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写真には映らない景色


家から50分近くかかるホームセンターへ行った帰り、少し遠回りをした。

それは、5ヶ月前まで働いていた職場からの帰り道とほぼ同じ。

2年ほど前に、今の家に引越しをしたのだが、
引越し前後の当時、私は仕事で3年目にもなるのに全く一人前になれないことや、学生の時から何もかも思い通りにいかないと感じていたことがいよいよ辛くなってきて、結構落ち込んでいた。

引越ししたばかりの時期、まだ土地勘がないのに試しにグーグルマップ無しで車を走らせては、道に迷ったり、渋滞にはまったりして、40〜50分かかる通勤に70分程かかり仕事に遅れてしまったこともあった。

土地勘がないせいではあるが、家と職場の往復、家か職場か車の中にしか居る時間がないことが苦しく、ものすごい閉塞感だった。

やっと土地勘を少しずつ覚えて、最初に好きになった道たち。

国道をしばらくいった後、曲がって国道から逸れると、大きな橋がある。橋の下は川ではなく民家が並んでいる。
その大橋には、車で通ろうとするその両サイドに、反アーチ状に電灯が吊るされていて、それがまるで、なにかのテーマパークのようで、それまで味気なかった景色が、急にぱっと華やかになる感覚がして、疲れた仕事の後でも少し気持ちを明るくできる場所だった。

その先を行くと、坂を少し登ったあと、またすぐ下る道。アクセルを踏まずにタイヤが回るのに任せて進み、小さな橋が見える。昼は目立たないけど、夜にはこれもまた橋の柵に光が灯っていて、目をぼやかすと少し幻想的。

信号を曲がると、少し細めの街道に入る。
クネクネと曲がった道なので、事故が多かったのかわからないが、夜になると大量の丸い反射板が道路の両サイドにキラキラと主張する。
当時、何も考えられなくなって、ボーッとしながら運転していても、キラキラしているおかげで、薄目でも道の行先がわかり、事故を起こさずに済んだ。夜、車のライトが当たって初めて存在を示す彼らに、どれだけ救われたことか。いつ見ても綺麗だなと思う。

そのあとは、気分によって回り道を選ぶ。
一時期は近道だと思って、しばらく通勤路にしていたお気に入りの道。後から回り道だとわかり、使う頻度は減ったけど、時々、気分を上げたい時や、気分が良く遠回りする余裕があるときに敢えて通ることにしている。

その道は、小さな駅前の少し曲がった道を下り、T字路
を鋭角に曲がり少し急な坂を登る。
初めて通った日はたしか、まだ私が土地勘なかったころ、母の車の後ろについて運転していた時だったように思う。
電車か何かの陸橋があり、それをくぐるように抜けて、緩やかな坂を登りながら、次はどんな景色が現れるだろうかと思いながら走っていた。理由は忘れたがあまり気分が良くない日だった気がする。
緩やかな坂を登りきると、少し角度のついた下り坂になる。その時、遠くに見える景色。夜景だった。
引っ越して初めて夜景を見たのかもしれない、坂を登って下りはじめる一瞬だけ、遠くに見える。
初めて見たときは、夜景が目の前に広がって、長い間見えたような気がした。鬱々としていた気分がふわあと、救われるような思いがしたことをはっきりと覚えている。引っ越してまだ良いところを見つけられていなかった土地に、こんなに良い場所があるじゃないか・・!と。その後、気に入って、何度か夜にも昼にも通っていたけれど、この時ほど近く、広く、長く夜景を感じたのはこれっきりだった。毎回、あれ、こんなに遠くて小さい夜景だったっけと思わされる。それでも、陸橋をくぐって、ゆるやかな坂を上り詰めるときはいつも、一番最初に感じたあの感覚を思い出す。だから、敢えて通る。

ちなみに、この道は、夕陽もすごく綺麗に見える道で、小さな公園もあって、少し座ることもできる。本当に小さいので、あまり居心地は良くないし、近くに車を停めるところも見つけられていないのが難点だが、どうしても立ち止まりたいときは、路駐しちゃう。いつか周辺をお散歩したいと思っているのだが、長時間停めるわけにはいかないし、家から徒歩ではこれない距離なので、まだ叶っていない。

そんな、お気に入りの道たち。


思い返してみると、私は音楽だけでなく、景色にも救われてきた。

引っ越して半年くらい経った頃、友人と一緒に私が学生時代に過ごした土地へドライブへ行った。

学生時代の話は話すと長いので、割愛するが、当時の私にとって、あまり良い思い出ではなかった。
だけれども、海まで歩いて5分の距離に1年だけ住んでいた、あの環境が懐かしくて、引っ越す前も引っ越した後も、海の近くに住めない、お散歩感覚で海に行けない、近所を散歩しても景色の良い場所を見つけられないことが嫌で嫌で、また海の近くに住みたい気持ちでいっぱいだった。
それでも、その土地に行くことは、自分の嫌な記憶を思い出して余計辛くなるのだろうと思い、敢えて行くことを避けていた。

そのころ仲良くなった友人と、旅行の計画をしている時に、「思い出の場所案内してよ」と言われて、戸惑いながらも、承諾した。うっかり、行くことになってしまった。

アクアラインを超えて、さらに2時間近く走ると見えてくる、エメラルドグリーンな海。
懐かしい・・・・

住んでいた場所の近くに車を停める所を探して、散策する。景色の変わったところと、変わってないところ。
友達とランニングをしながら、田んぼに夕陽が写るのをおそらく初めてみたはずの場所は、田んぼがなくなり駐車場になっていた。
通っていた建物はほとんど変わらない。
気分転換に海まで行こうと抜けた短い獣道。
よくひと気がないのを見計らって音楽聴いたり歌ったり踊ったりしていた海岸。夕方から陽が沈むまで、そのあともしばらくいて、明るい月を眺めたり、近くのコンビニで暖をとったりもした。
心配する人もいないので、夜でも明るいところを好きなだけ歩いたりもした。
学校や人生が嫌になって、このままケータイ代払えなくて誰とも連絡できなくなれば自由になるのかな、とか考えたりもした。

そんな、海と家。

それから、2駅ほど移動した場所でも、友達や先生と共同生活をした。

そこでも、タイミングを見つけてはよく散歩をした。
海が近いはずだけど、歩くには遠いので諦めて、田んぼや畑が続く道を。少し山を登ったり、壊れかけた家の、私有地だか道路だか分からない道を行ったり。
歩きながら聴いていた曲たちには本当に救われていた。
当時は海に行けないことが残念でしかたなかったけど、旅行で訪れてみると、一人で散歩して眺めていた、田んぼや畑や空や夕陽に、想像以上にストレスを吸収してもらっていたのだと、この景色があったから私は学生時代を乗り越えられたのだと知った。

また、その場所は、100均はギリギリ歩いていけなくないけれど、コンビニもスーパーも車がないと遠い。
そんな辺鄙な土地での共同生活は、ひとりの時間を作りにくい点では不便だと思っていたが、友達と毎日一緒にご飯を作って食べたり、餃子パーティをしたり、優しい友達がさりげなく心配してくれたり、ひとりでは経験できないことをたくさんできたのだなと、この旅行で訪れた時に初めて気づいた。

この旅行で、信頼できる友人と、記憶に残る場所を回り、当時の思い出を話したことで、それまで拭えなかった、「海へ歩いて行きたい病」がすっかり消失したことには驚いた。

嫌な思い出を避けて、逃げていたものにしっかり向き合った結果、自分が思っていたほど嫌なことばかりじゃなくて、楽しいこともちゃんとあった、だからそれを乗り越えて今の自分が居る、ということに気付いたのだ。


私は景色の写真を撮ることが多いので、撮った写真のほとんどは、どこで撮ったものか思い出すことができる。
何をしながら、考えながら撮ったかも、思い出すことができることが多い。

しかし、これまで挙げたような景色たちは、写真に撮っても、全然、自分の記憶と重なるような景色にならない。
どこにでもあるような海、田んぼ、畑、山、空。
ちょっと遠くて写真に残しても小さくてほとんど見えない夜景。
実際に何度か写真を撮っているけど、不思議なことに、その撮った写真からはほとんど記憶が呼び戻されないのだ。

私の頭の中だけで現像される景色。
そんな、誰にも奪えないものを大切に増やしていきたい。

ただし、記憶は時々ねじ曲がってしまうので、実際に足を運ぶことで修正をかける必要もあるかもしれない。
嫌な思い出が、良い思い出に転換するというまさかの展開もありうるので、まあ、体力のあるときにね。


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