その花の名は
その話しを母から聞いた時、
私はまだほんの子供だった。
そんな子供に聞かせる話しでも
あるまいに。
と今の私ならそう思う。
けれど当時の母も辛かったのだろう
母の思いもまた、今の私なら
理解出来る。
煌びやかな花の名前を
冠した女性が我が家の門を
くぐったのは突然だった。
長くも短くもない時間を
その客人と過ごした後、
母が泣いていたのを、
今でもはっきりと記憶している。
その日、いつもより早く帰宅した
父の手には柄に似合わぬ白い花束。
なんの因果か母の誕生日であった。
何も知らない父は笑顔で
勝ち誇った様にそこに立っていた。
手に持たれた華やかな花びらは
母とは違う、彼女そのものだった。
あの日何が起こったのか、
父だけが何も知らされないまま
最期の時を迎えた。
けれど彼女の名を模った白い花は、
私の生涯で唯一嫌いな花となり、
我が家を飾ることは二度となかった。