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景色と味と太陽と風

一 今日は仕事が無いから、外に出かけようと思う。だけど、眠気がしつこく残っているので、家の前に立つこぢんまりした自販機に、一一〇円を入れて温かい缶コーヒーを買った。
 ホームに至る階段を降りていると、中程のあたりでアナウンスが耳に入り、私が乗る電車の為ドアが閉まらない事を願いながら、足を速めて車内に飛び乗った。
 車内は、座席が完全に埋まり、定員数の半分未満しかいないと思うが、ガラガラで指折りしかいない時とは、感じが大きく違う。どこか遠慮を強いられ、自由にしてはいけないと諭される様な感じに取り憑かれる。
 青山一丁目に着く、私はこの駅で乗り換える。電車は二分でやって来た。窓の向こうの車内を目に映すと、私は徐々に笑顔になれた。一号車、二号車、三号車と後ろになる程空いているからだ。私の前で停まった五号車は、座席に六、七人しかいなかった。
 電車は、面白い造りであった。多分最新型車両だと思うが、木目調の床であった。壁の最上部は液晶画面が並び、座席の背凭れは稲みたいな草模様で、頭が緩やかな谷というユニークなデザインをしている。床は昭和の跡を留め、壁は平成続いて令和の流れに乗っているのかと思った。
 押上を出ると、電車は地上に姿を見せる。だから、私は文章構成を考える事を止めて、左から右へ流れる景色を楽しむ事にする。その証にスマホをズボンの左ポケットに忍ばせた…。

二 草加は私が下車する駅である。ここで、今まで目に映した景色の感想を申したいと思う。荒川の三角を並べた橋梁を過ぎると直ぐに、独特な形を持ちながらも、威風が感じられて、こちらが内容を既知だからこそ、息が走らされた様に苦しく、気分が石を背負わされた様に重くなる東京拘置所が現れた。
 それにしても、鮮やかな緑を纏った長閑な荒川と、人道に外れて軈ては生命を絶つ罰を受ける人間を拘束する施設が、隣り合わせという事に、不自然さや違和感を消し去る事が出来ない。手短に言い表すなら「平穏と懲罰が一枚の絵に共存する」だろうと思う。
 草加市役所は、駅から近かったが思ったより分かり難い所に在った。勝手に私は駅前のメインの道沿いに在ると思ったのである。
 エレベーターで十階に上がり、左に曲がり展望テラスの強風対策故に重い硝子ドアを押した。天井が無いから雨や雪が降らなくて、暖かいか涼しければゆっくりと過ごせる造りとなっていた。テラスは洋風の家屋の露台みたいであった。
 西側に目を向けると、しばしば特急列車が北へ南へ進んで行く。これを目にすると、また指定席券を買って遠出したいなと思ってしまう…!

三 もう十四時だけど、まだ食事が済んでいないから、市役所から出て、駅前に在るオハナというベーカリーに足を向けた。
 私が買ったのは、胡桃を含めたパンに、トマト、レタス、ベーコン、オムレツを挟んだカラフルなサンドと、黒い生地にチョコを混ぜた菓子パンだ。
「七一二円のお預かりです。お持ち帰りですか? 店内での御賞味ですか?」
「店内で食べます。 温かいコーヒーもお願いします。」
「当店は、ドリンクは無料サービスとなっております。ミルクと御砂糖は御利用になられますか?」
「ミルクのみで。」
「畏まりました。」
店員がトレーにミルクとマドラーと紙コップを載せてくれたら、レジを離れてコップにコーヒーを注ぎ、カウンター席に着いた。
 サンドは分厚くて口をマックスで開くという不慣れな食事となったが、パンと胡桃の丁度良い歯応えと硬さで、トマトの冷たい水に触れる様な感触と酸っぱさが一番強く感じられた。続いて、黒い菓子パンも私が好む硬いパンで、チョコの適当な濃厚さが味わい深かった。コーヒーは、無料サービスだから、渡された紙コップが小さいのは仕方が無いだろう…。
 いつしか店内は満席になり、しかも御丁寧に《長時間の御利用は御遠慮下さい》という掲示が貼られているので、私は店を出ようと思った。
 室外は幸いにも、太陽が強い光を浴びさせてくれたから、吹く風も寒いではなく、清々しい涼しさを感じられる。私は、市役所に舞い戻ろうかと思ったが、温もりの有る太陽光と涼しい風が有るから、街を散歩しようと思った。                      完

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