seeker 【掌編1200字】
「ねえ、何これ?」
浴室から出てきた陽菜に突きつけたスマートフォンは、俺のではなく彼女のものだ。
「どうして廉と繋がってるの?」
デフォルトの青空を背景に、左右交互に浮かぶ残酷なメッセージ。
「なんで俺の友達とこんなLINEしてるの?」
スクロールする指が或る画像のところで止まった。部屋着姿で自撮りをするこの顔には見覚えがあった。そう、浴室に向かう直前に俺に見せたのと同じ目だ。
沈黙が心臓を締め上げる。何か言えよ。
「……なんで見たの? ありえない」
聞いたことのない冷たい声に絶望した。よく知る彼女はいま死んだのだ。
スマートフォンをソファに叩きつけ、闇に向かって駆け出した。
── 見るな!
── 見るな!
このタブーを破って幸福になった人は1人もいない。
夜道の先に街灯の白色光があった。走るリズムに合わせて光が上下に弾む。その動きに酔い始めた頃合い、いつかの声が脳に響いた。
── 見る?
高校3年の秋口、蒸し暑さの残る日だった。授業開始早々バスケットボールに指を持っていかれた俺は、自習を許され教室へと戻った。ドアを乱暴にスライドさせると、室内のカーテンが一斉に驚いて膨らんだ。
「あっ」
窓際に女子の座り姿を見つけた。羽成さんだ。カーテンの波に撫でられているその頭部には……髪の毛がなかった。
「ごめん、突き指して、その」
決まり悪さに口籠った。噂は本当だったのか。白血病の治療をしていると聞いた。
「ああ、気にしないでくれると嬉しいかな。突き指、大丈夫?」
「全然。サボれてラッキーって感じ」
「そっか」
彼女は平然と返し、煩わしくくっついてくるカーテンをシャッと開いた。俺もつられてドアを閉じる。凪いだ教室。自席に向かう途中で彼女の卓上に目が留まった。その黒い塊は、つい先ほどまで彼女の頭を覆っていたものだろう。
「見る?」
「え!?」
「医療用ウィッグ、よくできているの。私の自慢なんだ」
── 自慢? 秘密ではないのか?
まるで教科書でも貸すかのように差し出してきた。俺にしたら下着と同じくらい恥ずかしいものだったが、成り行きに任せることにした。
「じゃあ、ちょっとだけ」
ボブのフルウィッグは手にズッシリときた。ヘアドネーションで集められた本物の毛が含まれているらしい。俺の知らない命がそこにあった。
「治療、しんどい……よね?」
「まあ、髪が抜けることがどうでもよくなるくらいには……ね」
それから羽成さんとふたりきりで話す機会はなかったが、一度だけ廊下ですれ違ったとき、俺にアイコンタクトを送ってきた。よく似合うボブの髪に、軽く触れて踊らせながら。
俺が上京して二度目の夏、彼女の訃報が届いた。
「はぁっ、はあっ……」
膝に手をついて、胸を押し出されるままに息を吐いた。おもむろに振り返った先には深い闇が佇むだけ。陽菜は追いかけてこないし、羽成さんには追いつけない。
── なあ、死ぬって一体どういうことだよ?
── Fin. ──
*1000字に削れなかったので常時募集に
ご支援頂いたお気持ちの分、作品に昇華したいと思います!