#3_テニスをしないテニサー。
P先輩が昼飯をご馳走してくれるというので、ひょこひょこと着いて行った。大学の先輩って飯をおごってくれるんだ、とこれもけっこうな衝撃で。高校まではジュースを買ってもらう、くらいのもんだったから。大学生がバイトに精を出す意味がなんとなくわかった。
たどり着いたのは「談話」という、テニサーの巣窟だった。
「あぁ!そっちはクォーターのとこやから座ったらあかんで!」どうやらここは、明確に区画化されているらしい。「ここってテニサーの正式な部室なんですか?」と尋ねると、「座ったもん勝ち。」とP先輩。
戦後!
聞くところによると、いちお談話は公共のスペースらしく、テニサー以外の学生も使えるらしい。が、ぼくがこのキャンパスに通っていた2年間でついぞ見たことがない。
わからなくもない。そこはさながらアメ村の落書きような場所だった。青色のサークルパーカーに、橙色のウィンドブレーカー。そして茶・黄・緑・赤の髪色。雑多な色味が治安の悪さを物語っている。臭気を差っ引いても、トイレで昼飯を食う方が幾分かマシだろう。
目をチカチカさせているとP先輩から、とりあえずうちの新歓おいでよ、とお誘いを受けた。「新入生はタダで飯食ってお酒飲んで、友達つくればいいからさ。」
世の中タダより怖いものはないと聞く。こんな見るからにうさんくさい人たちがタダで、そんな催しを行うわけがない。
「でもそれ行ったらWHITEに入らないとダメなんすよね?」「いやいや。気にいったら入ればええし、気にいらんかったらもう来やんでええし。」
タダ飯、タダ酒、タダ友。
NPOなのか?テニスを通した社会貢献なのか?
「でもおれテニスやったことないっすよ?」「みんなだいたいそうやで。ていうか…」
ん?
魚屋さんは魚を売ってるから魚屋さんなわけで。テニサーはテニスをするからテニサーなわけで。これは試されているのか?「WHITE」に入るための面接なのか?
弊社では柔軟な発想を持った人材を求めています。
てきなやつなのか?考えろ。考えるんや。
「いや、そういうんじゃなくて…。夏は海行って、冬はスノボー行くみたいなテニサーもあるんよ。」
ほなスノボーサークルですやん。
「でもほんま、新歓で友達つくっとかな、4年間まじで友だちできひんで。」たしかに、兄も同じようなことを言っていた気がする。
大学はほとんどが選択授業。高校のように毎日クラスの奴と顔を合わせるなんてことはない。また授業に出ないのもわりと普通なので、会わないヤツにはとことん会わない。そんな修羅の国において、たった一つの公共の福祉が「新歓」だ。
友達をつくらねばと躍起になった1回生が、「出身どこ?」という魔法の言葉を用いて友をつくる、神が与えたもうた時間。この期間に、斜に構えすぎて4年間をひとりで過ごした自尊被害者を何人か知っている。(浪人で国立落ちて、仕方なく私大のうちに来たヤツに多い)
「そうそう!友達おらんかったら試験でノート借りられへんし。卒業もきついよ。」茶髪で小顔で、それでいて目がぱっちりの、ともこさんがぼくの目を見て話してくれた。
すごく良いアドバイスをしてくれている。でもそんなことはどうでもいいのだ。この人はかわいい。こんな可愛い人が、ぼくみたいな者の目を見て話してくれている。もうそれだけでよかった。こんなかわいい人と同じサークルに入れるのか…。
テニサー、悪くないじゃないか。
女子から蔑まれた高校生活。ぼくの横を通るのがイヤで、遠回りして帰ったYさん。ぼくの告白を保留し、その間にヌートリアみたいな先輩と付き合っていたT。
何かを変えなければいけない。変わらなければならない。人生に何度か訪れる"逃してはいけないチャンス"。それが今まさに、ここではないのか。
とりあえずぼくは、P先輩と赤外線通信で連絡先を交換することにした。
(つづく)