恋愛事変 その1 序の口
あらすじ
あらすじというほどのものはないが、時代を超え、世代を跨ぎ、時流とともに、世相に背き、人は、性懲りもなく恋をする。
人を愛することは、事の性質上、たやすいものではないが、人を恋することならば、満更できぬ相談でもあるまい。
老いも若きも、賢きも愚かしきも、ひとたびこの世界に産み落とされたからには、誰か恋せざるには、自らの生きる意味を見失うほかない、としたものか。
序の口
残酷な初恋ほど甘美さを増すものだ。
甘美さは却って痛みを深くするが。
塩と砂糖の関係のように。
恋愛の本質が結晶化であることを証明したのは、スタンダールだった。
ツルゲーネフの佳品「初恋」の余韻は、なかなか消えようとしない。
心のどこかに、不完全燃焼のようにくすぶり続けているものがある。
残酷な初恋は、何度もするものではない。
言葉の定義からして、一度切りで十分過ぎる。
甘美さは残酷さで熟成され、苦みを含んだ豊かな芳香を立てるだろうが、それには長い歳月と忍耐を必要とする。
父と子との一人の若い娘を介した恋を廻る相克である。
恋に手練手管のあることすら知らない子に、初めから勝ち目はないとしたものだ。
死に瀕した父から娘とその子を託された息子は、いったい、この運命の残酷さを呪うことすらできなかったろうに。
失恋が名作を生む。ある意味、素朴な信仰のようなものだ。
ささやかな富と名声を求めたがゆえに、詩を断念し、小説を書き始めた。
だが、そこに件の女神が介在する余地は無かったということだ。
これらの掌編は、ずっと初恋のイメージとダメージを引き摺っているのかも知れない。
死が背中越しに見える今となっては、とりたてて論ずるほどでもない、他愛もない話ではあるが。
作家を志したことのある者ならば、一度は、書いてみたいテーマではある。
だが、初恋とは、世間で言われるように、最初に恋というものに目覚めたその間の事情を指すものだろうか。
わたしには、初恋は、その人の人生、人格に決定的なものを齎す関係性の縺れ、感情の折り重なり、傍から見れば単なる莫迦げた出来事、人生という茫漠としたものを賭金にしたから騒ぎに思える。
もはや、嘗ての平穏な日常、華々しい夢からは遠く隔てられているがゆえにその悪しき輪廻を免れたあの凡庸で平板な楽園世界には二度と引き戻せない、取り返しのつかない事態、窮状として、深い断層となってその場の時間と空間にひずみや亀裂を生むもの、それが初恋なのだ。
絶対的な喪失と引き換えでなければ、絶対に手にすることができないもの。
であるから、最初の恋愛、初めて抱いた恋情が、決して初恋なのではない。
最終的な、その裁きを請う、引き裂かれた破綻、引き延ばされた破局、関係性の豊穣なるがままの消尽、無意味な昇華こそが、初恋の真の実相(すがた)である。
それゆえに、初恋は、永遠を燃やし尽くす業火による浄化を求めて、ひたすら魂の煉獄をさ迷うほかない。
そっとやさしく口づけしながら。