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27. 女神たちの園 【花の矢をくれたひと/連載小説・終章開幕】
不定期連載の『花の矢をくれたひと』
インド神話をベースにした小説です。
↓過去話の振り返りはコチラより↓
【登場人物】
カーマ(アビルーパ・悪魔マーラ)
魔神シヴァを射る宿命を背負った愛の神。転生を繰り返す度に呼び名が変わる。現世では青年アビルーパ。
ヴァサンタ
春の神ヴァサンタの化身。カーマに恋心を抱いていたが、諦めて真の意味で親友となった。
ラティ
愛神カーマの妃で快楽の女神。現世では遊女ラティセーナーとしてカーマの訪れを待っていた。
シュカ
カーマに付き従うおしゃべりな鸚鵡。
New! パールヴァティー ???
【前話までのあらすじ】
神話世界で繰り広げられるデーヴァ神群とアスラ神群の死闘。悪魔ターラカが軍神インドラを打ち破り、デーヴァ神群は劣勢となった。その余波は現世にまでおよび、グプタ朝の首都パータリプトラでは暴動が多発していた。
愛神カーマは詩人の預言を受け、新たなる軍神を誕生させるためにヒマーラヤ山脈へと向かう。妻ラティと友ヴァサンタを引き連れて、そして現世で集めた三本の矢とともに。
*
〜終章〜
27. 女神たちの園
禍々しく翳る空を一羽の鸚鵡が駆けていく。その背に乗る愛の神カーマは、いよいよシヴァと対峙する時に備えて精神を集中……したかったのだが、
「ご主人〜、まさか私めのことを忘れておられたのではないですよね? いくら奥方様と再会したからと言ってそれはあんまりにございます。烏口骨をへし折られるとはまさにこのこと!」
相変わらず訳の分からない慣用句を交えながら、鸚鵡の従者シュカのお喋りは止まない。カーマは苦笑いを浮かべながらそれに付き合っていた。
鳥の背にはカーマの他に2人。妻であり快楽の神ラティと、親友である春の神ヴァサンタは、尾に近いところでそっぽ向きながら座っていた。
「久しぶりだね、ラティ」会話の口火を切ったのはヴァサンタだった。
「ご無沙汰しております」
「相変わらず綺麗だよね。正直ムカつく。褒めてるんじゃないからね!」
「ふふ、悪い気はしませんよ。ところで……」
ラティは横目でヴァサンタの顔色を窺った。
「カーマの記憶は?」
ラティの問いにヴァサンタは一瞬眉を曇らせたが、一呼吸おいて空の果てをぼんやりと眺めた。
「さぁ、自分で訊いてみればいいんじゃない? 僕はもう想いを伝えて、完全にお役御免って感じだし」
「お役御免……そうでしょうか? あなたのカーマへの深い想いは、この私が他の誰より知っています」
ヴァサンタの目は前方にあるカーマの背に向けられた。鸚鵡に散々捲し立てられている彼が、これから矢を向ける相手の恐ろしさを予感しているとは到底思えなかった。
「ふぅ、恋敵を憎めないってのも辛いよね、お互い」
それぞれが世間話と沈黙とを繰り返しているうちに、空駆ける軌道にある雲が次第に濃くなっていく。ヒマーラヤ山脈は目前、シュカは翼を翻してその峰のひとつへ向かって加速した。
*
シュカは比較的平らな高山草原を選んで着陸した。草木と岩肌とがモザイク状に配置され、ケシの花の青やエーデルワイスの白が点々としている。雄大な山岳風景、灌木に茂る枝葉がささやかな苔のように映った。
シュカの背を降りた3人はひと通り辺りを見渡してから、自らが立つ山の頂きに目を向ける。最上部は万年雪に覆われていた。そこに至る尾根はゴツゴツとした岩をただ貼り付けたようで、今にも剥がれ落ちそうだった。
「あの頂からご主人を呼ぶ声がしたのですが……」シュカが首を左右に傾げる。
「えぇっ!? ここから歩くの? 僕パス、あんな崖を登るなんて無理無理」
「そう言われましてもヴァサンタさま、山頂に良い足場があるとは限らないので……」
シュカとヴァサンタが押問答をしていると、突然、高いところから柔らかな女性の声が響いてきた。
〈カーマ神とお供の神々よ、どうぞこちらへ〉
山頂からカーマの足元まで光が伸びてきて、あっという間に輝くスロープが現れた。
「わっ、すごい、これ乗れるよ!」
ヴァサンタがぴょんぴょん飛び跳ねてみせると、カーマも恐る恐るスロープに足を乗せて落ちないことを確かめた。その横を何食わぬ顔でラティが通り過ぎていく。
「私たちにはあまり時間がないのでしょう?」
カーマとヴァサンタはパータリプトラの暴動を思い返して一気に鼻白み、彼女の後をすごすごと追いかけていった。
山頂が近くなってくると、スロープの先に石造りの祠が顔を出した。その手前にひとりの女性が立って待っている。
法衣の裾から細く伸びる脛が覗いた。腰は豊かに、腹はくびれて、ふっくらとした両の乳房が衣の内で押し合っている。瞳の輝きは蓮華を思わせ、眉は艶かしく弧を描いていた。
「私は創造主の娘にしてこの山脈の娘、名をパールヴァティーと申します。よくぞおいでくださいました」
祠の中央には石の台座と男根が据え置かれていた。パールヴァティーが「どうぞ楽に」と言ったものの、3人はリンガから少し離れて恭しく坐した。
「すでに詩人よりお聞き及びと思いますが、インドラが敗北した今、私には新たなる軍神をこの腹に宿すためシヴァ神と交わる義務があります」
パールヴァティーは言葉を紡ぎながら、礼拝の所作を始めた。
「在りし日のこと、彼は私を試すために、苦行者のふりをして近付いてきました。そのときの忠義を認められ、一度は見初めて頂いたものの……」
彼女の手によってリンガに花輪が捧げられ、台座には赤や黄の花びらが散りばめられていく。
「気むずかし屋の彼はその後、禅定の行へと入ってしまわれました。これがあまりに深く永い行でして、カイラーサ山の瞑想場に坐したまま全く動く様子を見せません」
瓶に満たされた水がリンガの天辺からゆっくり注がれる。
「そこでカーマ、あなたの力をお借りしたいのです。心を惑わす矢をもって、名射手と呼ばれるあなたの手で、シヴァ神の心の臓を打ち抜いて頂きたい」
そう言ってパールヴァティーはカーマの顔をいちずに見据えた。カーマは力強く頷いて、右手に念を込めると、現世で手に入れた焦熱の矢と猜疑の矢がそこに現れた。次いでラティが第三の矢、恋慕の矢を差し出すようにしてみせる。
「焦熱、猜疑、そして恋慕。いずれも心を惑わす矢に違いありません。が、しかし三本……ですか」
パールヴァティーは小さく眉を顰めた。
「パールヴァティーさま、ちょっと……」つとラティが一歩前に出て、頭を垂れつつ大女神へにじり寄る。傍に跪くとパールヴァティーの方が顔を寄せていってこっそり耳打ちした。
しばし男2人には聞こえない会話が繰り広げられる。カーマは《何を話してるんだろう?》とヴァサンタを見やるが、彼は興味なさそうに大きな欠伸をしていた。
ややあってラティが元の場所に戻ると、パールヴァティーが改めて3人に向き直って言った。
「良いでしょう。明日の正午、私はシヴァ神の元へ供物を捧げに参ります。その際に瞑想の深さが分かるはずです。もし彼が外界の瑣事を意にも介さないようであれば、その時こそ好機。あとは分かりますね?」
女神の強引さに気圧されながらもカーマは了承した。
「カーマ、ヴァサンタ。これからラティに法衣を拵えますゆえ、しばし席を外しては頂けませんか。外に庵がございますのでそこでお休みください」
いつの間にか出来上がっていた “女の園” を訝しみつつ、カーマとヴァサンタはふたりの女神に背を向けて歩き出した。
「カーマ…… “振り” じゃありませんよ?」
ラティの唐突な念押しにカーマはギクリと背中を震わせ、
「の、の、の、覗いたりしませんよ! そんな畏れ多い!」と言って、逃げるように祠を出ていった。
男神ふたりが退出するのを見届けると、パールヴァティーは笑みを浮かべてラティに告げた。
「あなたは私に似ているようでまるで違う。なぜそうまでして?」
「それは、私が廻る時代を生きており、あなた様は時代を先に切り拓こうとしていているからではないでしょうか」
「聡い女子はぜひとも傍に置いておきたいもの。あなたがカーマの細君であることが残念でなりません」
「全ては大母神となられるあなた様に未来を託すためにございます」
── to be continued──
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【ご注意】
本作は何らかの宗教的信条を伝えたり誘導するために書かれたものではありません。また時代背景や史実とは異なる点も多々あり、あくまでエンターテインメントの1つとしてお読み頂くようお願い申し上げます。
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