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2人の悪魔 #3 ⚠️

手のひらの温度



⚠️この作品はR18表現を伴います。

今回の登場人物
ハーゲル:湖畔の悪魔。無生殖器だったが、悪魔化の反動で凶悪生殖器保持者になってしまう。性欲は薄めのため、特に困っていない
フェニ:興味本位で催淫作用のある果実を口にしてしまう。快楽機能がバグっているため、性快楽を正しく認知できない可哀想な悪魔。一応それなりの生殖器はあるし、性欲も人並み(?)にはある

リリー(サキュバス)/ジャンヌ(夢魔):成人の手のひら大くらいの体長。ハーゲルの話し相手かつ遊び相手。
性欲薄めのハーゲルからは精霊気の残滓がちょろっと吸えてお得なリリー、不眠解消のためにかつての仲間や主人の姿を見せてくれるジャンヌ。普段は自分のテリトリーにいるが、名前を呼ぶと現れる。



他の悪魔に唆され、見たこともない赤い木の実を口にしてからなんとなく身体が変になったような気がする。
全身の内側からぽかぽかと熱を発しているようだし、体に触れると異様にくすぐったさを感じるのだ。鏡越しに見た自分の顔はやけに赤らんで、なんだか熱っぽく見える。風邪を引いたことはないが、もしかしてこんな感じなんだろうか。けれど、真冬の湖で泳いだ時だってこんな症状は出なかったし、なんならそのあともずっと元気だったし咳ひとつしなかった。
ここでフェニは考えた。一体誰に相談する?
考えている間にも頭はくらくらしてきて何も考えられなくなっていく。この熱を発散させたい、もどかしさを解消したい。ただそれだけだった。

ルキフェルは?だめだ、あれのことだから、鼻で笑って終わりだろう。
お姫さんや坊は?だめに決まっている、彼らに迷惑をかけるわけにはいかない。では誰に?
一瞬脳の片隅で冷たい薄青がよぎる。いや、無理だろ。あの男に至ってはどんな反応するかさえ見当がつかない。でも。…でも?わかりやすくいえば、1番遠い他人でもある。あの男はここから遠く離れた森の中に住んでいるわけだし。
そこまで考えた辺りで、足から力が抜け、がくっと姿勢を崩す。危うく家の中の棚を破壊する所だった。

「……もり、いかなきゃ…」

そうして、ふらふらとした足取りで覚えたばかりの道筋を辿ったのである。

ハーゲルは表情豊かな方ではないと自覚しているつもりである。別に感情が揺れ動かないわけではないと思っているが。

「……で、何しに来たわけ」
「これ、わかん、なくて……きけない、からっ…」
「あー……お前友達いねえもんな。よりによって倒したい相手頼ってくるかよ、はぁ……場所が悪い、こっち来い」

目もうつろに辿々しく来訪目的を告げたのは、つい先日追い払った小鬼だった。人間の考える恐れを剥ぎ取って固めたような厳つい姿をしておきながら、目の前に立っているのは何をどうこねくり回しても発情状態の獣だった。しかも無自覚と来ている。

「(誰だよ、こんな面倒な状態にした奴)」

ちゃんと後ろをついて来ているか、時折確認しながら湖畔から少し離れた谷間を目指す。普段ならすぐ着いてしまう距離も、やけに長く感じる。谷間の洞穴に男を横たわらせると、その横に雑に足を組む。

「ひんやりしてるから多少誤魔化せるだろ。覚えはあんのか」
「……ぅ…?」
「そういう状態になる前のこと、覚えてんのかって」
「あかい、まるの…きの、み」
「…………お前それ知らずに食った?」

浅い頷きに長いため息で応える。欲を覚えた小さな悪魔でも知っているような木の実だ。ほんの少し齧るくらいならそれなりにいい気持ちにさせてくれるもの。けれど、この症状をざっとみる限りは誰かに食ってみろとでも言われて何粒か大量に食ったんだろうと予想がついた。頼れる者もおらず、喧嘩ばかりで性知識も皆無とは。……いやまさかな。

「ったく、世話のかかる……。あれは赤ん坊に毛が生えた奴でも知ってる催淫の実だ。よく覚えとけ、お前みたいな馬鹿が口にしたらこうやって馬鹿みてえに火照って意識混濁に繋がんだよ、わかったか?」
「馬鹿って、2回言った…」
「自覚してるだけいいと思えよ、この馬鹿が」

僕の身になれ、とぺしっと額を叩いてやれば僅かに呻き声が聞こえた。もう抵抗する力もないらしい。

「本当に1人で処理したことねえのか?喧嘩と同じくらい興奮するようなことねえのかよ」
「…わか、な…」
「はぁ…………………」

くそ、と歯噛みする。なんて面倒な男だ。
仕方ないので、こういうことに詳しい悪魔を呼ぶことにし、出入りの鈴を鳴らす。

「リリー、ジャンヌ?来てくれるか」
『ハァイ、ハーゲル』
『昼間に呼ぶのは珍しいね、どうしたの』

鈴を鳴らして名前を呼べば、どこからともなく少女と少年が現れる。どちらもハーゲルの顔と並ぶくらいの体長しかないが、どことなく惹きつけられる魅力がある。

「この馬鹿が催淫の実を食ったらしい、処理を手伝ってくれやしねえかと」
『……ハーゲル、ごめんなさぁい、怖いから嫌だわ…』
「え」
『喧嘩ばかりしているでしょ?殺された仲間もいるのよ、握り潰されたらひとたまりもないもの…!ね、ね、お願い、あなたのお願いなら聞いてあげたいわ、ごめんなさいね』

耐えられないと言わんばかりに、ぱちん、と破裂音を立ててリリーが消えた。

「ウッワ………お前サキュバスが嫌がるって相当だけど…………どんだけ悪名高いわけ……」
『ハーゲル…』

ジャンヌと呼ばれた少年はすでにその身を煙に溶かしつつある。それを見て彼の意を汲み取って白旗を上げた。

「ジャンヌも以下同文だな?……はぁ……ここまで連れて来た以上面倒見るの僕かよ……」
『ハーゲル、すまない』
「いい、いいよ。僕が予想できなかった。怖かっただろう、リリーにも謝っておいてくれ」
『君に安らかな眠りが訪れますよう』

ジャンヌはハーゲルの頬に薄く口付けて、今度こそ完全に煙となって立ち消えた。
完全に頼みの綱が切れてしまったのもあり、深く深くため息をつく。どうにか現実逃避しようとしても、耳からは苦しそうな喘鳴が聞こえ、集中すらさせてくれない。

「はぁ………もぉ………」

何回めかの深呼吸をすると、意を決して横たわる男の横っ面を軽く叩いた。

「おい、起きてるか?どうにかしたいんだろ?僕が教えてやる、けどな、これが最初で最後だ。いいか?ちゃんと覚えろ、今度同じことがあっても森ん中に放り出すからな」
「っ、ん!おぼ、える…、」

ごめん、と小さく吐き出された謝罪にふ、と笑みが溢れる。

「ちゃんと謝れるんじゃねえか、いい子だな」

のちにフェニからこんなだめになったのはお前のせいだと詰められることになるとは、この時のハーゲルは全く夢にも思っていない。

なるべく楽な体勢にして、と指示を受け、考えの回らない頭でぼんやりと言われた通りに体を動かす。下も寛げてと言われ、下肢に手を伸ばすも、はたと正気に帰る。どうしたものかと思案していると、上からまたため息が降ってくる。何度めか数えるのもやめたが、これは多分「もたもたすんな」という意を含んでいる気がする。

「こんな状態で羞恥心もクソもあるか、どうしても気になるなら腰布でも掛けとけ」

サキュバスにも相手にしてもらえないなんてマジで終わってるからな?と罵倒が飛ぶ。本当にわからないから怖いのだ。なぜサキュバスの手を借りる必要があるのか、この得体の知れないもどかしさと熱はなんなのか、喧嘩で得られる快楽とは「何かが違う」のはわかれど、なぜなのかまではわからない。それを『赤ん坊でも知ってることを…』と呆れで返されているのだ。

「……で?どこが1番気になる」

男は腕まくりをしていて、その薄い青白い肌が肘まで陽に晒されている。なんとなく、その姿も目に毒だなと思った。

「くび、と…腹、あと…その下…」
「ふーん、ちゃんと性感帯は把握してんのか」

耳馴染みのない言葉に首を傾げるも、大人しくしてろといなされてしまう。
起き上がるのを制止した手はそのまま首元に寄せられ、下顎を引っかかれるようにくすぐられる。それが異様にぞわぞわして横たえていた体がびくびくと震えた。尾もそれに連動してびたびたとしなっている。

「どんな感じがする」
「ぞ、ぞわぞわって…!くすぐった、」
「やめるとどうだ」
「っぇ……?」

ぱっとハーゲルの手が喉元から離れた。いきなり体は刺激を失ってもどかしく感じる。くすぐられている時はもうやめてほしいと思うのに、やめられるとどうして、なんでと縋ってしまいたくなってしまう。それを拙い言葉でそのまま伝えれば、「くくっ」とハーゲルが喉を鳴らした。

「可愛いとこもあるなぁ、お前」
「は…」
「おかわりするか?これ」

手つきは先ほどと同じく、首元をくすぐる動きをしている。頭の中はとっくに空っぽのはずなのに、指の動きから目が離せなくなって、早く欲しいと思ってしまう。

「す、る…」
「ン」

ちゃんと言えて偉いな、と嬉々とした声色が降ってくる。えらい、と褒められたことがじわじわと体を侵食していく。第一、成体になってから褒められることなんてそうそうない。幼体の頃も特筆するようなことはなかった気がする。

首をくすぐられながら、なんだか上擦った声が出そう、と思いながらぐっと下唇を噛んだ。

「…こら、噛むんじゃねえよ。声出そうなら出しとけ、抑制したっていいことなんてねえんだから」
「萎え、たり…っ…」
「ハ、それお前が言うの?意味分かって言ってんのか?……今更だろ、余計なこと考えてる暇あったら気持ちいいことだけ考えろ」
「きもち、い…?」

疑問を呈せば、男の目に「それもわかんねえのか」と侮蔑と呆れが映る。ため息のあとに「今声出そうだなとか、もっとしてほしいなって思うような感覚のこと」と説明が降りてくる。なんだかんだ答えてくれる辺り優しい奴だと思う。

「ぞわぞわってやつ、もうちょいあったらいいなってやつはすぐ言え。それと同じくらい逆のことも早く言え」
「……ぅ」

はぁ、と息を吐くと、冷ややかな洞窟の中で濃く白い蒸気となってふっと消えた。目に涼やかな薄青は体のあちこちに触れてあーでもないこーでもないとそれこそ隅から隅までをまさぐっている。全身が火照っているからか、触れてひんやりと冷たい彼の体温はとても心地よかった。時折爪先がどこかに引っ掛かるたびに情けない声が出てしまうものの、声を我慢するなと言われた以上半ば諦めでそのままにしている。
しばらくあちこちをまさぐっていた男が「なァ」と声をかけて来た。

「な、に…」
「お前、本当に何も知らないワケ?こんなに育ってる身体見せられたら嘘だと言って欲しいくらいなんだが」
「……言ってる意味がよく…?」
「はぁ…………」

こりゃ天然モノかよ、と悪態が聞こえる。無性に好きだなと思った顔が自分のために苦悩して歪んでいる。悪態も罵倒もつかれてはいるものの、それは全て自分に向けられたものだ。それがなんとなく腹の奥をぎゅっと締め付けた。

「…もし手が出たら僕は今すぐお前を雪山に放り出すからな」

肺活量の底なし具合を疑うくらいの長く深いため息が終わるか終わらないかくらいに、胸元に冷気が触れる。滑るように谷間をなぞり、ゆっくりと胸筋の筋をなぞっては軽く揉みしだく。かと思えば、掌で全体を撫で回すようにしながら時折胸元の先を掠めていく。彼は自分に対して横向きに座っているので、手の動きは横一直線に与えられるものだというのに、なぜか体全体がぞわぞわしてたまらなかった。

「おい、手出さねえのはいいけどよ、尻込みすんな、逃げんな。やりづれえだろうが」
「ひ…!やだ、嫌、これやだ…!ぞわぞわ、強い、がくがくって、する、や、いやだ、」
「あーあー、暴れんなっての。ほら、手離したって、平気か?」
「……っ、ふ、はぁっ……あ…?」

身じろぎしすぎて下腹部を覆っていた腰布はずりずりと下へずれ込んでいき、ある一点でその動きを止めた。山ができている。

「……精通はしてるはずなんだがなぁ」
「み、見たことくらいはある…!どきどきして、心臓がどくどくしてる時とか…!」
「うん、まあ、戦明けの人間みたいなもんだよな。本能で生殖行動を促すやつ」
「た、たぶん」
「馬鹿、理解してねえなら適当に返事すんな」
「う……」

ごめん、とまた謝罪を口にするとわかればいいんだよ、と男が言う。なぜだか、この男は自分が謝ったり素直に言うことを聞くと少し機嫌が良くなる気がする。わかりやすく声に明るい色が乗るというかなんというか。

「ほんとに嫌なのか?」
「えっ」
「胸いじられんの、本当に嫌か。僕を殴って逃げたいくらい」

そう言われると即答できない。なにせ未知の領域だ、判別をすぐにしろと言われても、その判別ができない。

「嫌か、嫌じゃないか」
「おかわりするか、しないか…?」
「ハッ、まあ、そうだな」

男の口元にくっきりと笑みが浮かんだ。なんだか少しだけ意地悪そうにも見えるが、気のせいだと思いたい。

「するか?おかわり」
「うっ……」

あの強い刺激をもう一度?
全身が震えて縮み上がりたくなるようなもどかしさと情けなさの集合体みたいなあの様を再びこの男の前に曝け出せと?

「フェニ」

ぱっと目線が合う。今この男はなんと言った?

「どうしたい」
「……っ、おれ、は…」

今、胸元は僅かに開かれていて、服と服の隙間から彼が手を差し入れる形で触れられていた。ぎゅ、と服の裾を握る。そのまま、恐る恐る首元まで持ち上げた。薄紫に熱の通ったほの赤い肌が冷気に晒される。見たこともないくらい腰が浮いていて、胸元を彼に差し出すような姿勢になっていることには「…無自覚に狂わせるタイプかよ」という声と共に手のひらで床面へと押し戻されて初めて自覚した。

「じゃあ、お望み通りに」
「ひ、っ…」
「力抜け、怖くねえから」
「やだ、やっ…、っう…」
「はぁ……嫌々言うんじゃねえよ、お前がして欲しいつったんだろ、んなに怖いんだったらちゃんと見てろ。僕がお前になんも怖いことしてねえって自分の目で見て確かめろ」

そこまで言われてしまえば何を言い返すこともできずにおずおずと目線を下に下ろす。
掌が触れている。ひとつ、ふたつと指が離れていって、人差し指がすーっと肌を横に滑っていく。左から右へ。少し上へ。右から左へ。真ん中へ戻って、へそのあたりまでぐぐっと下がる。ひとつ、ふたつと最初と逆順に指が降りてくる。臍の下あたりを指先が軽く押し込めている。ゆっくりとその面積が増えていき、ぐっと掌が腹を押した。まるで腹の奥になにかが詰まっているとでも言わんばかりの手つきだった。あるはずの何かを探り当てて撫でようとしているかのような。その動きと感覚がなぜか、1番最初に下顎を擦られた時を想起させ、無意識のうちに「もっと、」と口をついていた。

「フ、素直になったか」

試すような手つきだったそれが、確信を持ったものに変わる。鎖骨周り、胸元、腹斜筋を伝って下腹部へと気の流れを押し留めていくような。何度か繰り返すうちに腰は震えてほぼ力が入らなくなって来ていた。

「お前に素質があるようでよかったよ」

その言葉に疑問を感じるも、それを口にするほどの気力は残っていなかった。もう彼の言うことなすがままに従うことくらいしかできないくらいに。

「っ、!?や、っ、なに、やだ、汚いからっ…!」
「うるせえ、口閉じろ」

ばきばきっと硬い音を立てて体の一部の自由が失われる。尾と片足を氷が纏った音だったらしい。
気が動転したまま、暴れるなと目で訴えられ、はふはふと口で息にもならない息を吐き出しながらその行先を見守る。男の手は腰布の下で上下にゆったりと動きながら時折上向きの箇所をさするような動きをしている。

「自分で触んねえのか、この反応見るに」
「し、下着越し、ならっ…」
「少し?」
「……水浴びの時に、すこし……だけ…」
「はぁ……マジもんの少しだなこれ。それなりにいいもん持ってるくせに宝の持ち腐れにもほどがある」

汚いとか汚くねえとか気にしてる暇あんのか?と再び鼻で笑われる。確かに、軽く藁草を敷き詰めているとは言え、己の横たわる場所は土と岩でできている。男はといえば、器用に布やら何やらを敷いているのが見えた。その優しさをこっちにも分けてくれと思いはしたが、それを言ったら今すぐ放り出されそうだったのでぎゅっと口をつぐんだ。

「今度からやる時は…直にやれよ。衛生的に良くないし、洗濯も面倒だろ」
「なんか…液?みたいなの出たら終わり…?」
「あー、それは知ってんのか?他の奴の覗き見でもしたのか」
「………人間の村の覗きというか……」
「毛の生えた赤ん坊だな」

暗にクソガキと罵られたのがわかったが、なんとなく自覚はしていたのでむにゃむにゃと誤魔化した。

「好きな奴とかいねえのか」
「とくには…?」
「はぁ……お前何に対して興奮すんの、喧嘩以外で」
「………うーん……」

そんな悩むことかよと呆れた声が降ってくる。男の手は相変わらず器用に動き回ってもどかしい微弱な刺激を与えてくる。

「まあいい、ちょっと考えてろ」
「っ、ぁぅ…っ!?」
「はいはい、力抜け、右腕も固められてえのか」

指が。指が「なかに」入ってくる。内臓の先を拓くような動きは先ほど鈍く響いた腹の奥に直結しているような気がする。ぞくぞくして、ぞわぞわして、ぐるぐるする。

「や、これ、なに、っ?やだ…こわ、うう…、嫌ァ…」
「ほら、ゆっくりな」
「ひ、ひぅ…ひ、ぐっ…」
「泣いてもいいけど殴るなよ」

ぼろぼろと目の淵から涙が溢れて落ちていく。こわい、いやだ、なんで、こわい、ぞわぞわがたくさんして、ぎゅってして、こわくて。
奥が、奥が、奥が。『近い』。

「ここだろ、お前の好きなとこ」
「っ、…!?は、ッあ……?ぅ…」
「未知の経験の癖に胎の奥がわかるなんて贅沢なやつだな」

撫でてやる、と言われた気がする。その声が妙に甘ったるく聞こえ、男の名前を掠れた声で口にする。男は手を止めなかったが、「…我慢できるな?」と目線を合わせて聞いてきた。それにほぼ反射的に頷く。それと同じくらいの間隔で、中に入り込んできていた指がその動きを再び蠢かせる。
そのままの意味で『撫でられて』いると思った。
腹の奥、押されたはずのところ。腹の奥は見えないはずなのに、内側から押されているのが「わかる」。

「答え合わせな」

やめて、と口を開く間もなく掌がひとつ増えた。
片手間で触れていたはずの男は、完全にこちらを抱き抱えるようにも見える姿勢で両の手を使って全身に触れていた。左手は下肢を、右手は胸元と腹の上をすーっと滑っていく。首元から、まっすぐに。やだと怖いと嫌だと待ってが頭の中でぐちゃぐちゃになりながら脳という脳を食い潰していく。

す、と掌が停止した。臍の下で、腹の内からコツコツと響く感覚がある。掌の下からはやはり少し遠いような気がする。いっときの間のあと、ぐぐ、と右手が内臓を押しつぶすように下がった。その時の言われもない気持ちよさと言ったら。得体の知れない心地よさと気持ちよさと気持ち悪さ。抜かれる指の動きにすら声を漏らしてしまうほどの、刺激。

「…………おわ、り…?」
「出したの気づかなかったのか?ほら」

男の左手には白く濁った液がどろりと絡みついている。肌よりも濃い、ほんのり乳白色のそれ。空気に触れてやや苦味のある匂いが鼻を刺した。

「世の中にはこれを他人に飲ませようなんて奴がいるらしいがまあ…人の嗜好だからな」

ぴぴぴっと軽く手を振ると、絡んでいた液だけがパキパキと薄く凍って、重い音と共に床へ落ちた。

「これは後で洗うとして……薬抜けたんじゃないのか?服着れるだろ」

ちょっと待ってろと言い残して男がそばから離れた。確かに体はやけにすっきりとしていて、開放感に満ちている。が、それと同じくらいに下半身が重く、ずきずきと痛む。頭の奥がぼんやりと霞みがかったようにも感じられる。とはいえ、意識ははっきりしつつあったので悪態をつかれないうちにと乱れた衣服を整えた。外れた装飾品を付け直している頃、男が帰って来た。

「…なんだ、もっと手間取ってるかと思ったが。やればできるな」

喉乾いてるだろ、と手渡されたものに鼻を近づける。ふんわりと花の香りが鼻をくすぐった。

「純悪魔様の口には合わねえかもだけど。花の香りつけた雪水。他にはなんも入れてねえよ」
「……いただきます」

こく、とひとくち。雪水というだけあってしんと冷えるように透き通った冷たさが体の芯を和らげていく。
あっという間にごくごくと飲み干し、空になった容器を男に手渡した。

「はい、じゃあやり方はわかったな?」
「え」
「え、じゃねえんだよ。お前が今後自分でやってくれねえと困るから僕が教えてやるって言っただろうが。最初で最後だぞ、頑張るって言ったよな」
「……おれ、そんなに頭空っぽなわけじゃないけど…?」
「だったら赤ん坊でも知ってるような実をホイホイ食うんじゃねえよクソガキが」

飲んだら帰れ、とずるずると首根っこを掴まれて洞穴の外へと引き摺り出される。尾と片足はまだガチガチに凍ったままだ。

「おれ凍らされてるんだけど!?」
「どうとでもなるだろうが、別に」
「え、え、でもこの前の腕のやつ全然溶けなかったんだけど!?」
「少し降りたところに湧き湯がある、そこで溶かして帰れ」
「そこまでは…?」
「自力で」

取り付く島がないとはまさにこのことである。俺の大事な休みを邪魔しやがって、と声が洞穴の奥へとこもっていき、今度こそ彼が戻ってくることはなかった。
なんだか少しだけ寂しさを覚えて、その感覚に1人首を傾げた。彼は倒したい相手のはずで、どうしても頼るしかない相手だったはずで。
頭を傾げれば傾げるほど、その脳内では男の意地悪そうな笑みが張り付いて離れなかった。


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