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筋腫や腺筋症に伴う過多月経をマイクロ波照射で1000例以上治療した医師の意見

MEA: 先進医療への道

 これまで、2.45GHzのマイクロ波を子宮内膜に照射するMEAの開発に関連した内容を書いてきました。基礎的な検討を積み上げて、先端近くが軽く湾曲した、世界でもユニークなMEA用マイクロ波アプリケーターが日本国内で臨床的に使用できるようになりました。

どのような形で診療報酬を得るのかが大問題


 MEA用マイクロ波アプリケーターを使用して過多月経の治療を行うと、前回の治療成績のグラフで示したように好結果が得られました。基礎的検討の結果は、2004年の日本産科婦人科学会のシンポジウムで発表しましたし、2006年の国際産婦人科連合(FIGO)の学術集会へ演者として招待されました。個人的な学会活動としては順調でした。しかし、どのような形で診療報酬を得るのかという大問題が未解決でした。

日本には国民皆保険の医療制度があります。


 この制度では、厚生労働省が承認した治療法だけに保険が適用され診療報酬を得ることができます。子宮鏡下筋腫核出術や子宮鏡下ポリープ切除術は保険適用になっています。しかし、海外ではすでに普及している子宮内膜アブレーションという過多月経の治療法を、日本の過多月経の治療体系はながらく無視してきました。筆者がMEAに取り組み始めた当時は、子宮鏡下子宮内膜焼灼術すら保険適用ではなかったのです。使い勝手がよいMEA用マイクロ波アプリケーターを開発し、MEAという子宮鏡下子宮内膜焼灼術よりもすぐれた術式を治療に役立てることが技術的には可能になっても、保険診療ができないと日本では普及はしません。よい治療を受けるのだから自費診療でも構わないという日本人はそれほど多くはないからです。

自費診療で細々と続けるか、正面突破で、MEAの有効性を証明する臨床試験を行うか

 筆者は末端の大学教員で徒手空拳でしたから、研究グループを組織して、例えば子宮摘出術とMEAを比較する多施設共同研究を行うのはちょっと無理と考えました。マイクロ波アプリケーターのメーカーが資金と労力を負担してくれればいいのですが、そうはならないのが現実でした。いまならクラウドファンディングでしょうか。また、主に悪性腫瘍を治療している大学病院の婦人科には、閉経すれば解決する筋腫・腺筋症・過多月経・貧血の治療やマイクロ波アプリケーターの開発に興味を持つ若手は殆ど見当たりませんでした。

  先進医療しか道はない!

 そこで、当時、厚労省が始めたばかりの制度「先進医療」に着目しました。先進医療に承認されると、全身麻酔などの費用は保険診療とし、MEAの実費を自費で患者さんに支払っていただくことが可能になります。一般的には、保険適用が認められていない薬剤や手術器具を使用した場合は、その費用は医療機関の持ち出しとなり、患者さんから自費でいただくことは一切できないのが保険診療のルールです。先進医療承認により保険診療と自費診療を併用できるというのは、新しい治療技術を取り入れるためには有難い制度です。

 先進医療の制度は、すでに海外で普及しているが、国内では保険未承認の医療が申請されることが多いようです。ところが、2.45GHzのマイクロ波を使用するMEAは海外では全く行われていませんでした。いっぽう、周波数9.2GHzのマイクロ波を照射するMEAの機能性過多月経に対する有効性が報告されていました。さらに、MEA専用の器械を個人輸入して、すべてを自費診療として過多月経を治療する施設もあらわれました。しかし、9.2GHzのマイクロ波アプリケーターは直で径は8mmと太く、筆者の開発したマイクロ波アプリケーターとは全く異なる代物でした。MEAの手技自体も異なります。しかし、過多月経をマイクロ波で治療する点は共通しています。まあ、しようがないので、9.2GHzのMEAの臨床結果と、英文誌にすでに発表していた、直で径2mmのマイクロ波アプリケーターを使って2.45GHzのマイクロ波を子宮内膜に照射した5例の結果を添えて先進医療として申請しましたが、これは却下されました(治療費用はちゃんと大阪市立大学付属病院がすべて負担しました。血液疾患などの合併症のために手術その他は適応外という患者さんにご協力いただきました)。そこで、径4mmのMEA用マイクロ波アプリケーターを使用して、自費診療として症例を積み重ね、3回目の申請でようやく先進医療として承認されました。2009年の承認ですから、MEAに取り組み始めてから10年近く経過していました。

 先進医療承認という厚生労働省のお墨付きは威力を発揮し、MEAに取り組む施設が増加しました。2012年に子宮鏡下子宮内膜焼灼術という術式が保険適用となり、2.45GHzのMEAも先進医療ではなくなり子宮鏡下子宮内膜焼灼術として診療報酬を請求できるようになりました。先進医療に承認されても、多くの施設が採用し好成績を上げなければ、保険適用にはなりません。3年足らずという異例の短期間で、先進医療から保険適用の治療へと出世できたのは、MEAを実施した婦人科医それぞれが、好結果を収めることができたからです。

機能性過多月経の頻度は多くない。


 機能性過多月経に対するMEAの成績は非常によいと思っています。しかし、これは治療器具にピッタリの形状と大きさの子宮だからこそ得られた成績です。ところが、私が実施してきた1000件以上のMEAの中で、このような子宮腔がほぼ正常な場合は5%以下でした。筆者の外来を訪れた患者さんの多くは、子宮筋腫や子宮腺筋症に伴う過多月経でしたので、子宮腔は変形・拡大していました。MEA用アプリケーターは子宮腔の変形拡大に対応可能な形状ではありますが、子宮内膜側から筋腫組織の表面を加熱しても大きい筋腫はびくともしません。筋腫の内膜面からマイクロ波を照射しても、直接壊死する筋腫組織は数mmの深さまでです。


MEA後に筋腫組織が大部分壊死する場合もあるのですが、条件があります。


 「MEAで直接壊死する筋腫組織の体積がその筋腫全体に占める割合」が、17%以上にならないと、治療前の50%以下の体積まで粘膜下筋腫は縮小しないことがわかってきました。この割合が34%以上になるとマイクロ波照射で直ちに壊死する組織に隣接する組織が少し遅れて壊死するために、筋腫全体が縮小してしまうことも期待できます。MEAだけで筋腫の広い範囲が壊死する条件は、筋腫が小さく、しかも子宮腔内への突出率が大きいことです。突出率と筋腫の径から、壊死組織の体積が筋腫全体に占める割合を計算することができるという論文を筆者は2009年に発表しています。しかし、この内容を理解してMEAを行っている医師は少数にとどまっています。

 子宮腺筋症で子宮壁が厚い場合は、深部の腺筋症組織が子宮内膜側からの照射だけで壊死することはありません。MEAでよい結果を得る問題は、すなわち、正常大の子宮からどこまで変形し拡大したら適応外にするかという問題でもあります。閉経後は筋腫や腺筋症は縮小しますから、治療時の年令も当然、考慮する必要があります。

 筋腫や腺筋症に伴う過多月経は、子宮腔表面の大部分の内膜を壊死させても効果が不十分になりがちです。また、筋腫や腺筋症が成長を続け、巨大化した子宮そのものが、子宮摘出術の適応になる場合もあります。腺筋症の場合は、腺筋症組織のなかに出血する子宮内膜組織が存在しますから、MEAだけではそもそも治療が不十分と考えられます。

 筋腫や腺筋症に伴う過多月経を治療できるMEAを確立するためには、筋腫や腺筋症そのものを狙ってマイクロ波でアブレーションする方法の併用が必要だと考えるようになりました。つまり、数cm~10cmまで分厚くなった子宮壁をマイクロ波照射で簡単に安全に壊死させる方法を実現することが新たな課題となりました。

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