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Creepy Nuts試論③:日本のヒップホップの頂点としての「Case」

3冠を狙うCreepy Nuts

今年の「キングオブコント」で3冠を狙う者がマヂカルラブリーの野田クリスタル以外にもう“1組”いた。それは準決勝敗退した霜降り明星の粗品ではなく、Creepy Nutsだ。
どういうことかというと、『M-1グランプリ2020』のスペシャルコラボ動画にCreepy Nutsの楽曲「板の上の魔物」が採用され、『R-1グランプリ2021』のテーマソングに「バレる!」が起用された。結果としては3冠ならずも、「そいつどいつ」の紹介VTRでBGMとして「スポットライト」が流されたので、マヂラブよろしく決勝進出も優勝できずといったところだろうか。
(梅田サイファーの「King」が『キングオブコント2022』のオープニングソングに採用されたため、R-指定は3冠獲得の偉業を成し遂げた。R-指定はこれでUMB3連覇と3冠制覇の「お笑い王」の称号を手にした。)

不毛な議論への終止符

さて、そんなCreepy Nutsが9月1日に出した最新アルバム「Case」は日本のヒップホップにおける頂点に到達したと私は考える。なぜか。それはオーバーグラウンドVSアンダーグラウンド(マス対コア)という不毛な議論に終止符を打ち、日本のヒップホップを新たな地平へと開いていく作品だからである。
Creepy Nutsは日本のヒップホップをここまで牽引してきたレジェンド達の思想(アングラ≒コア)を非嫡出子的に受け継ぎ、それを日本のエンタメ業界(オバグラ≒マス)に解き放ち、凝り固まっていた「日本語ラップ」という概念を「ジャパニーズ・ヒップホップ」にまで押し上げることに成功したと思う。カラオケで「証言」のインストでフリースタイルはできなくても、Creepy Nutsの「かつて天才だった俺たちへ」なら歌えるのではないか。
また、どこのアングララッパーがCreepy Nutsの楽曲を「あれはセルアウトだから」と言えるのか。ラジオ、バラエティー、ドラマ、CM、ライブをこなしながらもここまで完成度の高いアルバムを出せるヒップホップ・ユニットがいただろうか。こういう事だよ。

R-指定という非嫡出子

ここでR-指定のラッパーとしての自己定義を見ておこう。

ライムスターやTBH[THA BLUE HERB:引用者注]に、ケツメイシとかのポップフィールドのラップを混ぜて、それを般若さんという陽の光にあてると・・・・・・。(中略)カラカラのR-指定が生まれます(笑)。

R-指定『Rの異常な愛情――或る男の日本語ラップについての妄想』

TBHに影響を受けたラッパーがどうなるかというと、思いっきりアングラに潜る人と、TBHを聴いたからこそホンマに自分の好きな方向やる人に分かれるんです。俺自身も今の話では前者のように、19、20歳ぐらいの時にはSOUL'd OUTやケツメイシが好きな自分を全否定して、アンダーグラウンドで激シブなヒップホップを作ろうと思った時期もあったんです。でもそれを自分で作ってみて、歌ってみて、楽しくなかった。そこで、自分はアンダーグラウンドもポップなラップも好きやし、それらをハイブリッドしたベストな形はどうしたら作れるのかって方向に進んだんですよね。

(R-指定『Rの異常な愛情――或る男の日本語ラップについての妄想』)

彼の的確な自己分析通り、最ッ低なボンクラ系・アングラ系レジェンド達に影響を受けつつ、それをポップフィールドと混ぜ合わせてサイコゥ!な相方とベストな形に落とし込んだ結果、日本のヒップホップを新たな次元へと引き上げることに成功した。それを端的に表しているのは、本アルバムに登場する人物達である。
直接的な言及はもちろんのこと、間接的も含めると、DABO、呂布カルマ、Rhymester、SHINGO 西成、梅田サイファー、韻踏合組合、山里亮太、般若、ILL-BOSSTINO、HIDE、輪入道、DJ YAMAYA、tella、DOTAMA、たりないふたり(若林正恭と山里亮太)、漢 a.k.a. GAMIなど、Creepy Nutsが影響を受けた人、お世話になった人、フリースタイルダンジョンの仲間などたくさんの登場人物がアルバム全体に散りばめられている。
特に印象的なのは、山里亮太と般若とILL-BOSSTINOを「ボス」として括る歌詞である。日本のお笑い界の最前線で活躍する天才・山里亮太(R-指定もヘビーリスナーと公言している「水曜JUNK 山里亮太の不毛な議論」で山里はリスナーから「ボス」と呼ばれている/リスナーに自身のことを「ボス」と呼ばせている)と日本のヒップホップシーンを牽引してきた般若とILL-BOSSTINOを歌詞で繋げられるラッパーがかつて存在しただろうか。私は知らない。

Creepy NutsがRhymesterから学んだこと

中でもCreepy Nutsが最も尊敬しているヒップホップ・グループであるRhymesterに対する言及が特に多い。彼らの曲、例えば「ランナーズハイ」、「グレーゾーン」、「ザ・グレート・アマチュアリズム」、「Mr.Mistake」、「POP LIFE」、「B-Boyイズム」、「耳ヲ貸スベキ」といった代表曲を引用したり、「土産話」では大晦日(R-指定のUMB優勝後)にRhymesterの武道館DVDの裏(トラックリスト)を眺めながら、秀逸なタイトルのつけ方、ライブ構成、曲の繋ぎ方、などを考察していた頃の思い出が語られる。その上で、Rhymesterの前だとただのヘッズに戻ってしまうそんなキングオブステージとあの日救われた奇跡のバースを分け合っている喜びを歌っている。
そんなRhymesterから教えでもある秀逸なタイトルのつけ方や自己言及は本作でも多用されている。例えば、「バレる!」では「Who am I」や「教祖誕生」が、「風来」では「のびしろ」と「顔役」が、「15才」では「トレンチコートマフィア」と「かいこ」と「デジタルタトゥー」が、そして「土産話」では「たりないふたり」、「生業」、「助演男優賞」と「R.I.P」が自己言及的に用いられている。
ライミング、言葉遊び、曲の幅、どれをとっても素晴らしい。例えば、ライミング。「白線の内側」と「百戦錬磨」、「手品みたく」と「デジタルタトゥー」など正確には踏めていないが音として気持ち良いライミング。
例えば、言葉遊び。2時間半寝れそうな「望み」と八重洲口の改札を抜けるとある「のぞみ」、「羽振り良く見えたパイセン ですら日銭暮らし持久戦」の「持久戦」と「時給1,000円」、「襟」と「制服」と「征服」など同音異義でかつ意味を通す遊び方。
例えば、曲の幅。「Lazy Boy」、「バレる!」や「のびしろ」のポップさから「デジタルタトゥー」や「15才」のダークさまでの曲の幅広さ。しかし、最も素晴らしいのは、アルバム全体の構成/ストーリーと、曲と曲の繋ぎ方だろう。

「Case」という1本の長編映画

このアルバムは1曲目「Lazy Boy」から聞き始め「土産話」で聞き終わることでようやく分かる、このアルバムの凄さが。今年のベストだろうと観終わった瞬間に分かる1本の長編映画を観た日の帰り道、あの感覚。
上げれる所まで上げに上げて、堕ちれる所まで堕ちに堕ちて、自分を発見しエンドロールを迎える。自身の才能がバレて、如何に忙しくなったか、そして今や日本のヒップホップの顔にまで上り詰めたCreepy Nutsは押し付けられた役割や背負わされた重圧に耐えながらものびしろしかないと歌う。
しかし自分の発言によって自分の身体に刻み込まれた傷の大きさに気づき、身動きが取れなくなる。ここでの決闘は取り巻きの多いラッパーやヘイターではない、15才のR-指定になる前のR-指定だ。かつて天才だった15才の自分 VS いつになってもとれない目の下のクマ、荒れた肌、濁った目をした、だらしない身体の30才の今の自分。どうやったら15才の未来しかない自分に勝てるのか。
それは帰る場所があること、愛している仲間がいること、ライバルや仮想敵も含めたHIPHOPという家があること、矛盾を抱えながらもその家を守っていく覚悟を持っていること、それによって過去の自分に打ち勝つ。最後に打ち上げ的なエンドロールとして土産話を語る。
私がCreepy Nutsについて書きたいと思ったのは、この「土産話」の「今じゃ誰も思わねえ俺達を助演と バトルじゃなくワンマンで埋めたリキッド」という歌詞の「バトルじゃなく」という部分があったからだ。この部分に何かを感じた。DJ松永のビート上に響くR-指定の「バトル」の絶妙な声質。どこか懐かしい響きのバイブス。でも思い出せない(Je ne me souviens plus)。2013年UMB 大阪予選、BIG MOOLA戦でR-指定は「3分待てば出来上がるインスタントラップ こんなもん聞いている場合ではなく」と歌っていた。そんな彼らCreepy Nutsが7年後にカップスターのちょうど3分のタイアップ曲を作り、CMにも出演するなんて、2013年の私に伝えてもウソみたいと鼻で笑い飛ばしそうなStoryである。ヒップホップには夢がある。私も欲張りだ。今年こそ、ハッピーエンドのその先を見てみたい。問題は白か黒かではなく、紅か白か、だ。それにしても、今日は「レインボーシックスJAPAN CHANPIONSHIP 2021」でスペシャルパフォーマンス(良きセトリだった。「Dr. フランケンシュタイン」が入っていたのが粋だった)で、明日は若林正恭と「ボクらの時代」と長岡でのライブか。相変わらず大忙しMC、大忙しJDだな。そろそろ、おいとましようぜ。

備考:このNote上にもただただ日本のヒップホップをDisるためだけの文章がある。そういう人に限ってシンプに耳を貸さないし、そもそもアーティスト名を間違えていたりして救済の余地がない。説教したい気分なのでここで。Brother&Sister、真っ赤な嘘をつく尻が青い赤の他人には顔面蒼白になるまでゲンザイから逃れるなと言いたい。ショクザイが足りない日々の腹いせ?ならどっか他所で例えば来世。日本のヒップホップは20年遅れだから、とかいうアンチにこそこう言いたい。自分のペンの重みを知れ。もう一度Rhymesterの「ガラパゴス」から聞け。

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ペテンの配達人
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