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つんでるシネマログ#1 赤い影

原題:Don't Look Now
1973/イギリス イタリア 上映時間110分
監督:ニコラス・ローグ
出演者:ドナルド・サザーランド/ ジュリー・クリスティ


 

悪夢のように不気味な映画


 『赤い影』のあらすじを簡単に説明すると娘を亡くした夫婦が、霊媒の老女に「死んだ娘が側にいる」と告げられた事が切っ掛けで、身の回りで不気味な出来事が起こり始める、という映画です。

 映画の冒頭、真っ赤なレインコートを着た少女が池の周りで遊んでいます。雨模様の景色に真っ赤なレインコートが非常に良く映えていて、ここの一発でタイトルの「赤い影」が脳裏に焼き付きます。やがて、この少女は池に落ちて死んでしまうのですが、このシーンからして、強烈な不安感に襲われます。
 
 その少女の親である、主人公夫婦(ドナルド・サザーランドとジュリー・クリスティ)は家の中で仕事をしたりして過ごしています。夫の仕事は教会などの修復士のようで、仕事に使う写真に目をやると、娘のような赤いレインコートの人物が写っていて、その写真がすでに心霊写真めいていて恐ろしいのですが、そこにコップの水をこぼすと、そのレインコートの人物の赤色が、何故か血のように滲んでいきます。
 
 夫は何かを感じたのか、ふと庭に出ると、さっきまで遊んでいた娘が池で溺れているのです。娘を池から救い上げる姿が執拗に映されるのですが、それだけでも地獄の様なシーンなのに、そこにかぶさって不可解なシーンが挿入されてきます。そのシーンが何なのかは全くわかりませんが、それがまた人を不安にさせます。そして娘の変わり果てた姿を見た妻の、耳をつんざく絶叫でシーンは舞台となるベニスへと時間が飛びます。

 こんな調子で全編、良くわからない精神を逆撫するようなカットバックで挿入される謎のシーンがあったり、その他にも、回収されない不可解なセリフや、繰り返し夫の前に現れる、死んだ娘の様な赤いレインコートの人影、繰り返される赤のイメージ、そしてベニスで続く謎の連続殺人事件、運河から上がる死体、といった不吉や、死を連想させ、不安を煽る要素をずっと孕んでこの映画は最後まで進んでいきます。

 またオフシーズンで閑散とした迷宮のようなベニスの街がそれらの不穏を携えて、地獄のような様相を見せています。

 上記の様な「謎の」カットバックや、疑問が残るセリフや、シーンを見ていると一体この話が何なのか、どこに向かっているのか、全く分からなくなっていく感覚があり、さながら悪夢のようです。

夫婦の悲劇の映画

 監督のニコラス・ローグは数多くの名作を撮影した撮影者であり、この監督した『赤い影』も含めて、多くの作り手に影響を与えた映画人です。彼は優れた撮影者として、この映画を恐ろしく魅惑的に見せるのと同時に、夫婦の物語として描いています。ヒッチコックの「鳥」の原作などで有名なダフネ・デュ・モーリアがこの映画の原作者ですが、彼女も夫婦の映画としての、この映画を称賛していたりします。

 この映画の序盤は特に夫婦の姿を描く事に注力していて、長年連れ添ったであろう夫婦の生活がユーモラスかつリアルに描写されています。そして、その極めつけとして、長く生々しいセックスシーンが映されます。

 一度観たら忘れられない、長くリアルな夫婦の営み。これは夫婦が愛し合っている事を印象づける為の象徴的なシーンです。
 個人的にはこの執拗な愛のセックスシーンさえも、この後の、何か不吉な物を予見させるシーンにになっていると感じます。なんと言っても長いです。5分くらい見せられます。途中からどんどん「何でこんなに長いんだ?」と不穏な気持ちなってきます。まるで悪いことが起きますよと言わんばかりです。

 ここから夫婦は、霊媒の老女から娘が死後も尚、近くにいることを告げられた為に亀裂が入っていきます。
 
 妻は死んだ娘の存在を信じ、夫はそれを馬鹿げた事と一蹴します。けれどあまりに妻が娘の事を言うので、死んだ事を責められている様な気持ちが募り、ついに「娘は、死んだんだ!死んだんだ!死んだんだ!死んだんだ!」と連呼して激昂してしまいます。最悪です。

 想像してほしいのですが、家族が霊の存在を過剰に信じる信仰宗教に傾倒した時にどういう気持ちになるでしょうか?おそらく心穏やかではないと思いますが、そんな心底ゲンナリする、嫌な空気までもがスクリーンに流れ出します。

 監督いわく男と女の感じ方の違い、どんなに愛し合っていても、どうあがいても埋まらぬ男女の深い溝をその事で描いているらしいです。女性は感覚で、男性は論理で考えるという、相容れぬ様を描き出しています。その為の長いセックスシーンだったと思うと、とても意地悪です。

 昨今、男女の違いを、そういうふうに言うと男女差別のように受け取られるかもしれませんが、この映画では差別というか、優劣は別とした「区別」として描いています。なおかつ女性の感情や(または感応)が強いという事を、男よりも優れた点として描いている節もあり、結果としてそれを観て観ぬふり、無視ををした夫(男性)は映画の最後にとんでもない目に遭ってしまうのですが…

 夫婦のすれ違い、男女の相容れなさという悲劇も、この映画をどんよりと嫌なものにしています。

トリッキーなサイコロジカル・ホラー映画


 ↓ここからは結末に触れています↓

 最初にも書きましたが、『赤い影』は悪夢のように不気味な映画です。ですが何か幽霊めいたものや、悪魔といった存在が出てくる映画ではありません。あくまで人間の心理や感情と言うものに起因する恐怖を描いています。
 登場人物達が心理的に追い詰められていくのと同時に、観客も心理的に逆なでされていくような映画です。

 おもしろいのは映画内での情報の出し方や、印象づけによって巧みに思い込みを、いつの間にか観客はさせられている、という点です。
 
 例えば冒頭の赤いレインコートというイメージや、老女の「娘はそばにいる」というセリフにより、赤いレインコートは娘だと刷り込まされていたり、挿入される不可解なシーンは、正体が分からないが為に、話と関係のないアート的なイメージだと思いこまされてしまっていたりします。そして最後には明かされるであろう、恐怖の正体は、娘の霊や、霊媒の老女に起因する「何か」だと何となく思ってしまっていたりします。

 多くの映画の作りは、その映画の時間の中で起きた出来事が、後の展開に関係していたり、示唆するものだったりするのですが、特に最近の何にでも因果や、理由や、物語的なロジックがきっちりある映画に慣れきっていると、最後はとても驚く裏切りが待ち受けています。これは映画(フィクション)を楽しむ観客の脳内論理を逆手に取った映画なのです。

 映画の終盤、夫はベニスに現れる「赤い影」を追いかけて廃墟に入ると、ついに赤い影の正体を見ます。この映画の白眉たる衝撃の展開です。

 赤い影の正体は、映画の時間の中で考えうる、夫婦の過去に関係するものでも、怪しげな霊媒に関係の有るものでもない、全く別のところから急に現れるのです。いわば理屈の無い「死の運命」のようなもので、それが異常に恐ろしい!

 初めてこの映画を観た時は、その唐突さ、理由のなさ、思考の外から飛び出してきた「そいつ」にびっくりしてしまいました。

 同時に、ここで、この映画は超能力にまつわる映画であったことも明かされます。

 今まで見てきた挿入される意味不明なシーンは、夫が観ていた過去や、未来の幻視だった事が、死に際の最後の最後に分かります。走馬灯のように今までの様々なシーンが流れていきます。回収されていない不可解なセリフも実はこの能力の伏線だったのです。

 ずっとこの映画は最後の死を予見して進んでいました。

 赤い影の正体に出くわし、夫が死ぬ間際に全てが繋がるこのシーンは、カタルシスと、今までの時間がただの徒労であった、という絶望的な感情が一気に押し寄せてくる素晴らしいシーンです。

 極めつけは。映画中盤の、妻が喪服姿で船に乗っているというシーンが実は未来の自分の葬式で有ることが分かる、というものです。そして映画は自分の葬式のシーンで幕を閉じます。

 時すでに遅し、超能力や霊など超常的な物を無視してきた男が死すべくして死んでしまいます。絶望的な最後です。

 こんな感じで、赤い影は一言では語り尽くせない含蓄溢れる映画ですが、個人的にざっくりまとめると『赤い影』は「論理的な事だけが正しい事ではない」という映画です。

 時には直観や第六感のような物を信じて、論理や思考から外れることも人間には必要だということを言っているように思えます。

 直感的な妻がこの映画では唯一救われる人物です、夫が死んだ葬式の場で妻は何故か笑顔なのです。それもまた、厭ぁな印象を与えますが、妻はずっと死んだ娘の霊を信じ、そして霊媒の老女から言われた「恐ろしい事が起こる」という事を微塵も疑いませんでした。あの笑顔は娘も夫も死後も側にいるという意味らしいのですが「ほらね、私は分かっていたの」という含みのある笑顔のようにも思えます。

 とはいえ意味がわかっていても、結末が分かっていても、この映画は恐ろしいのです。

 二回目を観ると死の運命に一直線に向かっていく夫が非常に憐れに見えてきます。そんな味わいもまた、非常に意地悪で不気味な映画だなと思います。



『赤い影』から連想した映画達

アンチクライスト
子供の死と生々しいセックス!これは絶対影響受けています!
フェノミナ
ラストの振り向いたら…展開はこれのオマージュだと思いますね。
ブルード/怒りのメタファー
赤いフードが実はという展開や、子供に見える何かに襲われるという恐怖はこの映画に影響受けてそうです。
ブレア・ウィッチ・プロジェクト
こっちは振り返りませんが、壁を向いて物言わぬ人が立っていると異様に怖いです。
仄暗い水の底から
水にまつわるJホラー。なんとなく要素が似ています
アリス・スイート・アリス
こっちは黄色いレインコートが出てきます。
ハードキャンディ
赤ずきんに気をつけて映画!去勢されます!
フラットライナーズ
明らかに影響を受けたシーンがあります。ドナルド・サザーランドの息子のキーファ・サザーランド主演。
ラスト・ナイト・イン・ソーホー
エドガー・ライト監督は本作をインスピレーション元に上げています。


メモ

監督:ニコラス・ローグ
「アラビアのロレンス」などの第二班撮影監督などを経て、撮影監督へと昇格。ロジャー・コーマンの「赤死病の仮面」やトリュフォーの「華氏451」などの撮影を務めた。「地球に落ちてきた男」などが有名。

原作:ダフネ・デュ・モーリア
イギリスの小説家。ヒッチコックの撮影した「レベッカ」「鳥」の原作者としても有名。

出演:ドナルド・サザラーンド
カナダ出身の俳優。ドラマ「24」で有名なキーファ・サザーランドの父親。
主な出演作に「M★A★S★H マッシュ」「鷲は舞い降りた」「ハンガー・ゲーム」など

出演:ジュリー・クリスティ
イギリス出身の女優。主な出演作に「華氏451」「遥か群衆を離れて」など

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