。


曰く、この祀ってある大師亀の頭を
撫でて祈るとご利益があり、
そのお遍路を成就する助けをしようと
亀が現れるという。

「ええっ。」
私の話を聞きながら、
愛が震え上がるように声を漏らした。


「本当に現れたんだ…」
この小さな奇跡のような出来事に、
しばし陶然と立ち尽くしていた。



心の中を恵風が過ぎていく。


私は一つ深い呼吸をしてから、
決然として語を継なごうとしたその時、

静かな、しかし芯のある声が、
機先を制して私の言葉を遮り、言った。

「パパさん、この亀を飼いましょう。
大切に育てましょう。」

虫はもちろんのこと、
亀などきっと触ることもできないはずの
細君の言葉だった。


常ならぬ展開といささか動転しつつも、
愛の顔を確かめるように覗き込むと

その小亀を見つめる瞳には、
微塵の揺らぎも見えない。


私も大きく首肯しながら超然と構えて、答えた。

「いい提案だ。
私も今、それを考えていたところだよ。」


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