ソフトとハード

デリーにもおなじみスターバックスは健在である。インド3大財閥のTATAグループとパートナーシップを組んでるので、TATAの文字が看板で輝いているのはインドならでは。しかし、メニューもお客も同じような感じ。

日本と同じようコーヒー片手に、Macbookをカタカタするインド人で溢れかえっている。彼らが海外メーカーの最新のスマートフォンで会話をするのを、こっそり盗み聞きすると、決まって「はろ?はろ?」と相手に叫んでいた。

インドはヒンディー語が公用語であるが、多言語国家であるとともに、イギリス統治下にあった名残で補助公用語で英語が採用されている。すなわち、日本語の「もしもし」を彼らは「はろ」(Hello)というのだ。

なんでそんなに呼びかけるんだろうと疑問に思いながら、その日はスターバックスでぼーっと現地のインド人を眺めて終わった。後日、携帯電話でインドにいる日本人に電話をする機会があり、その疑問はあっさり解消される。

とにかくむちゃくちゃに電話の繋がりが悪いのである。本当に悪い。お互いに電波のいいところにいるはずなのに、音がこもったり、相手の反応にすごいラグがあったり、とにかく電話で話すのも一苦労だった。大きな声で「はろー!はろー!」となんども叫ぶ自分の姿はまさしくスターバックスのあのインド人たちと同じだった。

スマートフォンは最新鋭なのに、電話はうまくつながらない。なんとも奇妙な図式が現代のインドの都市部では起こっているのである。最新のソフトウェア(ソフト)と通信インフラ(ハード)のアンバランスに違和感を覚えまくりなのである。

こうしたアンバランスはほかにもいっぱいある。インドではおなじみ鉄道だって、予約はインターネット上でワンタッチでできて、決済もクレジットカードで一瞬で終了する。スマートホン上にチケットを入れ、いざ乗ろうと思っていた鉄道が24時間遅れで到着する。しかもその鉄道はボロボロで、道中なんども止まったりするなんてことはしょっちゅうある。

タクシーだって、OLAやUberが街中を走り、配車降車システムもスマートフォンを用いることで極めて快適に移動ができる。にもかかわらず、道は凸凹、車線も無くて慢性的に渋滞がつづいている。その中で先を急ぐタクシーやリキシャ同士で接触事故が毎秒のように起こり、クルマには傷が無数についている。

家ではWifiが飛び、クーラーやパソコンが活躍しているが、しょっちゅう停電する。いわゆるウォーターサーバーが店のいたるところに設置されているが、水道の生水はインド人でもおなかを壊してしまうらしい。

ソフトとハードというと少し意味がずれてしまうかもしれないが、なんというか、生活のあらゆるツールのバランスがすごく不安定なのだ。振れ幅がすさまじく大きいというか、土台が不安定な中でめちゃくちゃすごいジャグリングをしてるみたいな感じ。(この表現が自分の中で一番しっくりくる)土台が崩れたら(電気、交通、水道)、ジャグリング(スマートフォン、UBER、ウォーターサーバー)はおろか、そこに立つことすらできなくなるのに、ただひたすらにジャグリングの練習してますみたいな。

そうした土台が崩れることが日常的過ぎて、本人たちは何とも思ってないのかもしれない。自分の乗る電車が27時間遅延した時、隣にいたインド人は「たぶん来週ぐらいにはくるよ」と笑って話してくれた。むしろそのぐらいの肩の力の抜け方がすこしうらやましいなと思ってしまうぐらい自然な話し方だった。

首都デリーでこの状況。いやむしろ、首都デリーだからこそ、こんな状況になっているのかもしれない。(農村部にはWifiも無ければ、Uberもない)近年の急激な経済成長の中で、比較的スピーディーに整備できるソフトインフラと、大規模な資源を必要とするハードインフラのスピード間の違いが、こんな不思議な状況をもたらしていると思う。

もう少しすれば、おそらく、多くの国が辿ったように、ハードインフラも整備されて、こうしたアンバランスな生活は解消されていくと思う。いつの日か、さらさらと流れるタクシーの中で、鮮明に聞こえる充電ばっちりのスマートフォン越しに「電車が10分も遅延しやがった」と叫ぶインド人を見ることができるのかもしれない。結局叫んでることには変わらないけれども。


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