30代の壁
健二は、もうすぐ30歳になることが信じられなかった。会社に入ってからあっという間に10年が過ぎ、いつの間にか自分が「若手」ではなくなった。同期は次々と結婚し、子どもができて、家を買ったりしているが、健二はというと、まだ仕事に追われる毎日だ。
毎朝、満員電車に揺られ、会社に着くとパソコンに向かってひたすらメールを処理する。上司の指示に従って、プロジェクトを進める。定時が近づく頃には、次々とやってくる追加の仕事。気づけば、今日もまた終電近くになっていた。
「これが、30代か…」健二は独り言のように呟いた。
20代の頃は、何でも新しいことに挑戦できると思っていた。多少の失敗も「経験」として許されるし、未来は無限に広がっている気がした。しかし、30代が目前に迫ると、周りからの期待が変わってくる。経験がある分、失敗は許されなくなる。結果を出すことが当たり前になり、仕事量も責任も増える一方だ。
ある日、同期のタカシから久しぶりに連絡があった。「ちょっと飲みに行こうよ。話があるんだ」と誘われた健二は、少し気乗りしないままも、久々に会うことにした。
居酒屋でビールを飲みながら、タカシがふと話を切り出す。「健二、最近どう?仕事大変だろ?」
「まあ、なんとかやってるよ。そっちは?」と、健二が聞くと、タカシは苦笑いしながら言った。
「実は、俺さ、転職しようか悩んでるんだよね」
タカシは、家族を支えながらも、仕事に追われて疲れ切っていた。30代に入ってから、職場での評価は安定していたが、次第に新しい挑戦をする余裕がなくなり、日々の業務に流されている感覚が強くなってきたという。
「このまま続けていくと、ただの『歯車』になっちゃう気がしてさ…」
健二はその言葉に共感せざるを得なかった。自分も同じだ。毎日、ただ目の前のタスクをこなしているだけで、いつの間にか自分がどこに向かっているのか分からなくなっている。20代の頃に持っていた夢や目標は、現実の波に飲み込まれ、いつの間にか霞んでしまった。
「でもさ…」タカシは続けた。「30代って、まだまだこれからだと思わないか?俺たち、まだやれるよ。次のステップに進むための準備期間って思えばさ」
その言葉に、健二は少しだけ救われた気がした。確かに、30代は責任も重くなるし、失敗も許されない。でも、それは裏を返せば、自分を成長させるためのチャンスでもある。自分の未来をどう作り上げるかは、自分次第なのだ。
「そうだな、まだ終わりじゃないよな。これからどうするか、俺たち次第だ」
二人はお互いにビールを注ぎ合い、乾杯した。30代は、確かに簡単ではない。しかし、まだ先に進む道はある。健二は、その夜、少しだけ未来に希望を持つことができた。