無駄な怖い話
こんばんは。
性懲りも無く、それでもれふとで御座います。
今夜もどうか、お付き合いくださいませ。
つい、つい先日のお話なんですが、
お仕事でトラブルがあって、とっても遅い時間に帰宅をした日があり、
ヘトヘトになりながら自転車で帰っていたんです。
それで、ある道をそぉっと右折しますと、そこからお家まで、ずぅ…っと
真っ直ぐな直線なんですね。
更にある信号を超えると、急に静かになって、
真ぁっ暗な住宅街になってくるんです。
その日はとても遅い時間までお仕事をしていた事もあって疲労感が強く出てしまっていたのでしょうか。
なぁんかヤだなぁ、なぁんか怖いなぁって、思ったんですよ。
そしたら、微かに、でも確かに、私の耳に聞こえて来たんですよ。
「悲しみにさよなら」が。
顔はもちろん暗さと距離もありますし、後方から聞こえて来たのでわからないんですが、声の感じと選曲から、60代くらいでしょうか。
お家まで一直線なんですけど、距離はまぁまぁあるのです。
私も大好きな曲でしたので、微かに聞こえるそのおじさんの歌と、
自身の自転車の漕ぐ音をバックミュージックに帰っていたんです。
これが玉置浩二の声だったら、なんて最高な帰り道なんだろう
なんて、ふふっとしながら耳を傾けていたんです。
そしたらね?
声がね、大きくなってくるんですよ。
えっ…?
自転車乗ってる私よりも早い速度で近づいてくるおじさんが真夜中に
悲しみにさよならを熱唱している…?
もう、その時点で後ろを振り返れなくなりました。
そして無意識に恐怖からか、自転車を漕ぐ速度を速めてしまったのです。
静かな住宅街で息を荒くした中年の吐息と自転車の漕ぐ音、
そこに徐々に近づいてくる悲しみにさよならおじさんの歌声。
えっ、ちょ待って怖い怖い怖い…。
まぁまぁ漕いでるのに、えっ、近づいて?来てる気が、えっ…。
疲労感や夜中のムード、私の佐藤二朗化にも問題があったのだと思うのですが、
確かに悲しみにさよならおじさん近づいて来てる気がしてならないのです。
そう思ったらもう、冷静を装ってるフリしてチャリ、めっちゃ漕ぎます。
大人がいい歳して声を出して泣いてしまうわけにはいきませんから、
私は私の為に自転車をシャコンシャコン漕ぎました。
そしたらね?
ひぃと〜つぅ〜に、なぁれ〜るぅうううう。
転調したのです。
まずい。こいつ、フルコーラス歌い上げるつもりだ…。
疲労感や夜中のムード、私の佐藤二朗化にも問題があったのだと思うのですが、
その時私はなぜか「絶対にこの曲を聴き終えてはならない」
そう、思ってしまったのです。
ここまで来たらもう立ち漕ぎするしか方法は御座いません。
私は意を決して、立ち漕ぎしました。
そして2度目の転調を迎える前に自宅マンションへ到着。
全力で自転車に鍵を掛け、小走りにマンションのドアを開けました。
何を危惧していたかって、マンションのドアを開けに行く時に
誤って悲しみにさよならおじさんを肉眼で確認してしまう可能性があったからです。
絶対にフルコーラスを聴き終えてはならない、
更に悲しみにさよならおじさんを目視してはならない。
疲労感や夜中のムード、私の佐藤二朗化にも問題があったのだと思うのですが、
必死にマンションのドアを開け、エレベーターの「▲」を連打しました。
久々の立ち漕ぎのためか、それとも恐怖心なのか、
少し、膝も震えていたのかもしれません。
なんとかフルコーラスを聴き終える事なくエレベーターは閉まり、
歌は止みました。
よかった…助かった…。
私は膝から崩れ落ちるような気持ちだけで実際にそんな動きをすることはなく、
壁にもたれかかりました。
…しかし、まだ終わってはいなかったのです。
私の住んでいる階に着き、
ドアが開いた瞬間に私は気づいてしまいました。
あ、ちょっとまだ聴こえる。
私のお家は角部屋の為エレベーターを降り、玄関までの廊下を全力で駆け抜けました。
疲労感や夜中のムード、私の佐藤二朗化にも問題があったのだと思うのですが、
バッグからキーケースを取り出すのももたついてしまい、うまく自宅の鍵を取り出せません。
まずい、このままではフルコーラス歌い上げられてしまう…
荒ぶる気持ちを抑えながらお家の鍵を取り出し、
お家の中へ入った勢いのまま初めてキーチェーンをかけました。
こ、今度こそ大丈夫…助かった…。
もし、あの時私が自転車を漕ぐ速度を速めていなかったら…
もし、あの時私がフルコーラスを歌い上げるつもりである事に気づけていなかったら…
もし、あの時私が全力の立ち漕ぎをしていなかったら…
フルコーラスを歌い上げられてしまっていたかもしれません。
臨機応変に、正しい判断をすることができた自分を褒めてあげたいと思いました。
安堵して暗闇の中玄関のライトを点けようとしたところで
玄関に置いたままにしていた24本入りのお水の段ボールにつまづいて盛大に転びました。
それではまた、いつか恋の予感でも聴こえて来そうな夜にお会いしましょう。
皆さま今夜も、良い夜を。
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