2020年下半期自句
【夏】
岐路ならばひょいと風鈴鳴る方へ
飲み込んだ愚痴でいっぱい夏の雨
厭世の夢さめて夢籐枕
青田ひとつ球児引退帽子脱ぐ
黒衣着る顔の煤けた梅雨の月
新じゃがの岩戸ごつごつ光あり
葛餅め九谷の笹葉すべり落ち
◯教科書を捨てて知ること鴎外忌
◯色落ちのあじさい落とす長雨よ
◯舞い降りた鷺が隠れて青田原
茗荷の子もしや奥歯はジャズ奏者
七夕か荒ぶる利根は鳥も見ず
キャベツ切る音よ暮らしが引き締まる
曇天に尾を追い回す蛇の不安
筑波嶺を源にして梅雨曇
うたたねに詠んだ句ソーダ水の泡
初蝉の小雨透かして降る声よ
名前なき情をさらえよ梅雨の雷
さるすべり咲く滑りゆく日の髪留めか
この日くらいリセット許す梅雨晴れよ
温風ぞ跳ねのけた手のぬくもりは
立ち話途切れた下に昼顔か
漂泊はクリームソーダの境目で
古傷も焼け肌に埋め谷崎忌
空蝉か薄暮に今日が透けてゆく
◯過ぎたこと飲みほす宵のジャスミン茶
蓮池よ人々照らす千々の花
椋鳥の一家くらいの日だまりか
◯バイバイのあとも佇む百日紅
四人目のアイスコーヒーたのむ声
暑き日よ陰をジグザグたどる道
◯俳友も楊枝をするり水ようかん
【秋】
町並はおぼろサルビアの魔力で
落陽の弧に倣ってか秋の蝶
秋雲よ『ウェルテル』めくる手には染み
かまきりの眼のせつな前世は僧
ざらつきをまた確かめて梨と夜
秋気澄む遠林の葉の形まで
◯芝草のかけら弾けて飛蝗とぶ
◯賑わいの影に寄り合う露草よ
早稲刈られ虚しく風の通り在り
◯去る人も来る人もいた鳳仙花
また一葉すべり落ちたか空の丈
泳ぐぞと意気込む皿の真鰯か
鈴虫の声か平伏す生活音
宵闇を押し退けてゆけ上り月
◯人類の系譜のように乱れ萩
黄昏の窓ふるわせて雁の声
胡桃ひとつ握る手になる年月か
落日の手引きで垂れる栗の木よ
◯川岸の時を止めるか秋桜
歳ごとの色を見つけて花野道
【冬】
◯今際さえ山茶花の見た夢の日か
冬浅し駅にあらわるアキレス腱
◯冬霧に球体ならべ灯る街
疫病に余白ばかりで日記果つ
◯湖上よりヴィオラの調べ鴨の陣
涸れ川に顔を出したか忘れ石
冬凪ぞ空の汀に立ちつくす
【歌仙】表六句「秋の声」
発句 滝川の白く弾けて秋の声 れんと
脇 彩りを待つ山の新涼 翠
第三 眺めればこころにひとつ月満ちて 翠
四 高鳴る下駄と宵の戯れ れんと
五 霜柱屋根持ち上げてせいくらべ 翠
六 朝日を囲い冴える軒並み れんと
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計62句
◯は句会等で良い評価を頂いた作品です。
ご鑑賞、ご指導くださった皆さま、どうもありがとうございますm(__)m