夫の発達障害【日常の困りごと⑦暴言暴力(1)】
夫は、とにかくキレやすい。
これは家族を継続するうえで、とても重要な課題だと思う。
はじめから暴力があったわけではない。
当初からもめごとは頻繁にあったけれど、第1段階では、彼は家を飛び出すことでパニックを落ち着かせようとしていた。
夜中だろうが明け方だろうが、
「めんどくさ」
「無理」
と言って、話を勝手に切り上げて飛び出していた。
私はそれまでそんな人に会ったことがなかったので、
「え? 話ができないって何、どういうこと?」
ととにかく混乱した。
だって、それで何が解決するの?
私のこのもやもやはどうしたらいいの?
価値観のすり合わせなど、彼とは全然できる気がしなかった。
飛び出していった彼は大抵翌日になると何事もなかったように帰宅して、
何事もなかったように食器を洗いはじめた。
私が黙っていても、
「昨日のことだけど……」
と話しかけてくるようなことはない。
私が無言でいれば、彼もいつまでも無言だった。
自分から投げ出したのだから、責任をもって自分でこの件を収束させてほしいと思う私は、私が動き出すのを待たないでほしいとイライラした。
けれどいくら待っても、彼から何か仕掛けてくることはない。
私が流すか、私がもう一度話をはじめるか。このどちらかだ。
第2段階では、「逃げるな!」という私の言葉で、彼は部屋の中に踏みとどまるようになった。
けれどそれがよかったかどうかといえば、きっとよくなかったのだろう。
そこに居座ってはいるものの、彼は興奮状態にあり、私を罵ることしかできないからだ。
「落ち着きなよ」
「自分で何言ってるかわかってる?」
今思えば、これらの私の言葉は、煽り文句でしかなかっただろう。
どんどんヒートアップしていく彼は、支離滅裂な罵詈雑言を並べ立てる。
私は言葉を大事に想う質なので、それはそれは深く傷ついた。
けれどその傷さえも、
「そんな気にすることか?」
「お前が繊細すぎるんだろ」
と否定されるので、
私は一度、自分の腕を包丁で切ろうとしたことがある。
決して感情的にではない。彼の「見えるものしか認知できない」特性上、血を流すことでしか伝えられないと思ったからだ。
(これは妊娠中の出来事で、生まれてくる娘を守るには、彼に言ってはいけない言葉を理解してもらうしかないと必死だった)
「私のこころは今、こんな風に血を流しています」
と、当時の私は何とかして彼に伝えようとしていた。
結局、深夜に警察を呼ぶ事態になった。
事の重大さを理解してもらうために、第三者の介入を私が望んだのだ。
WAISの検査結果とともに事情を説明すると、警察の方は察してくださって、
通院がおろそかになっていた彼に、ちゃんと病院を頼るように勧めてくれた。
けれど彼は、警察の方の言葉を真に受けて、
「お前のために行けと言われた。俺がおかしいとは言われていない」と大真面目に言っていた。
こうしたことが繰り返されていく中で、暴力にまで発展するのは時間の問題だった。
特性上、どんどん自他境界があいまいになっていく彼が、私への配慮をさらに欠いていくことは容易に想像できた。
1度目の暴力は、産後半年のことだった。
娘の前でまた暴言が止まらなくなっている彼を、私はとにかく遠ざけようとした。
娘がいるのだ、目の前に。
そんな言葉を娘に聞かせたくない。父のそんな顔を娘に見せたくない。
それで部屋を移ろうとしたら、「逃げるんか!」と背中から罵声を浴びせられた。
家の中にいる以上収まらないと思った私は、
「出て行って」
と彼に言った。
もちろん彼は従わない。その場でずっと怒鳴っている。
娘が泣いている。
焦る私は、どうにか彼の体を玄関の方向に向けさせようとして、腕を引きながら、「出て行って!」と繰り返した。
その瞬間だった。
完全に目がいっている状態の彼が、私の腕をひねり、背中側に乗るような形で、床にダン!!!と押さえつけた。
それから続けて、私の上半身を起こさせて、自分の右肘を私の喉元にあて、背後にある冷蔵庫に、体ごとのしかかって押さえつけた。
息が苦しかった。
その後、彼はどうしたらいいのか分からないというようにその場を一瞬うろつき、外へ出た。
頭では「まずい」と理解しているのだろう。いつもならすぐに車を発進させるのに、そのときは駐車場に留まっている気配がした。
私はとにかく、状況を第三者に伝えなければと思った。
それで夫を紹介していた親しい男友達数人と、叔父(父がいないため)にすぐさま連絡をした。(夫は年上や目上の同性に弱い)
今後のことを考えて、なかったことにさせてたまるか、とそれだけを思っていた。
叔父と電話しているときに、やはり近くに待機していたのだろう夫が再び家に入ってきた。
それで、
「叔父に状況を伝えている」と警告のつもりで彼に言った。
叔父が彼と話すと言うので電話を代わると、
一見冷静に受け答えしている。
叔父はその様子に、「落ち着いているようだ」とまんまと騙されていた。
それ以上叔父に何か言っても伝わらないだろうと思ったので、その場は一旦切り、彼も仕事に向かった。
私は震えが止まない自分の体をどうにか落ち着かせようと、娘を抱いて
「大丈夫。大丈夫」
としばらくの間、繰り返し唱えた。
その日は彼が帰ってくる空間にいたくなかったので、小さな娘を連れて、初めて2人でホテルに泊まった。(娘とのこんな「初めて」が悔しくてたまらなかった)
深夜、彼から
「娘を巻き込みたくないんじゃなかったのか。お前のしているそれは許されるのか」
というような怒りのLINEがきていた。
結局この事態は、喫茶店に彼を呼び出して、周囲に人気のある場で話し合いをして収めた。部屋や車など、2人きりになる空間は怖かった。
このとき私が伝えたことは、
「あなたは自分のしたことを理解しているか」
「この先どうするつもりでいるか」
「やっていくつもりなら、2度目はない」
ということだった。
けれど、彼の記憶には、私の腕を振り払ったことしかないと言うので驚いた。
完全に理性が飛んでいたということだろう。一番怖いパターンだと思った。
本人には、体のあちこちにできていた青あざを見せて納得させた。
「もうしない。俺はそれくらいの理性はある」
と言われけれど、どの口が言うんだとしか思わなかった。
周囲の友だちにたくさん話を聞いて、
そのときはまだ、彼と即時離れることはせず、様子を見ることにした。
この結果を不思議に思う人もいるだろう。
彼という人間を判断することはとても難しい。
彼に情があるとか、経済的にどうとか、そういうことではなく、彼が産後、妻子のために頑張ってくれた姿も、私の中にちゃんとある。
彼が妻子の役に立とうと奮闘している事実もまた、私は理解していた。
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