あの人を重ねて
散々引きずって、忘れるためならと思い
考える事をやめ、目の前の甘い蜜に集る
その時点で情けなくて嫌になるけど、
そんな事も煙草の煙と一緒に飲み込んだ。
夜は心に良く無い、あなたを思い出すから。
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一年前までは煙草なんて嫌いだったはずなのに今ではしっかり生活の一部になっている。
あの人の影響で始まったその習慣は、関係が終わった後も私に染み付いている。
別れてからといえば、適当に友達と遊んだり、
仕事をしたりしてなんら変わらず進んでいた。
でも何か生活の一つの軸を失ってしまったような、
そんな感覚がずっとあった。
夜遅くに家に帰っても不貞腐れたあの人はいないし、
ベランダの灰皿は私しか使うことも無くなったし、
つまらないテレビもちゃんとつまらないし、
くだらない話をしてくれる人もいない。
歯磨き粉も全然減らない。味気無い。
お酒だって美味しく感じない、
むしろ思い出してしまって精神衛生上悪い。
数ヶ月も経っているのに
ズルズルとただ未練を足枷に生きている。
弱っている時は全てが羨ましく妬ましく思える。
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肌寒い季節が終わりそうな頃、
それらの感情に手付かずのまま
罠のように良い感じの男が私の目の前に現れた。
『彼』は私の話をよく聞いてくれて、慰めてくれた。
優しい言葉をかけてくれる彼に私は惹かれていく
漸くあの寂しい日々から抜け出せる、などと思いながら彼との関係性を築き上げていった。
その時、胸の奥に少しだけ違和感を覚えた。
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互いの距離をある程度理解し合えるようになって
二人でお酒を飲んだ帰り、
彼の家が近かったので泊まることにした。
コンビニで買ったお酒を飲みながら、よくわからない映画を酒の肴に見始めた
何かと思えば数年前にあの人と見た映画の続編だった、あの映画は面白かったのに続編は全く面白くなかった。
違和感がまた顔を出す。
今日の夜は寂しくない、私は一人じゃない。
夜も更けてそんな雰囲気になり、
暗い部屋で何も言わずにキスをする。
この状況で、この雰囲気だから、私は『好き』と言ってみた。
そう自分が感じていると思ったからそう言った。
違和感がまた膨らむ。
そこからは流れに身を任せるだけで、違和感の正体を掴めないまま彼と体を重ねる。
知らない部屋、知らない匂い、知らないキス、
胸の奥がモヤついた。
何故か、涙が出る。
優しかった彼の甘い言葉がワザとらしく聞こえ始めて
違和感は目の前に現れた。
彼は突然涙ぐむ私を心配してか
どうしたの?と優しく声をかける。
『 嬉しくて 』
咄嗟に口から出た言葉がそれだった。
おかしい、そんなはずはない。
嬉しくなんて無い、この涙はそんなのじゃ無い。
今感じているのは虚しさだ。
その後のことはあまり覚えてない。
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事が終わって、お風呂を借りた。
お湯に切り替わるまでのシャワーの冷水が余計に冷たい。
違和感の正体が分かった頃にはもう、
彼に出会う前の自分に戻っていた。
本当に、どうしようもない。最低だ。
あんな感情になりながら彼に
『好き』なんて嘯いて。
『嬉しくて』なんて言葉を濁した。
簡単に嘘をつけるようになってしまった事に項垂れる。
私はただ彼に、あの人を重ねていただけだった。
交わす言葉も、生活の仕方も、愛情表現も、
無意識にあの頃を真似て、重ねて、
彼を好きになったつもりでいた。
結局、あの人の影を追っていた。
さっきより確信的になった悲しみにまた、涙が出た。
シャワーの音ですら、戯れたあの頃を思い出させる。
どうやら足枷はついたままだったらしい。
39℃のお湯は少し温い。
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お風呂から上がれば、彼が待っていた。
私は不思議とヘラヘラすることができた。
何事も無かったかのようにどうでも良い話をした。
(本当に、どうでも良い。)
暫くして、彼が私の髪を乾かしてくれている。
まるでいつも誰かにやっているかのように
ドライヤーの音が五月蝿いおかげで喋らなくて済む。
そんな彼と、あの頃のあの人を私は心の中で勝手に比較して、また最低なことを思う。
『あの人が良かった。』
過去に縋った二番煎じ、最低な私。
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先に眠りについた彼を横目に、私は眠れず
換気扇の下一人、煙草の煙をゆっくりと吸い込む。
タールは相変わらず8mgで、これ以外しっくりこなかった。
懐かしい慣れ親しんだその匂いに
私はまた涙ぐんだ。
ぐちゃぐちゃになった胸の奥に蓋をして
言い訳をするように愛を嘯いた。
寂しさを塗り潰すように口付けを交わしても、
手付かずの感情達がまた私の首を絞めて、
呪いのように纏わりついている。
二番煎じ/Lym