父親が脳梗塞になった事の記録
発症
2024年10月26日(土)、北海道からBeatmaniaIIDXを通じて知り合ったふーんさんが関東にくるとのことで、我々酔いどれDPerの会はふーんさんを迎えて飲み会をする日でした。
(ワタシは夜勤の為に欠席予定で、皆は昼から集まるので昼食のみ同行することにした)
津田沼の田所商店という味噌ラーメンのお店で食事しよう、となったので入店しようとしたところ父親の番号から電話があった。
電話口の相手は父親ではなく消防の方で、11:40頃本人から119番通報があり、体調不良を訴え救急搬送されたとのこと。
その後の連絡で鴨川の亀田総合病院へドクターヘリで移送された為、食事を終えて鴨川方面へひとまず向かうことにしました。
津田沼から蘇我で乗り換え、更に上総一ノ宮で乗り換え安房鴨川へやってきました。…遠い。
駅から亀田総合病院というところは3kmほどある為、更にタクシー移動します。
タクシーの運ちゃんに、病院直行のバスが都内からあるということを教えてもらった。
救急病棟で医師から病状の説明を受ける。
不整脈による脳梗塞で、左半身に麻痺があるとのこと。
入院手続きを代理で行う。
ウチの父親は「もう働きたくない」と言って11年ほど前に熟年離婚をして(当時55歳頃)外房に家を買い、ひとり余生を過ごしていた。健康診断をうけることもなく、今回突然倒れることになりました。
酒とタバコ、不整脈の原因らしいです(小声)(耳が痛い)
その後面会しましたが、意識もあり重症ではなさそうだなという印象。
ろれつが悪くなってましたが、ギリ理解できる感じでした。
父親のスマホに保険証が付けられていたのでその写真を撮って、退散。(父親がどこに住んでいるのか知らない為、あと今後いろいろ保険証の情報が必要になると思ったからです。
2日目~4日目
10月27日(日)。
日用品が必要な為に、母親に連絡を取って弟の車で再度鴨川へ。
昨日の様子だと、歩行どころか起き上がることすらできない様子であった為、オムツを購入していく。
あとで指摘されたが、履くタイプのオムツよりマジックテープかなんかで締めるタイプのものにしてくれとのことだった。
病院に行く前に父親の家に行くことにした。救急搬送されてそのままであるから、施錠して鍵と財布を持ち出す。
病院で面会したが、若干機嫌が悪そうであった。
いくつになっても、弱っていても父親の機嫌が悪いというのは、ビビるものである。少年時代に察知する機能を持ってから、39歳の今でも変わらない。昭和を生きた人には伝わるであろう。
日曜の夕方の上りは渋滞しますなぁ。
10月28日(月)
この日は本厚木のシルクハットで配信の予約をしていたので、町田・相模大野・海老名・本厚木のIIDX行脚をする予定であった。
町田で行脚を終えたところで、病院から電話。
一体何やねん…。と思って電話に出ると、未明から暴れた後に意識レベル低下し、午前に検査したところ脳梗塞をした場所が腫れてきて脳幹を圧迫している為、手術をしないと命に関わると告げられました。
「どうしますか、時間がないのですぐに手術するかしないか決断してください」
正直悩みました。
というのもかねてから本人に「死にそうだったら延命とかしなくていいから」と言われていたからである。
今年3月に母方の祖母が亡くなった際に連絡したときにそう言われたし、搬送されたときにも医師に同じことを言ったという。
またこの2択は自分の人生にも大きく影響を及ぼす可能性も考える。
手術しない選択をした場合、死に至ればまだ救われるが、至らない場合は重篤な後遺症が残るのでは?と考える。
手術する選択をした場合、死亡することはないが自立した生活が送れない場合は自分が引き取って面倒を見ることになる。
数秒の間に自分が下した決断は、「手術してもらう」という選択でした。
まだ死ぬには早いんじゃないか?と決断しました。
手術を経て死ぬんだったら、それはもう仕方ないでしょ、それまでです。
やれることがあるなら、やったほうがいい。そう思いました。
数年後にやっぱりこの2択は間違えてた!…なんて思うことのないよう祈ります。
このような電話があったために配信予定時間に遅れて本厚木に到着。
この配信の直前に、今後AC配信を当面休止することを決めました。
2週間程度は容態の変化などで急に病院に呼ばれることもあるだろうから、時間を決めて予約することは難しいだろうということ。
退院したあとのリハビリを協力しなくてはならないだろう、ということ。
これらを考えるとまあ配信を続けるのは難しいという判断。
最悪は自立した生活ができず、寝たきりのような状態になる場合はACでIIDXをプレイすることなどできなくなるのでは?と思うし、仕事も変えなくてはならない。
色々な感情があって当該配信の前半は浮ついた気持ちであったが、後半はいつもどおり楽しくできた。
いつもチャットをくれる方は本当にありがとう。
手術を終えたら連絡するとのことだったので、早めに切り上げて帰路に。
本当は東名厚木健康センター行きたかったよォ!
出来る時は配信やるから、その時まで、「みんなー死ぬなよー!」(配信でも言った)
10月29日(火)
朝6:30に起床し、8:10八重洲バスターミナルのバスに乗り病院へ。
10:40頃着。
手術の説明を受ける。今はICUに入っている。
内容は腫れに対応するため、頭蓋骨の一部を切除したというもの。
脳幹まわりに隙間を作るのが狙いだ。術後のCT画像を見たが、確かに術前より余裕がある。
現在も意識レベルは低いまま。(麻酔が抜けていないのもあるが)
呼吸するのも、痰を出すのも機械に頼っている。
今後は快方に向かう見込みなので意識が戻り次第、体を動かしていくそうです。
ICU病室内で、死ぬほど同意書を書かされる。輸血・手術…etc
できればまとめてくれません?簡易的なサインでOKとかさぁ。面倒が多すぎる。
仕事に間に合うバスを逃したため、遅刻しました。
以上が発症直後の動向になります。
今後もnoteにてこのような手記的なものを記録していく予定です。
これを読んでいる皆さんも家族が同じ病気に今後かかるかもしれない、その時に何かの参考になれば幸いと思ってわりと細かく書きました。
この先どうなるかはわかりませんが、なるようにしかならんので気にしないことにします。
どうでもいいけど、AARON JUDGE選手調子悪いなあ。
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