2021年ボカロ10選
※トップ画像は、キリケンさんの作品「日暮れのアストロン feat.可不」(イラスト:アルセチカさん、MV:サクヤさん)からスクリーンショットをお借りしました。問題があればご指摘ください。
もう2022年も6月半ばが過ぎています。去年の10選を書くには、だいぶタイミングが遅いのは承知してるんですが……これもボカロリスナーとしての年中行事のひとつだと思って、まとめてみました。
投稿されたボカロ曲をすべてチェックするほどの時間もないので、見逃している良作・名作は山ほどあるに違いなく。なにせ、2021年度にニコニコ動画で投稿されたVOCALOIDオリジナル曲は検索してみると3万曲以上! あくまで自分が触れてきた作品の中からの10選になります。
さらに、必ずしも最高品質の作品ばかり10選に入れるわけでもなくて。聴き入ったシチュエーションやコンテクストを大事にする思い入れ重視の選曲になっています。そういう限定でもしない限り、決めきれません。そのうえでなお10曲という幅は、数多の名曲の記憶を押し込むには狭すぎるのですが。選曲時の感情に波長が合うかどうかで最終的な篩にかける感じ。
……いらない言い訳がいつも長くなってしまうなあ。早速始めましょう。
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1.サンダーボルト初音ミク / 初音ミク
ニコ動版:2021/3/27、YouTube版:2021/3/28 シジマフミさん
雷光のごとく疾走するポップロック。シジマフミさんのメロディと、まつりかまつこさんのMVが合わさって、ごきげんミクさんが元気よく駆けていきます。どこへ? 画面の前のあなたの元へ! 実に秀逸なVOCALOIDイメージソングですよ。
ミクさんがひたすら宇宙の彼方まで階段を駆け上がっていく...…これは、投稿されたボカロ作品が視聴者に知られて再生数が上がり認知されていく、つまりミクさんが視聴者の元へ駆けていくイメージそのものです。
宇宙の彼方にあるのは「初音ミクの集合的概念」であって、階段のてっぺんを踏み切って落ちていくミクさんは、一陣の風ならぬ雷光と化し、「マスターの家のミクさん」として舞い降ります。
「どちらか」――集合的概念と化すか、マスターの家のミクさんとして留まるかは観測するレベル次第なので、どちらかを選ぶ類いではなく、どのレベルに焦点を当てるか、つまり「どうあってほしいか」の問題。
むしろ一度は彼方まで行ったのだから、「集合的概念」を突き抜けて「マスターの家のミクさん」に立ち返ったという方が正確かも。
もともと私服のミクさんは「マスターの家のミクさん」ではありますが、作品として投稿されて「集合的な初音ミク概念」として制服ミクさんの装いをまといながらも、改めて視聴者にも共有される「マスターの家のミクさん」になる……という筋書きではないかと夢想します。
もちろん初音ミクはVOCALOID=単なる音楽ソフトであり、どのようなキャラ付けがなされようと、集合的概念にまで達しようと、ボカロユーザー(マスターや視聴者)の妄想です。「相思相愛ゲーム」と断ずる通り、マスターを代表とする哀れな人間側の一人相撲に過ぎない。それでも、想像したキャラがひとりでに動き出すときがやってくる。
「蜃気楼」にも、複数の解釈が成り立ちます。「初音ミクというキャラクターは音楽ソフトに投影された幻想」とか「マスターの家のミクさんは、マスターにより妄想されたマボロシ」とか。
私は、MVで重ねられた私服と制服のミクさんから、
「初音ミクの集合的概念とは『マスターの家のミクさん』が歌うことによって垣間見える夢である」
と同時に、
「『マスターの家のミクさん』は、キャラクター集合を包含する”初音ミク概念”によって支えられている」
という二重解釈を採りたい。
ここの歌詞においては、「私(蜃気楼)」=「あなた」=「初音ミク」とする解釈。
「悲しいこと」とは何でしょうね。現実側のしがらみを指すのなら、それをミクさんが意識している(と見做す)のは、「マスター(ここではシジマフミさん)の家のミクさん」が、視聴者(もちろんマスターを含む)にいたわりをもって共感してくれる存在となることを意味します。
そうした願望が、ラストまでの歌詞によって惹起されるし、ミクさんの肩に「01」のナンバリングの代わりに「Fumi」と印されているMVからも読み取れるでしょう。
あれこれ小難しいことを書き連ねましたが、元気が出るのでとにかく聴いてくれ! それだけでいい!!
2.シアトリカライフ / 初音ミク
2021/10/21 ふなばらさん
お洒落で繊細なミクノポップ。ふなばらさんがすべて制作されている労作。映画館前で誰かを待っているようなミクさんを、定点カメラから眺めているMVも綺麗な配色です。差分もいろいろあって、待ち人を諦めたミクさんが結局独りで映画館に入ったというストーリーなのかな。
タイトルの「シアトリカライフ」は"Theatrical Life"、演劇的な/劇場風の人生、という意味でしょう。(シアトリカルを題名に入れている作品というと、他ではユリイ・カノンさんの「シアトリカル・ケース」もありました)
フィクションと人生の差異は何でしょうか。
記憶に残る特別なシーンを再構成した編集物をフィクションと呼ぶなら。人生が薄っぺらくつまらなく見えるなら、記憶に残す価値のあるシーンが乏しいからだと考えてしまっているのでは? ありもしない「謎のスイッチ」「壁の抜け道」を探してしまうなら、無意識にそう考えていることの証明。
一方、人生のなかに見出されるフィクションは、ある程度決まったパターン認識になりかねません。様々な意味を持つ各人ごとの「余白」は、フィクショナイズされるときに描き切れないと捨象されてしまいます。
このフレーズで、MV上のミクさんは、一向に来ない待ち人に怒っているのか、目を伏せながら壁のポスターを両手でくしゃくしゃに掴み、寄り掛かっています。このポスターには壁際に立つミクさんが描かれており、「フィクションとして捉えられた初音ミク」と考えられるため、そうした見られ方を拒否しているとも解釈できる演出です。
MVのラストでは、ミクさんは独り映画を見終わった後、定点カメラに寄ってきて、画面中央の部分を縦にべりっと引っぺがし、イラストが描かれた台紙を露にして去っていきます。これはどういう意味なのでしょう。
あなた(視聴者)が見ていた「映画館前のミクさん」は全てお芝居でありフィクションだった、という事でしょうか。創造された作品世界という意味ではあってるけど、そういう演出ではない気がします。
歌詞から考えるなら逆で、「あなたがフィクションとしてしか私を見てくれないなら、ちゃんと見てくれる別の誰かのところで生きていきますよ」という別れの宣言でしょう。
この行為は「第四の壁」を破壊する演劇的所作であり、「シアトリカライフ」を気取るのなら、せめて画一的・記号的な認識に溺れないように自覚しましょう……というミクさんからの警告だと、私は解釈しました。
3.KAIRUI - 幽霊 (feat.初音ミク)
ニコ動版:2021/10/15、YouTube版:2021/10/16 KAIRUIさん
渦巻く音とノイズの群れが絶妙に調和している心地よいミクトロニカ。
上の2作品は歌詞解釈に終始しましたが、この「幽霊」についてはずっと音の海に浸っていたいほど音が良い。ミルク色の霧の中で漂いながら、転がり弾けては消えていく電子の泡音に耳を傾ける心地よさ。音が沁みてくるうちに、やがて夢が終わっていくような。ううん……なにこの語彙力の無さ。
音楽の音構成を語る手腕がないんですが、聴いてくれ、リスナー。同じKAIRUIさんの「空想」「白」とも迷ったんですけど、このボカコレ2021秋作品である3作目を僅差でチョイスしました。もちろん他の2作品も良いので聴いて……むしろ全部聴いてほしいな。
(参考)
KAIRUI - 空想 (feat.初音ミク)
2021/4/24 KAIRUIさん
KAIRUI - 白 (feat.初音ミク)
2021/8/1 KAIRUIさん
4.【アニメMV】クランベリーパレード / 初音街
ニコ動版:2021/4/24、YouTube版:2021/4/26 小宮かふぃーさん
小宮かふぃー(風邪薬排除p)さんの、可愛さがあふれるワルツ作品。ミク&ウナの歌だけでなく、ぬるぬる動くアニメMVも素晴らしくて、全部一人で制作されてるとは信じられない。マスタリングは晴いちばんさん。
女の子(CV:ウナ)とミクさんがお祭りを楽しむだけのお話なんですけど、可愛いがぎゅうぎゅうに詰まっている! 優しさ100%の世界観ですね。ほっこりするし、何周でもリピートできちゃう。それにしても、本当にこの枚数を全部一人で描いたの、かふぃーさん!? すげぇ! ってなっちゃうわ。百合表現のためには労苦などいとわないって事なのかな……(過言
癒されたい人は、ぜひご覧あれ。他作品も巡回推奨だよ!
5.大衆的ヒロイック / TAKASHI-♭-
2021/2/19 曲:藍色にしもんさん、絵:カトレアさん
お洒落でカッコイイ、キレの良いリズムのEDM。いろいろ世のしがらみが多いけれど言い訳せずに生きられたらな、と願望をストレートに歌った作品。TAKASHIというUTAU音源はマイナーながら、ハキハキと抑揚ある声質で聴きやすく美しい。カトレアさんの描いた翼持つ歌姫にピッタリですね。
推しPである藍色にしもんさんのクール系な音構成には全幅の信頼を置いてます。今回も畳みかけてきたかと思えば、ふわっと伸びやかに脱力していく緩急にうっとり、没入できる感がハンパない。今後も応援してます!
2021年度だと「月下香寓話 / 闇音レンリ」も艶やかで良かったので、こっちも聴いてほしいな。お、2022年6月の新曲も来てますね。「バッドエンドガーランド / Saki AI」もよろしくですよ!
6.魚影 / 初音ミク
ニコ動版:2021/7/21、YouTube版:2021/7/22 イロハサズさん
掠れたミクさんの声が見事に調和したオルタナロック。暗い雨の夜に込めた感情の重さが、サビから伝わってきます。後悔してはいるものの、囚われ過ぎず、上空へ昇るあぶくのように……と願う歌。タイトルそして街並の上空を水面に見立てたサムネから考えるに、閉塞感のなかでもがいている自分を昏い水中の魚影になぞらえているのでしょう。
イロハサズさんは、紹介作がボカロ投稿2作目。「魚影」を気に入った方には、初投稿の「灯芯草」も良かったのでオススメですよ。
(参考)
灯心草 / 初音ミク
2020/2/24 イロハサズさん
7.零落(feat.音街ウナ)
ニコ動版:2021/8/11、YouTube版:2021/8/12 asanukoさん
階段の暗がりからひたりと寄る闇のようなポストロック。シリアスでカッコいいウナちゃんは貴重ですよ。がなりも必聴。引き絞るようなイントロでまず惹きつけられ、かき鳴らされるリフからサビへの流れが完璧すぎる。suwizさんの闇に沈むようなイラストもお見事……!
asanukoさんも推しPの一人。好みのEDMをいくつも投稿されていますが、こういう曲調でもセンス抜群! 2021年度だと「マニア」「エーテル」あたりも紹介作と遜色ないオススメですので、ぜひとも。実際迷った……
(参考)
マニア(feat.初音ミク)
2021/5/18 asanukoさん
エーテル(feat.初音ミク)
2021/7/6 asanukoさん
8.雪にひまわり/Fukase
ニコ動版:2021/10/15、YouTube版:2021/10/22 Δ(でるた)さん
10選を始める前、波長が合うかどうかで選ぶと言っていましたが、この作品に関しては圧倒的なクオリティの暴力で殴られました(誉め言葉 ジャンルで言えば、バラード寄りのオルタナロック? Fukaseの調声も素晴らしいですね……
イントロのアコギから隙がない……揺れ動くリズムに、緩急つけて訪れる重低音、間奏で入ってくる透明なピアノ。冬すでに枯れているひまわりは、夏の季節=若い頃の思い出。少し老いた体になってなお、かつて言えなかった「最低な記憶」を忘れられない……そんな繊細で壊れそうな硝子のような世界に惹きこまれ、気づけば聴き終わっているのです。
Δ(でるた)さんは、2019年「黎明、」、2020年「馬と鹿に謝って」と、私にとっては毎年10選の常連。今後も追わせていただきます。
9.日暮れのアストロン feat.可不
2021/10/14 キリケンさん
ツイッターのTLに流れてきて何の気なしに聴いたところ、心に爪痕を残して忘れられなくなった作品。ファンタジックなポップスなのに、切迫し緊張を緩めないリズムとメロディに引っ張られ、最後まで釘付けになってしまうのはどういうわけ?
タイトルの「アストロン」は”Astron”で、古いギリシア語で「星」の意味。だから、これは昼を逃れて夜を待ち望む歌なのです。なぜ昼間を嫌うのかと言えば「君」=「太陽」がいるから。明確な理由は語られていませんが、この歌の主人公は「君」に感謝しながらも敵視し、「君」がいなくなることを望んでいる、と読み取れます。
解釈は視聴者に委ねられており、様々な答がありえるでしょうが……たとえば何らかの分野において、極めて優れた才能の持ち主を「太陽」とみなしている、というのはどうでしょうか。比べて自分の才能は、夜に薄ぼんやり光る「星」の一つ程度でしかないとしたら。
やがて「君」はいなくなり、昼が終わって夜が訪れます。星は輝き、太陽のいない夜空を照らすでしょう。しかしまた朝はやってきて、星は太陽の輝きに呑まれ再び見えなくなる……これが繰り返されると(主人公は)知っている、というのが個人的な歌詞解釈になります。
歌詞の他では、1:54~「キラキラ光るお空には」の部分で”きらきら星”のフレーズをメロディに取り入れてるのが特に印象的でした。ピアノ演奏の経験があるから、上手いピアノメロが入ってる作品に惹かれやすいんだろうなあ。さすがにブランクが長すぎるので、”きらきら星変奏曲”(モーツァルト)はもう弾けないだろうけど。
10.夜明けのクリザリデ / 志茉理寿 feat.GUMI
2021/9/25 志茉理寿さん
心の澱を洗い流す、晴空を渡る涼風のような美しいバラード。タイトルの「クリザリデ」”crisalide”は、イタリア語で蛹(さなぎ)という意味で、夜明けの蛹=羽化して朝に飛び立つ前の蝶をイメージしているのでしょう。
「伝説のGUMIマスター」タグ通り、GUMI調声にかけてはトップクラスの実力を持つ志茉理寿(しまりす)さん。ブレイクのきっかけとなった「幻想小旅行」以降、追ってきた推しPの一人でもありました。しかし理由は明らかではありませんが、志茉理寿さんは2021年度後半からニコ動への投稿を止め、YouTube投稿のみとしています。紹介した「夜明けのクリザリデ」もニコ動には投稿されておらず、YouTube版のみ。
今もなお、ボカロ曲をチェックするのであれば、環境や文化的にはニコ動の方が整っています。実際ボカコレは大きく盛り上がってますし。しかし今後はYouTube等もなおざりには出来ないな、と。系統立ててボカロ曲を調べる体制が整っていないので、曲を探すのも手探りでやるしかないですけどね。ニコ動以外のプラットフォームで、曲を探す方法を考えていく必要がある、と改めて思わせてくれた作品でした。
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いかがでしたでしょうか。
10選候補として考えながら、泣く泣く外した作品も数多いので、そちらについても今後まとめるつもりです。
書きたい記事がたくさんあって嬉しいなあ(白目
それでは、またvocanoteでお会いしましょう。