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「高瀬舟」 努力で運命は変わるか?

喜助の弟殺しは罪になるだろうか。

私は、罪になると考える。
まず、喜助が罪に問われた理由は、弟を苦しみから救うためであった。
だがそれなら、弟が自殺してしまうより以前の行動次第で、
弟が自殺してしまうのを免れることはできたのではないだろうか。

まず、喜助たちが子供の頃はまだ働けないので、
やむを得なかったかもしれない。

だが、その頃以降はどうだったのだろうか。
例えば、高瀬舟に乗った時の喜助が二十歳だとして、罪に問われるまでの十数年の間でもっと努力したとする。運よく他のより良い仕事を見つけていれば、少しは運命が変わったかもしれない。

 また、弟が自殺を決断してしまうまでの喜助の声掛けによっても、弟の気持ちは変わったのではないだろうか。例えば、
「一緒に頑張ろうな」
とか、
「病気のことは心配しなくて大丈夫だからな」
などの声掛けで、弟の気持ちは少しでも変わったのではないか。
それ以外にも、喜助の努力次第で運命を変えられる機会は、
きっとあったはずだ。庄兵衛が思っている通り、
喜助は足ることを知っていて、
人間の貪欲さから踏みとどまることができる人物である。
そんな彼なら、きっとこの運命を変えられたはずだ。


もし、これが罪にならなかったとしたら、どうなるだろう。


この物語の世界の他の悪人が、その事実を知り、
人殺しの罪から逃れる口実にしてしまうかもしれない。
やはり、これは罪にしなくてはならないのだと、私は思う。
 以上より、私は喜助の弟殺しは罪になると考える。
どんなにひどい状況でも、
あきらめない姿勢を維持することが望ましいと考える。


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