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『VERY』妻の行方

 ウディ・アレンの映画『ブルージャスミン』を観た。これは2013年に公開されたニューヨークとサンフランシスコを舞台にした元セレブ妻の再婚活物語である。
 ウディ・アレンという人自身がニューヨーク出身の映画界のセレブリティである。そんな彼が描くニューヨークの中心地マンハッタンのセレブ生活とは。

 セレブ妻、昨今はハイスペ婚の女性などと呼ばれるのだろうか。高学歴高収入の夫を持つ妻という意味だ。妻自身も「ハイスペ婚を目指して生きてきた」と自覚的であり、男性の人柄より裕福な生活を約束する「スペック」を優先視して結婚相手を探して来たと言う。
ジャスミンもおそらくこのタイプだろう。
 そしてこのタイプのセレブ妻は圧倒的に嫌われやすい。妬まれる、と言った方が適切かも知れない。結婚しただけでマンハッタンのセレブになれるのだ。ジャスミン自身はおそらく資産家の娘ではなく、学生結婚だったために働いた事もなかった。ジャスミンは背の高い金髪のゴージャスな美貌の持主であり、日々の活動はその美貌に磨きを掛ける事と、徹底的な社交術を駆使すること。
 そして彼女のセレブ生活は夫の事業内容が詐欺であったことが発覚し、夫は逮捕され獄中自殺した事で破綻する。多額の借金が明らかになり、ジャスミンも全ての資産を手放して自己破産しなくてはならなくなったからだ。マンハッタンで有数の富豪から、ジャスミンは無一文になってしまったのだ。
 面白く観たけど、感想を言おうとすると不思議な話になる。
 ジャスミンは自慢話が生き甲斐で、セレブではない他人を見掛けると見下して批判ばかりする。セレブらしく寄付にも熱心なのはいいところなのだけど、妹夫婦から預かった金を運用失敗で溶かしても全く返済しないから、セレブ界隈から評価されない事には興味のないタイプなのだとも思う。

 不思議その1
 何故これまで夫婦関係が持ったのか。

 ジャスミンの夫は実業家を名乗りながら事業内容はねずみ講だった。妹夫婦から預かった金を溶かしたのも、運用などしていないからだ。つまり、成金である可能性が高い。資産を持っている訳でもないジャスミンと学生結婚したのも、ジャスミンが彼にとって憧れのトロフィーワイフ(背の高い金髪の美人)の要素を持っていたからである。そして、ジャスミンは推定20年はトロフィーワイフの地位を守り続けていた。
 さて。なんで20年も持ったんだろう。
 ジャスミン以外にも、金髪の背の高い美女はなんぼでも出現したはずである。しかし夫が離婚を切り出すまでに20年持ちこたえているのだ。何故。

 不思議その2
 ドワイトは何故騙されたのか。

 ジャスミンがパソコン教室の友達に誘われたパーティで知り合った男性ドワイト。彼は国務省の役人で、オーストリアに二年滞在した後、下院議員に立候補を予定している。奥さんは丁度亡くなったところらしい。そこで同じく「夫を亡くした」と名乗るインテリアデザイナーを自称するジャスミンと知り合い、恋人関係になる。
 そして、ドワイトはジャスミンに結婚を申し込むのだ。
 何故。何故政界に乗り出そうという男が妻の身元を調べないで婚約に至るのか。
 脇が甘すぎるよ落選するぞ。
 この男も嘘つきなのではないかという気がしてならない。どっちでもいいのだけどね。ドワイトが嘘つきだった場合、まんまと結婚してもジャスミンにはセレブ生活は戻ってこないというおちなのだし。

 不思議その3
 妹ジンジャーは何故姉を助けたり追い出したり

 天然なんだろうか。20万ドル宝くじで引き当て、姉の夫に運用を任せたら溶けた。それが原因かジンジャーは夫と離婚している。ジンジャーはどうやら貧しい暮らしをしているらしい。仕事もスーパーのレジ係で儲かる仕事とは思えない。新しい彼氏も修理工である。 ジンジャーは姉に感化されてサウンドクリエーターなる謎の肩書の男と知り合って付き合うようになる。しかし男の肩書が変わっても行動は性的に求め合うというもので、特に前恋人との遊びと大きな違いはなさそうである。むしろ一緒にスポーツ観戦したり、子供の面倒を見てくれたり、前恋人(チリ)の方がまともな生活者という印象がある。
 サウンドクリエーターが既婚者だったと分かり、破局してから、ジンジャーはチリと復縁する。そして当初の予定通りジンジャーのアパートで結婚生活をはじめようとする。そのために、もうジャスミンには出て行ってほしい。
 それまで、ジンジャーはジャスミンの話にも耳を傾けていた。ジャスミンが「低級な男と付き合うな」と言えば、そこに一理を感じていたようなのである。しかしサウンドクリエーターと別れチリと復縁後は、ジャスミンを否定的に語る。

 不思議その4
 なんの話だったのか

 トロフィーワイフ足りえる美貌と社交術だけを武器にセレブ婚をしたジャスミン。彼女は本来の「ジャネット」という「平凡な」名前を捨てた。
 ジャスミンは裕福なセレブ婚に憧れ、美貌と社交性があればそこに居続ける事が出来ると信じ続けていた。しかし、彼女が捕まえた富豪は詐欺で財を成した犯罪者であり、まともな実業家ではなかった。浮気もされ放題で、それも周囲のほとんどに知られるほど夫は隠し方が甘い(もしかしたらバレて面倒になったら離婚しようという程度に思っていたのかも)。
 ジャスミンが信じるほど、トロフィーワイフであることと社交術に威力はなかった。
 経年劣化する消耗品と同等の扱いで、古くなったら取り換えられてしまう存在だったという事だ。
 ジャスミンはその事に薄々気付いていた。そして、自分の捕まえた夫自身がシャンパンの泡のように儚い成功の上にいる存在だとも気付いていた。破滅のカードはもう何年も前からジャスミンの前に揃っていた。そのことに彼女は怯え続け、そして破綻前からたびたび発作を起こすほど精神的に追い詰められていたのではないか。
 「女の子はかわいければ選ばれる」
 「女の子は美しければ幸せになれる」
 「女の子は美しければなんでも手に入れられる」
 そして「可愛い」「幸せ」とは、他人が羨ましがり、憧れ、評価する事だ。自慢話以外話題のないジャスミンは、他人に注目されない事には興味がない。
 まさに『VERY』妻。
 
 WEB記事に、この映画のネタのひとつはアメリカの金融詐欺バーナード・マドフ事件ではないかという見方があった。ねずみ講という金融詐欺のスキーム(ポンジ・スキーム)も似ている。そこに出て来るマドフ氏の妻は、ジャスミン同様一度も働いたことがなく、家事も何も出来ない女性だったらしい。
 確かにフレームはこの夫婦だろう。しかし描かれたのは、「自分を偽り続ける女の悲惨」ではないか。ジャネットという平凡な名前を嫌ったジャスミン。セレブ妻でいることだけが全てで、それ以外の事(学位の取得やパソコンの操作など)を全く顧みなかった。夫の不正の告発は、自分の夫への復讐のためにカッとして実行してしまった事。人に憧れられる事すら、夫の力を借りて行って来た。
 そしてついに路頭に迷ったジャスミンを見つめるまなざしが、見守るようなものであること。それがこの映画だったのかと私は思った。


VERY妻の映画
 2013年は丁度セレブ妻雑誌「VERY」が物議を醸していたころだ。ニューヨークにもそういう雑誌があるのかどうかは知らないし、もし世界同時多発的にVERYが物議を醸していたら笑える。私には『ブルージャスミン』は「『VERY』妻の映画」に見えるのだ。VERY妻が皆ジャスミンのようになるとは思えない。セレブリティのアレンの目に、ジャスミンのような女性が魅力的とも映らないだろうが、興味深い相手ではあるだろう。
 私はVERY妻のその後を知らない。彼女達は幸せになるのだろうか。少なくとも、ジャスミンのように無一文になることはないと思う。ただ、憧れられる人達の人生が、他人が憧れるほどに幸せではなく、セレブ妻ほどの資産がなくてもジンジャーのような家庭が得られれば御の字で十分幸せだという事は知っている。
 

「東カレ女子の映画」は?
 いい加減まとめて終わりたいが、2013年の「VERY」妻と来れば5年後の現在は「東京カレンダー」が話題をさらっている。いわゆる「港区女子」である。ニューヨークなら「ミッドタウン女子」だろうか。実在するのだろうか。誰か映画化しておくれ。

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白山羊ひつじ
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