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2人の悪魔 #18.5⚠️

花に酔う


⚠️ややR18表現を含みます



アダムスとイーヴァの2人が帰ってから、ハーゲルは部屋の奥で保存食の整理をしていた。本来午前中に終わらせるつもりであったのが、予期せぬ来訪者のせいで遅れてしまったのである。春先のうちに集めた草花や蕾のついた枝木、咲き盛りを過ぎた花々を微細な氷でコーティングしたハーゲル専用の保存食である。
その中から去年の金木犀の枝木を手に取り、何本か手折る。その途端に折れた箇所から芳しい香りが立ち上った。

「……いい香り」

すん、と少し息を吸い込むだけで肺の中に花の精気が満ち充ちる。香りの強い花々の精気は精霊にとっては人間たちでいう酒気に限りなく近いのもあり、久方ぶりの強い花気に当てられたハーゲルは少しふわふわとした高揚感の中フェニのいる部屋へと戻った。

「なんかいい匂い…ってハーゲル?具合悪そうじゃないか…?」
「どちらかというと良い方だ」
「……それ貸せよ。こっち置いといてやるから」

ん、と素直に枝木をフェニに預けた辺りでじんわりと熱が体内に回っていくような感じがして思わずその場に崩れ落ちた。男は受け取った枝木の氷が己の熱で溶けぬよう、近くの雪深い場所へとりあえずと差し込んだ。

「ア〜………これ久しぶりの奴だな」
「ハーゲル?なぁ、大丈夫かよ…横になった方がいいんじゃないか?俺に何かできることあるかよ、」

柄にもなく不安そうな心配の気配を全面に帯びた表情で見下ろしてくる男の顔をじっと見つめる。弱そうな顔してる時が一番可愛いよなあ、こいつ。そんな思いのまま熱の籠る手で男の頬を覆うツノ先を掴んだ。

「なっ……!ちょ、折れる、折れるから!そこはダメだ流石に!おい!ハーゲル!?聞いてるのか?!!」
「うるせえよ、こっち来い」

ぐっ、とツノを掴んだまま手前に引き寄せれば巨躯の男が目を白黒させたまま眼前に現れる。三つ編みに結ばれた髪が肩から何束か雪崩れ込んでハーゲルの頬に落ちた。

「整った顔してんのになぁ…?こんなカァワイイ顔もすんだから……」
「は、はーげる、」
「おいで、」

口から飛び出た声は己の耳で聞いてもひどく甘く艶を帯びていたが、身体はそれに反しており、直前までツノ先を掴んでいた手を離して目の前の金糸の束を乱暴に引っ掴む。そしてそのまま薄い唇に噛み付いた。体温の高い男の舌はいつも通り熱かったが、今はそれが心地よくすらあった。自分の中の熱を男に明け渡すかのように時間を忘れてその感覚を楽しむ。

「……っ、急に…なに、なんなんだよ…」
「ンー……嫌か?」
「いっ……」

嫌じゃ、ない。
顔を背けながらも小さな声でそう答える男に口角が上がる。

「そうかよ。なら…次にすることもわかるよな?」

そう誘ってやれば、覚束ない手つきながらも、胸元の締め付けを解いていき、普段は閉じられているフェニの鎖骨が露わになる。そうして、ハーゲルの手を震える手で掴み、冷気に晒された首元へあてがった。

「…俺の、身体に…アンタの冷たさが、ほしい」
「…うん、覚えててえらいな、えらい」

偉い子には褒美をやらねえと、とフェニの喉仏を細い指がつうっと滑り落ちていき、鎖骨の合間でぴたりと止まるとそのまま斜め上のエラを逆撫でするように撫でる。そうされるとフェニの身体の強張りが一気に緩んでいく。ぺたりと床に座り込んでしまった男が、ようやく何もせずフラットな状態でハーゲルの目線近くに降りてくる。

「お前はどこに触れられたい」
「…い、言ったらくれんのか…?」
「気分次第だ、と言いたいとこだが…そもそも気分がいい、金木犀はよく回るな。次からは本数を減らすか…」
「あれ、アンタにとって酒みたいなもんなのか?顔も赤ぇし…なんかぐったりしてる気が、」
「可愛がってやるから、あまり口数を増やすな。縫い付けて話せなくしてやってもいいが」
「や!いい、しなくていい!だまる、黙るから待って」
「お前の耐えてる声は…僕だって好きだ、征服欲が満たされる…」

怖、とフェニの呟きが耳を微かに通り越すが、今はそんなに気にならなかった。腰布を解くように言い、男がもたもたと腰周りを寛げるのを待ちながら、ゆっくりと息を吸い込む。やはり入り口に近い方は外の新鮮な空気の中に雪の馴染み深い精気が混じっていて、最初に感じていた染め上げるような熱は徐々に冷めてゆくような気がした。
すう、と少しだけ再び息を吸って身体の中の状態を整えていると、くいっと袖が引かれた。

「で、できた…お前が、したいように…してくれたっていい、」
「フーン?」

それって僕に全部させるってことだろ?そう言えば、先ほどまで赤く染まっていた頬がみるみるうちに青ざめてゆく。ああ、勿体無い。何か助言をしてやるべきだろうか、と思っていると、フェニが上半身の衣服を捲り上げた。途端に、よく鍛え上げられた腹筋とみっしり重ねられた鱗が表出する。

「胎でも胸でも…いい。俺は結局…お前に初めて触られてからっ、どこでも"良く"なるみてえ、で…!自分でしてもよくわかんなくて、だからっ…おれ、お前が喜ぶ正解がわかんなくて…」
「へぇ、お前自分の快楽よりも僕の楽しみを探そうとしてんのか?」
「は、え、…だめ、だったか…?」
「いーや?ただ意外だっただけだ」

自身の快楽のために手段を覚えたはずの男が、施す側の意を汲もうとしている。それはハーゲルにとってはかなりの予期せぬ誤算だった。そこまでに辿り着くには相当の時間を要するだろうと思っていたのだが、男は意外と簡単に堕ちてきているらしい。

「やっぱり初手を身体から堕としたのは正解だったらしい、ハハ」
「はーげる、俺間違ってるか…?」
「そうさなぁ、間違ってはないが。もう一捻り欲しいな、よーく考えてみろ」

すると男は眉をハの字にして、ぐるる、と唸った。心なしか獣耳も伏せていて、本当に獣がしょげているかのように見えて少しばかり加虐心が疼く。

「ひ、人差し指出してくれ…」
「こうか」

利き手を、と言うので大人しく人差し指を立てるように眼前に出してやると、「悪い」と断りを入れたのちにハーゲルの手首を掴んでその人差し指がフェニの胸元の端の方へと引っかかるようにあてがわれる。ちょうど大胸筋の外側の縁をなぞり始めるくらいの位置だ。そのまますーっと胸の中心に向けて滑らされる。時たまくるくるとかき混ぜるようにしたり、ぎゅうと押しつぶすようなふうにしたり。その度にはふ、と息が漏れる。男の顔を盗み見れば、何かを我慢しているような表情で、奥歯を噛み締めている姿が目に入る。衣服と男の体温に挟まれて、ハーゲルの手がやや汗ばんできた辺りで「手を、開いて欲しい」と言うのでその通りにすると、心臓の位置に手を当てがわされる。男の脈はいつだって高い体温に合わせていくばくか早く波打っているが、掌越しに脈打つ臓器は些かはやりすぎなのでは、と思うほどに息つく間もなく脈打っていた。

「なぁ、俺馬鹿だから。アンタの思う正解なんてきっと出せない。お姫さんや…坊の前じゃ言わなかったけどさ、おれ、きっと自分が思う以上にアンタに縛り付けられてる。そうでなきゃ……こんな風にはならないだろ…?」
「お前、本当に恋の何たるかも知らないんだよな?」
「……?そういうことには疎い」

わかってる、とハーゲルは口元を隠しながら男が言った内容を反芻すると、乾いた笑いをこぼした。

「お前がいつか死ぬ時はいつまでも温かく炎に焚べたような心臓を僕に寄越せよ」
「アンタが俺に死ねって言うまで死なない。それは俺が決めたルールだ、それに…」

今のアンタは俺に死ねって言わないだろ?
その確信を帯びた声色に満足して、再び男の舌の温度を確かめるように冷えた舌を絡ませたのである。

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