角野隼斗ツアー2024”KEYS”
【はじめに】
2024年1月31日に仙台から始まったKEYSツアーが、3月24日の配信を含め、23公演が無事終了しました。
私は上記の3公演にお伺いすることができました。
アンコール曲を除いて並べてみれば、たった6曲、というのが信じられないくらいの大ボリューム。
しかも、これが本当に不思議なのですが、3公演ともまったく違った公演に感じるんです。もちろん、地域によってもホールによっても座席によっても、また自分のコンディションによっても受け取り方が変わってくるのは当然なのですが。
角野さんのコンサートはまさにlive、「生きている」。
これだから、ツアーなら複数回行きたくなるんですよね。
ここではあくまで個人的な記録として、2024ツアーを振り返りたいと思います。お暇な方のみ、お付き合いくだされば幸いです。
J.S.バッハ:イタリア協奏曲 BWV971
角野さんの名刺代わりになる曲っていくつかあると思うのですが、バッハで言えばこの曲一択な気がします。こんな生き生きとしたバッハ、聴いたことがない。300年近く前の作品が、息を吹き返して嬉しそうに走り回っているみたい。軽やかなトリル、それぞれ別々の生命体がセッションしているような、躍動感あふれる掛け合い。まさに”協奏曲”。
一人で演奏するのに、なぜ「協奏曲」なのかを検索してみたら、こんな説明がありました。「そのすべてを一人の鍵盤楽器奏者で弾いてしまう」って…あまりに”KEYS”のコンセプト、そのままですね(笑)
モーツァルト:ピアノソナタ 第11番 イ⻑調 K. 331「トルコ⾏進曲付き」
仙台の初日には、行き帰り夜行バスという人生初の0泊3日のスケジュールでお伺いしました。早朝に到着後、芋煮の仙台モーニングを食べて、仙台城へ行ったり秋保温泉に入ったり、牛タン定食も堪能して、しまいには東北の地酒をワンコインでいただいたり(笑)友人と大充実の仙台旅を満喫してからの! コンサートでした。そのため、モーツァルトのこの心地の良い響きは、夢の中に誘うのに強力すぎて抗えませんでした…。めちゃくちゃ気持ちよかった。快眠ミュージックに音源欲しい(笑)
松戸では、これがまったく別の曲のように聴こえました。千葉は角野さんの地元。イタリア協奏曲の後のMCでも「生まれ育った土地でコンサートできて嬉しい」とおっしゃっていましたが、なんというか…、角野さんの生い立ちのアルバムを隣で広げて見せてくださっているという感じ。
1995年7月14日に待望の赤ちゃんが生まれて。ご両親はじめご家族の愛に包まれてすくすくと成長して。温かな、柔らかな幼少期を過ごして。これもまた不思議なんですけど、あ、ここで幼稚園に入園したのね、小学校の入学式のランドセル姿可愛い、と目に見えるよう。お勉強、面白いのね。さすがだね。京成バラ園に遠足にも行ったのね。みんなでずいぶん騒いで楽しかったね。あら、ずいぶんやんちゃな少年になって、お友達とケンカしちゃった? そしてトルコ行進曲は中学受験期。一人寂しかったこともあったのに、よく頑張ったねぇ、と…。ちなみに、次の「24の調によるトルコ行進曲変奏曲」は、開成中学に入学してからの出来事でございました(注:すべて私の妄想です)。
角野さんは「連れて行ってくれるピアニスト」ですが、時間軸まで超えて、連れて行ってくれるとは思いませんでした。
⾓野隼⽃:24の調によるトルコ⾏進曲変奏曲
仙台で初めて聴いた時の印象は、目くるめくイスタンブール旧市街! という感じでした。狭い路地を曲がると、カラフルなランプ屋さんや、絨毯屋さん。人混みに漂うエスニックな香り。迷路のような街を探索をするのが楽しくて、あっという間に終わってしまいました。
所沢ではディズニーランドでした。もう少しエンターテインメント感マシマシ。”アラジン”のジーニーが出現して、映画の中のようなバトルもあったりして、最後は大団円!
松戸では、初めて真正面から見られたこともあり、24の調を知らせてくれる照明が鮮やかに切り替わる様子が、スタッフさんとのセッションを慈しんでいるようでした。私が見た他会場では、もっとゆるっと色が変わっていたような気がしたので、スタッフさんも23公演ですっかり”チーム角野”の職人として熟練されたのだな、でもこれが最後なんだな、と…。終わってしまうのを惜しんでいる感じでした。
この曲はぜひ、YoutubeかてぃんチャンネルにUPしていただきたいと思いました。
【休憩】
ストリーミング配信もあった松戸千穐楽での休憩時間のセッティングは、あたりまえですが他会場にも増して大がかりでした!
10人ほどのスタッフが、グランドピアノ以外のKEYSたちを設置していくだけでなく、カメラの配置やスピーカー、かてぃんラボでの説明があった反響板としてのアクリル板も、慎重に配置していく。スピーカーは、この日は多面体の無指向性スピーカーと四角いスピーカーと両方。これを毎回、ホールの響きや気温、湿度を加味しながら調整していたのかと思うと、チーム角野の皆さんには頭が下がるばかりです。
きっと普通のクラシックピアニストのコンサートではありえないような、音響工学者でもある角野さんならではのこだわりが詰まってる、ステージセッティング。それをまた、かてぃんラボで教えてくださっていたので、ファンたちも興味津々で写真を撮っていました。トルコ行進曲変奏曲の衝撃から一息も入れたいし、トイレにも行かなきゃだし、20分の休憩は短すぎました(笑)
⾓野隼⽃:⼤猫のワルツ
休憩後は、チェレスタでニャーと鳴くプリンちゃん=「大猫のワルツ」からスタート。2020年にリリースされた1stアルバム"HAYATOSM"にも収録されている、角野さんオリジナル曲の中でも、もっともたくさん弾いているであろう曲。
おそらくコクピットのように配置されたKEYSたちの位置、距離感覚の確認も兼ねた選曲と思われます。
この後に控える大曲2曲の前に、文字通り”猫の手を借りている”のでしょう。
ガチ”音ゲー”勢の角野さんですが、ヒットすればよい音ゲーと違って(それもすごいですが)、本当に精妙なタイミングと力加減が問われる演奏です。それぞれのKEYSの位置、向き、椅子の位置、座る角度、姿勢、ほんの1ミリの誤差でも影響を与えるでしょうから、その身体マッピングを「大猫のワルツ」を弾きながら行っているのだと思うと「プリンちゃん、よろしくね!」という気持ちでした。
ガーシュウィン(⾓野隼⽃編曲):パリのアメリカ⼈
仙台では「本当にオーケストラのままだ!」と驚いた「パリのアメリカ人」。クラクションの音なんて、ピアノでどうやって?と思っていたら、普通にグランドピアノで表現してました…絶対音感のなせる業よ。思い起こせば、去年2023年ツアー千穐楽の朝に出演した、NHKの「あさイチ」でも、その場で目覚まし時計や踏切の音を拾って鍵盤で表現して、さらにアレンジするという特殊能力を披露していたくらいですから、そんなことは朝飯前でした。すみのません。
松戸では、またかなりアレンジが違っていた気がしました。仙台ではスクリーンに映し出される映画に音楽をつけていたような、劇伴のような感じでしたが、松戸では主役として角野さんがパリで大活躍! それもイスタンブールからダイレクトに飛んできた? 少しエスニックな香りもしました。
左足はリズムを取っているのではなく、踵を鳴らしていました。それも踵全体ではなくて、いちばん角の部分を使って、明らかに楽器としてのヒール音を。タップダンサーは踵だけでも3か所くらい使い分けて音を出しますが、少なくともトゥ(つま先)とボール(親指側)とヒール(踵)とストンプ(足裏全体)の4つの音くらいはすぐ使いこなしそうだなぁ…。
とにかくノリノリでジャジーな感じ、お酒でも飲みながら聴きたかった! と思っていたら、配信で見たら、真上からの構図がまるでブルーノート。 配信ですから、自宅にてもちろんお酒を片手に堪能させていただきました。
ラヴェル(⾓野隼⽃編曲):ボレロ
23公演中、残すところ千穐楽のみ、というタイミングでかてぃんラボ動画が公開されました。タイトルは「ボレロをどう一人で弾いているのか?」。
アップライトの”かてぃんピアノ”を、調律師の按田さんと研究を重ねてプリペアドピアノにカスタマイズして、スネアらしい響きをさせたり高音部の音を変化させていることがよくわかりましたが…、ん? 「どう一人で弾いているのか?」は結局「人力で頑張ってます」しかなくない?(笑)
そして松戸では初めてコクピットの中が見える座席だったので「どう一人で弾いているのか?」をガン見させていただきました。
もちろん演奏もそうなのですが、その身体性に驚きました。鳴り続けるスネアドラムの音を、左右の手の指を使い分けて、あれだけ正確に打ち続けていながらも、背中は大きく伸びやかに上下にバウンスしているんですよ…まるでモーリス・ベジャールが踊っているかのように!
以前、ショパンコンクールでマズルカを研究していた際に、角野さんはマズルカの音楽とポーランド語との共通性を感じるとおっしゃっていました。おそらくこれは、ポーランド語の連続する子音と、特にマズルカに見られる修飾音との関係を指していると私は理解しました。子音の連続、ということはつまり、口腔内の筋肉の変化と息の調整。それが音楽に反映されていると。(日本語は子音のあとには必ず母音が来る言語なので、そのような複雑に変化する子音の連続発音はありません)
またマズルカはポーランドの舞踊のひとつであり、角野さんの演奏を聴いた時、私はマズルカを踊るダンサーのステップの重心移動が、足全体ではなく、つま先から踵に移り、膝で衝撃を逃がしてその反動を上体の躍動感につなげている、その姿が身体感覚として想起されました。きっと角野さんのジャズやバンド活動などで培われた抜群のリズム感が、そう思わせたにちがいありません。
指先、手、足はむろん、呼吸から体幹の筋肉の一本一本までをコントロールするバレエのような精妙さで、ピアニッシモからクレッシェンドまでダイナミックに持っていく、音楽の身体性。瞬時に身体をひねって、両手で向かいあった別々の鍵盤楽器を弾くなんて、それもずっと真ん中でスネア音を連続させながら、音数をどんどん増やしていくなんて、ホントどうなってるの…? ラボを見ても、配信を見ても、リアルで正面から5mの距離で見ても、理解できませんでした。。ラストは肘うち2回。一人の人間が弾くピアノとはとても思えぬ大迫力。ブラボー!!
(奇しくも、この千穐楽前日に行われたApple Music Classical アンバサダー就任イベントにて、角野さんは「曲作りは身体に結びついている」とおっしゃってました。一生懸命、頭で考えて作った曲よりも、ポッとひらめいて出てきたものを身体に任せて演奏した方が 良いことが多いんです、ちょっと悔しいけど、と。角野さんにとって音楽は頭ではなく心で感じて身体が動くもの、なのかもしれない。もちろん日本最高峰の頭脳の持ち主だからこそ、人知を尽くして天命を待つかのように)
(EC.1)⾓野隼⽃:ノクターン
坂本龍一氏の「andata」 のような、miletさんとのThe First Takeの「Ordinary Days」のような、PenthouseチャンネルでカバーしたRADWINPSの倍速「スパークル」のような、はたまた映画「ピアノ・レッスン」のテーマのような…、どこかで聴いたことがあるようなファミリアさがありながらも、それでいてどこにもない”角野隼斗”の曲。
これは所沢での演奏が忘れられません。。この所沢市民文化センター ミューズ アークホールの舞台奥、パイプオルガンの両脇には、芸術の神「ミューズ」の像が2体あり、”ノクターン”の時にそれがスッとライトアップされたのです。光臨。その神々しさたるや、涙なしには聴けませんでした。
「ノクターンは夜想曲なので、夜の曲と思われますが、この曲は夜明けの曲です」とのご本人の説明がされたこの曲ですが、松戸では、また印象が変わりました。穏やかな希望を持つ癒しのような印象だったのが、松戸では夜明けに想うひそやかな決意のような芯の強さを感じました。それはもしかしたらツアーを終えて日本からニューヨークに戻り、また世界を相手にたたかう勇気だったのかもしれません。
(EC.2)きらきら星変奏曲(⾓野隼⽃編曲)
もともとかてぃんチャンネルにおいて、1000万回以上再生を誇る「7 levels of ”Twinkle Twinkle Little Star”」ですが、今回のツアー23公演にちなんで、これをさらに24の調性でアレンジする、という企画?をされていました。
かなり聞きなれた「きらきら星変奏曲」ですが、…調が変わるとイメージが変わるし、まるで性格が変わったかのようにアレンジも全然異なって、正直「どれだけ引き出しがあるんだ?!」と再発見の連続でした。
そして、千穐楽はへ長調。以前角野さんが「もっとも平和な調」と言っていただけに、その安らかさと千穐楽の寂しさと相まって、まさかのきらきら星変奏曲で号泣でした。
24調ありますが23公演だったため、ニ短調のみ残っています。
ニ短調も含めて、改めてこれは24調で、7月14日の武道館公演で弾いていただければなりませんね。
(EC.3)夕焼け小焼け(⾓野隼⽃編曲)
角野隼斗ツアー2024”KEYS”、千穐楽オーラスのアンコール3曲目は「夕焼け小焼け」でした。2023年のオーラスはオペラシティホールでの、なんとパイプオルガンの演奏で、雷に打たれたかのような荘厳さでしたが、今年は地元での凱旋公演が千穐楽。ご出身の千葉県八千代市では夕方に放送で「夕焼け小焼け」が流れるのだそうです。やはり少年時代のノスタルジーを強く感じていたのですね。「この曲を聴いて、元気にお帰りください」とのことでした。
「空には きんきら 金の星」
どなたががおっしゃっていたけれど「赤とんぼ」は言うまでもなく、角野さんの日本の歌曲・唱歌・童謡も絶品。矢野顕子さんが「いもむしごろごろ」や「あんたがたどこさ」を弾いていらしたように、角野さんもぜひ世界に向けて日本の名曲をたくさん発信していただきたいです。
【おわりに】
23公演、約35,000人。今回のツアーでの動員人数だそうです。クラシックピアニストのソロコンサートとして、驚異的! 延べ人数でしょうから、この中の3人になれて3会場で聴けて、また配信でも特等席で聴けて幸せでした。
角野隼斗さん、”チーム角野”スタッフの皆さま、本当にありがとうございました!!!
これからも、角野さんとKEYSとの旅について行きたいです。