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#88 「アジア航測事件」大阪地裁

2005年5月25日に配信した「会社にケンカを売った社員たち」第88号で取り上げた労働判例を紹介します。


■ 【アジア航測(以下、A社)事件・大阪地裁判決】(2001年11月9日)

▽<主な争点>
解雇の効力(同僚からの暴行による長期欠勤/使用者責任)

1.事件の概要は?

本件は、Xが職場の同僚Yから暴行を受けたことはA社に責任があるとして、同社ならびにYに対し、治療費等の損害賠償を求めるとともに、A社が「暴行は業務上のものであるから、会社に責任があり、完治するまで出勤扱いにする」と述べていたにもかかわらず、賃金の支払いを停止し、さらに解雇したことは権利の濫用であり、解雇時になお治療中であったから、当該解雇は労働基準法第19条* にも反すると主張し、解雇の無効確認を求めたもの。

* 労働基準法 第19条(解雇制限)
「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間並びに産前産後の女性が第65条の規定によって休業する期間及びその後30日間は、解雇してはならない。(以下、省略)。」

2.前提事実および事件の経過は?

<A社とXおよびYについて>

★ A社は、航空機による写真撮影等を目的とする会社である。

★ Xは昭和42年生まれの女性であり、平成3年4月、A社に雇用され、9年3月当時には同社の関西生産技術部設計部に勤務していた。

★ Yは昭和42年生まれの男性で、7年8月、A社に雇用され、9年3月当時はXと同じ部署に勤務していた。

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<Xに対するYの暴行>

★ XとYらが勤務していた部署においては、パソコン用プリンター関連の消耗品の注文は従業員が持ち回りで担当していたが、厳密な決め方はされていなかった。

▼ 9年3月4日午後1時過ぎ、Xが同僚Bに対し、新しいトナー・カートリッジを注文すべき旨を述べたところ、Bが「消耗品注文の担当はYに代わった」と答えた。

▼ XがYに対し、「カートリッジを一つ注文してください」と命令口調で告げたところ、Yは担当になった意識がなかった上、日頃からXに反感を持っていたので、横柄に「2、3個注文する」と答えた。Xが「2つも3つも一度に買ったら、置く場所もないし、値段も高くつく」などと言ったのに対し、Yが「それだけ分かっているのなら、あんたがやればいいじゃないか」と応じて口論となった。

▼ その後、XとYは別室に移動し、「俺は女に指図されるのは嫌いなんや」というYに対し、Xが「指図はしていない」と答えるなど口論が続いていたところ、激高したYが右平手でXの左顔面を一回殴打した。これによって、Xのメガネが飛び、つるが曲がったが、Xは倒れはしなかった(以下「本件暴行事件」という)。

▼ 本件暴行事件当日、A社がXとYの間に入って仲直りをすることになり、事件翌日、A社のC部長から従業員に円満解決の旨が報告された際もXは異議を述べなかった。しかし、Yの暴行による痛みが続いていることもあって、XはYに謝罪を要求するようになり、症状が悪化するにしたがって、その思いはさらに強まった。

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<本件暴行事件後のXの症状>

▼ Xは本件暴行事件後、眼の下が腫れ、殴打による痛みがあったが、仕事を続け、事件当日は午後9時頃まで残業し、翌5日も頭痛を鎮痛剤で迎え、A社に出社してから、東京まで出張して、午後11時を過ぎて帰宅した。

▼ 同月6日になって、XはA社を休んで、外科で診察を受けたところ、殴打された部位に圧痛と腫れがあり、神経症状は認められなかったものの、「顔面挫創、頸部捻挫により約一週間の通院治療を要する」との診断を受けた。なお、Xは同月8日、13日および21日に短時間出社したほかはA社を欠勤した。

▼ Xはその後も頭痛等を訴えて、外科に通院し、同月21日頃には頭痛のほか、頸部、顎関節に激しい痛みを感じ、Yから受けた暴行のことを考えると体や手がブルブルと震えだし、呼吸がしにくくなり、時にはひきつけ症状を起こすようになった。

▼ A社はYに治療費等を負担させて示談させる方向で仲介する方針を決め、同年4月、Xと面会した際、Yに謝らせることや当面出勤扱いにすること等を告げた。

▼ 同月、A社がXの両親と面談した際、治療費に関して「なぜ労災によらないのか」と質問を受け、「労災申請は時間もかかるし、結果も分からないから、当面、健康保険による治療を行うのがよい」との話をした。

▼ その後、Xから依頼を受けた知人のZがA社に面会を求め、Xの病状が悪化しているとして、「A社に使用者責任を認めること、労災申請の手続をすること」を要求したのに対し、A社が責任を否定すると、Zは訴訟に出る旨を述べ、さらにYとの面談を要求するなどした。

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<Xの解雇に至るまでの経緯>

▼ Yは同年5月7日付で「Xの主張する暴行に至る経緯等が事実と異なること」などを記載し、さらにXに傷害があるという根拠を明らかにするよう求めた内容証明郵便を送った。

▼ A社は同月8日、代理人弁護士名で「Yとの件はY本人と協議すべきであること、今後A社に対する要求等は書面によること、Xが3月6日以降欠勤していることについて釈明を求める」との内容証明郵便を送った。

▼ Xは「A社が完治するまで治療すること、完治するまで出勤扱いにすることを認めた」と主張したが、A社は会社には一切責任がないという立場から、Xの要求を拒否し、同年7月以降は賃金の支払いをしなくなった。

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