ドラマ劔 その3 季節だって恋をする
「空と青(ウチの娘は、彼氏が出来ない!! 主題歌)」家入レオは、本当は、宇宙というものを知っているのです。
なぜなら、「星の隠れた夜は そばにいて」と歌うとき、その悲しみを越えてたどり着いた透明な声、その響きは、夜の空に音もなく消えてしまうからです。
まるで、地上の出来事など少しも、気にもしていないみたいに、優しく、人の苦しみや嘆きを受け取り、そっと返してくれます、癒し、それとも、涙する、あなたのために、いつだって、そうつぶやいていたのです、あの星たちは。だから、彼女は、宇宙のことをもう隠そうとはしません。
反転したこの世界のありふれた風景の中に、人は、出会い、諍い、傷つけ、それでも、誰か、人を愛したと。
おそらく、彼女には多くのことが見えすぎたのでしょう。それは、少しだけ不幸の匂いをたてたのかもしれない、それでも、生きることをあきらめない、芯の強さを失わない、波に洗われ、岩に砕かれ、砂に梳(くしけず)られた流木であれ、定めなく世界をさすらい、とどまることもせず星の位置を確かめる、ひとりの歌となって、誰かを慰め、励まさずにはいない、そんな美しい曲です。
昔よく聴いたヘルマン・プライの「冬の旅」を思い出しました。
我が家の庭に飽くなき侵入を繰り返す猫ども、例の季節到来です。
変に語尾を震わせたあの鳴き声を四六時中聞かされるのは、独り身の今のわたしにはむごいものです。
週に一度、生協の宅配を受けている。配達の人は、マスク越しに見て、かなりの別嬪さん、ポニーテールに髪をくくり、スタイルもしゃっきりしている。年齢的には、三十そこそこかな。幼い娘さんが二人いるらしいが、勝手な想像では、親子三人暮らしのような気がする。
夏場、一日三リットルの水を飲んで頑張っていると手書き風の便りにあった。それ以来、あの細身の体で大丈夫なのかなあと気になっている。
どうということのない日常であっても、それなりの機微、波紋は生じるものだが、それを楽しむ心の余裕がない、それがわたしという人間の、良きにつけ悪しきにつけ、限界なのかも知れない。決して、コロナがどうのだからという話ではない。
デビュー曲「サブリナ」の強烈な打撃は、九年近く経った今でも、癒えることすら知らずにいるかのようだ。ボーカル・テイクは十五歳の頃だという。麗しのサブリナ、殺し屋レオン、マチルダとは、もうひとりの……
一度切りの人生だからこそ、悔いなきように、自分が楽しい、素敵だと思えることを誰かに伝えられれば、たとえ、金持ちにならなくても、有名にならなくても、心豊かに、穏かに、日々の暮らしに追われず、窮せずに、暮らせたら、と願う気持ちに偽りはない。
でも、このよこしまな世界は、そうした心をずたずたに引き裂いてしまう、容赦ない仕組み、仕掛けを作って、僕たちを追い立て、囲い込んでしまう。僕たちを、貧しい労働者に仕立てたり、奴隷のように酷使し、役に立たないと切り捨てて顧みない。この仕組みに逆らう者は、ひどい仕打ちを受けるかも知れない。
そんな仕組みを次の世代、次の次の世代にまで引き継いでいいのか、子や孫に、同じような苦しみを、否、今以上の苦痛、苦悶を味合わせていいのか。
祈るだけでは、到底解決できない。言葉と行いが伴わなければ、この仕組みは、永遠にのさばり続ける。
だから、世界の片隅から、ノン、と声を挙げ続けるしかない。
その声、声が、やがて、鮮烈なリズムを孕み、優美な旋律を醸し出すとき、人は、その音楽に、大いなる力を得るだろうから。
空と青、空と星、空と光が恋するように、季節だって恋する時を知り、恋をする。