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16. 名宰相のからくり宝庫(アルタ⑦)【花の矢をくれたひと/前編了】
不定期連載の『花の矢をくれたひと』
インド神話をベースにした小説です。
↓過去話はマガジンよりご覧ください↓
【登場人物】
アビルーパ(愛神カーマ、悪魔マーラ)
魔神シヴァを射る宿命を背負った愛神カーマの化身の1つ。ウッジャイニーに住む司祭の子息。
ヴァサンタ
春の神ヴァサンタの化身で武士の子息。アビルーパの親友だが、彼には友情以上の好意を抱いている。
ダルドゥラカ
商人家系の子息で、諜報活動員としてアビルーパの父の僧団に潜入していた。楽しそうという単純な理由でアビルーパの矢捜しに協力することに。
【前話までのあらすじ】
シヴァを射るための3本の矢を捜しているアビルーパ、それに協力するヴァサンタとダルドゥラカ。3人はスパイの情報網を頼りに、首都パータリプトラの地下宝庫への潜入を目論んだ。宝庫には入れたものの、アビルーパの変装は衛兵に見破られ、銅鑼と笛を鳴らされ袋小路に追い詰められる。果たして矢を得て無事に地上に逃げおおせるか?
*
16. 名宰相のからくり宝庫
(アルタ⑦)
ダルドゥラカは扉に背中を押しつけ、来るべき衛兵の突入に備えていた。《俺の筋力でいったいどこまで粘れるだろうか》相手は日々訓練を受けている剛強な男たちだ。いくらダルドゥラカが恵まれた体格をしているからといって、そう長く持ち堪えられないことは覚悟していた。アビルーパは明かりの下で、貝葉を紙として用いた本を手に、めくっては戻し、めくっては戻しを繰り返していた。
「何か分かったか?」ダルドゥラカは不安げな顔をして尋ねた。
「ああ、扱い方はそれほど難しくない」アビルーパはそう言って、幾多の抽斗を有する巨大なからくり宝庫を見上げた。
「縦横それぞれに0から9までの番号を割り振られた抽斗が全部で100個ある。そこにある数字盤に縦と横の数字を入れて、ハンドルで歯車を回すと指定の棚を引き出すことができる仕組みみたいだ」
「100個か、手当たり次第に引き出すには多すぎる。速攻とっ捕まっちまう」
「分かってる。一応この説明本は目録を兼ねているみたいだけど……知らない民衆語で書かれている場所も結構あるんだ。正直、よく分からない……」アビルーパは肩を落とした。この宝庫に潜入を試みた際も、言葉の訛りのせいで衛兵に変装を見破られてしまった。ここに来て立ちはだかったのは文化の壁。それは信仰心や腕力などでは決して乗り越えられない障壁だった。
「おい、諦めんなよ?」ダルドゥラカはたった今までの心許なさを引っ込め、日頃の、自信に溢れた表情を取り繕った。「俺たちが今やってるのは盗賊稼業さ。最後にものを言うのは諦めない気持ちと……運だな!」ふたりは顔を見合わせて力強く頷いた。
シャラ、バーニャ、シャーヤカ、カーンダ……アビルーパは〈矢〉を表す単語を頭に思い浮かべながら必死で貝葉本をめくっていった。そのうちに彼の眼に或るひとつの単語が浮かび上がってきた。
「〈ナーラーチャ〉……これかもしれない」アビルーパはぼそっと呟いた。ダルドゥラカはその単語までは聞き取れなかったが、
「ひとまずやってみろよ。まだ衛兵は駆け付けてない。間違ったっていいんだ」と励ました。
アビルーパは〈ナーラーチャ〉の語が記されている内でもっとも若い番号17を数字盤に合わせてレバーを回してみた。宝庫全体がギギギと音を立て、該当する番号の箱が引き出されていく。完全に引き出されると宙空でいったん止まり、その後、鉄柱を伝ってゆっくり下降してきた。ダルドゥラカは思わず身を乗り出しそうになるのを堪え、ふたたび背中を扉に押し付けた。抽斗が地面に降りきったところで、アビルーパが近寄って中身を確認する。
「確かに矢がある!」それは白い布に包まれていたが、容易に剥ぐことができた。「鉄でできた立派な矢だ……でも、これに霊的な力は感じないな」アビルーパはその矢を元あったように戻すと、再びレバーを回して棚へと戻していった。
「いいぞ。とりあえず矢と言葉は一致したんだ。あとは矢と書かれた番号の抽斗を……」言いかけたダルドゥラカの背に、突如、烈しい衝撃が走った。
『ドンッ!!』
潜入された宝庫の入り口を破ろうと、衛兵数人が丸太で扉を打ち付けたのだった。すでに大勢の衛兵たちが前室まで集まってきていた。
「うっ……ハハッ、きっちぃな〜こりゃ」数人分の男の力をまともに背で受け止めて、ダルドゥラカは思わず苦笑いした。「アビルーパ、その矢の単語はあといくつある?」
「17、32、68、73……あと3つだ。えーと、清められた……輝かしい……死をもたらす……」アビルーパは目録に記された、〈ナーラーチャ〉を修飾する語をひとつひとつ読み上げていった。
『ドンッ!!!』二度目の衝撃は一度目より強く、ダルドゥラカの阻止を跳ね除けて、扉が内側に少し浮いた。
「アビルーパ、悪い! こっちはそんなにはもたねぇ」
32、68、73、確率は3つに1つ。考える時間も、迷っている時間もなかった。アビルーパは直感で数字盤に73の番号を合わせ、急いでレバーを回した。2人の焦る気持ちに反して、抽斗は悠長に降りてくる。降り切ったところで三度目の衝撃がダルドゥラカを襲った。
「クソッ!」顔を歪めて痛みを堪える。
アビルーパは祈るような思いで抽斗の中身を漁った。すると一本の棒状のものが手に触れ、包んでいる更紗越しに霊妙な力を感知した。布を剥いでいくと、厳しく黒光りした矢が姿を現した。
「これだ! 死をもたらす猜疑の矢、そう書かれていた」アビルーパは矢を持ち上げて叫んだ。すると焦熱の矢の時もそうだったように、矢は眩い光を放ってすぐに彼の拳に吸い込まれていった。
「よっしゃ! やったな!!」
『ドンッ!!!!』間髪を入れずに四度目の猛攻。今度は衛兵ひとりの顔が覗くほど、大きく扉が開いて閉じた。ダルドゥラカの体力もいよいよ限界だった。
「ダルドゥラカ、俺に考えがある」アビルーパは扉を守る仲間に近づいてこっそりと耳打ちをした。
五度目の衝撃──を受け止めるものはなかった。扉はあまりに容易く打ち破られ、拍子抜けした衛兵のひとりが転んで先頭集団がバランスを崩した。
「うりゃあっ!!」すかさずダルドゥラカが現れて、灰の入った袋を衛兵たち目掛けてぶち撒けた。アビルーパも袋の中身を勢いよく宙に放った。ある兵は灰を吸い込んでむせ込み、別の兵は灰を目に入れて視力を奪われた。宝庫の入り口は一時、煙幕を張ったようになり、衛兵たちは物の見事に足止めを食った。
やがて、灰が落ちてゆっくりと視界が開けていったが、衛兵たちが侵入者の姿を見ることはなかった。足元には空になった抽斗。からくり宝庫は73番の棚だけが空いており、その奥から微かな風が漂ってきた。首都外への抜け道はこの宝庫の裏側にあったのだ。ダルドゥラカとアビルーパは空いた棚枠をくぐり抜けて、地下の宝物庫から見事に逃げおおせた。
「ふぅ、やったな、アビルーパ! よく宝庫の裏に通路を見つけてくれたよ」
「風が吹いてきたからな。それよりお前が灰袋を持ってきていたのが大きかったよ」
「まあ、天が俺たちに味方したってことか。それにしてもあの宝庫にはあと98個のお宝が眠ってたんだよなぁ、勿体ねぇよなぁ〜」
「じゃあもう一回、潜入するか?」
「ハハハ、それは勘弁。背骨がいくつあっても足りねぇ」
「……ありがとう、ダルドゥラカ」
「い〜え〜、どういたしまして。なんか久々にすげぇ楽しかったわ」
地上に出てきたふたりをシュカとヴァサンタが飛んで迎えにきた。聴覚と嗅覚と鸚鵡の勘を頼りにして探し当てたのだ。また灰で汚れきっているふたりにヴァサンタは白い目を向けたが、内心では無事に帰ってきたことに安堵して泣きそうになっていた。
『花の矢をくれたひと』前編 了
── to be continued──
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次回は相関図を見ながら前編の振り返りをします。引き続きお楽しみ頂けたら嬉しいです。
【花の矢をくれたひと(前編)人物相関図】
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【ご注意】
本作は何らかの宗教的信条を伝えたり誘導するために書かれたものではありません。また時代背景や史実とは異なる点も多々あり、あくまでエンターテインメントの1つとしてお読み頂くようお願い申し上げます。
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