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服
携帯電話の目覚ましが鳴り、目を覚ますと、淳子はいつも5分程インスタのお気に入りの画像を見てぼーとする。
そして起き上がり、顔を洗い、着替えて、朝食を食べる。
朝食は、納豆ご飯にウインナー2本と味噌汁と決まっている。
料理は得意だが、考えるのが面倒くさく、毎朝同じものを食べている。
今は工場勤務をしていて、電車とバスを使って通勤している。
駅から工業団地行きのバスがあり会社の近くまで行ってくれる。
いつも同じメンバーで同じ会社の人も何人かいるが、バスの中では誰も話をせずスマホを見ている。
奇妙な光景だとは思うが、自分もその一人だ。
同じ会社で部署は違うが、おそらく20歳ぐらい下で30歳くらいの男の人が 何回か話掛けてきたことがあるが、淳子が気のない返事をしていたら男性は距離を置くようになった。
おしゃれで愛想のいい男性で、淳子も洋服が大好きで、ちょっと話をしたいなと思ったが、周りを気にして何となく話すことができなかった。
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仕事は何パターンかの作業を繰り返し行う。
もう10年近くやってるので、なんなく出来るし、たまに人間関係でぎくしゃくする事があるがそれほどストレスになること事もないので続けられているし、もう50歳を過ぎているので、転職するつもりもない。
休日は家に居る事が多い。友達は皆、結婚し、家庭をもっているので、会うこともなくなっている。
結婚願望がないわけではないが、もうこの歳だと無理かなとも思うし、
昔、一度、恋愛で苦い経験をしたことがあり、それからは自然と男性とは一線を置くようになってしまった。
おそらくこのまま、何も起こらず、定年まで今の仕事を続けてお金を貯めて、いい施設にでも入ろうかなと漠然と考えている。
休日に一人でいると、バスで声を掛けてくれたあの男性の事を考えることが多かった。
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ある日会社で、親睦会をやる事になり、出欠確認をとる回覧が回ってきた。
淳子は飲み会があっても行くことはなかったが、今回は同じ部署の人の歓迎会も兼ねている事もあり、しょうがなく行くことにした。
バスで声を掛けてくれたあの男性も出席になっているのも、気になった。
あの男性はよくおしゃれなカジュアルな恰好をしていた。
淳子は元々、フォーマル的な恰好を好んだが、工場勤務なのでカジュアルな恰好で通勤していた。
通勤で着る服は、あまりお金をかけないようにしていたが、あの男性がおしゃれなカジュアルな恰好をしていたので、休日に都内にカジュアルな服を買いに行った。
今までカジュアルな服に興味はなかったが、色々見ているとカジュアルな服も素敵だなと思うようになった。
もともと淳子は引っ込み思案なところがあり、年齢差を考えても、自分からあの男性に声を掛けようとは思わなかったが、淳子の服の変化に男性が気付き、声を掛けられるのを期待していた。
だが男性は、もう淳子の方には見向きもしなくなっていた。
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親睦会の日なり、席はだいたい決まっていて、会社も気を使ったのか、淳子の席は同年代の人達でかたまっていた。
あの男性の席は斜め前あたりだった。
同年代というこもあり、淳子達のグループは大いに盛り上がり、話が途切れなかった。
淳子も楽しく、たまにあの男性のいるグループを見るとあっちも盛り上がっていて、今日、話す事は無いなと思った。
親睦会も終盤になり、帰る前にトイレに行こう思い、トイレを探していると、前からあの男性がきた。
通りすがりに男性が、
「あ、今日来たんですね。いつも飲み会は来てないですよね。」
「あ、そう、そうね.....あ、今日歓迎会もかねてるから...」
「そうですよね。いつもおしゃれな恰好してますよね。毎日見るの楽しみなんですよ。」
「え!あ、そう...」
「あのよかったら、みんなで2次会行くんですど、行きませんか?」
「いや!私はいいです!帰ります!」
何故か咄嗟に言ってしまった。
「あ!そうですか。すいません。いきなり誘っちゃって。」
男性は怪訝な顔をして、去って行った。
淳子はトイレに鏡を見ながら、
「あ~あ、もう駄目だ...」と思った。
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あの親睦会から何日かたったが、あの男性は今までと同じように、淳子の事を気にする様子もなく、単調な日々が過ぎていった。
ある日天気もいいので、都内に買い物に行った。
洋服屋を何件か見てまわっていると、ふと見覚えのある服が目にはいった。
「なんだろう?」と考えていると、あの男性がよく着ているトレーナーだった。
そのトレーナーの横に色違いでお揃いのトレーナーが置いてあった。
気に入った服も無く、淳子はその店を後にし、駅に向かって歩いた。
もうすぐ駅に着くところでふと立ち止まった。
振り返り、あのお揃いのトレーナーがある店に戻った。
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お揃いのトレーナーは一度洗いタンスに入れたままだった。
なんの為に買ったのかわからなかった。
あの男性の目を引かせ、喋るきっかけになるかと思い、会社に着て行くことも考えたが、バスに乗ってるみんなに見られ、気持ち悪がれたら嫌だなと思い、何よりあの男性に気味悪がれる事は耐えられなかった。
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ある朝、いつものように携帯電話の目覚ましでおき、インスタを眺め、決まった朝食をとり、いつもの時間に電車に乗り、駅に着いた。
いつもの場所にあの男性がバスを待っていた。
目を疑った。
私が、今日着ているお気に入りの柄のシャッツと、同じものを彼が着ていた。
みんなが、私と彼をジロジロ見ていた。
彼が近づいてきて
「すいません...かぶっちゃいました...」と言って淳子を見つめた。
「私も同じこと考えてたんだ...」と淳子が言うと、
お互い暫く見つめ合い、そして2人で笑った。