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南満州鉄道の生き残り・中国最古の電気機関車を撮りに行こう

(本記事で扱っている訪問場所は中国の国営企業グループの工場敷地内です。訪問される方は訪問先のスタッフの方に必ず挨拶して許可を得てから敷地内に立ち入り、また辞去する際も必ずお礼をしてから立ち去るようにしてください。筆者は本記事を読んで訪問された方が現地で遭遇したトラブルは一切関知しません。訪問は自己責任でお願いします。)

中国は広大である。日本ではとうに見られなくなってしまったモノがあちこちに転がっている。数年前までは新疆ウイグル自治区では観光用でない現役の蒸気機関車が炭鉱の専用線で動いていた。

そして現在でも中国東北部遼寧省では南満州鉄道により導入された鉱山用の電気機関車が現役で貨物列車を牽いているのだ。正確な製造年は資料が残っていないが、どうやら1910年代に米GE社により製造され、満鉄撫順炭鉱・昭和製鋼所で使用するために輸入された機関車のうちの1台のようだ。

この機関車が所属するのは中国の中央企業・鞍山鋼鉄集団公司の傘下企業である参鉄集団の工場専用線である。地点としては41.244732N, 124.344558E、地名としては本溪市本溪满族自治县田师府镇581乡道付近となる。

この機関車の存在は現地鉄道ファンにすら長らく知られていなかったが、2022年に「再発見」されてからは多くの人が知ることとなり、そのうち買い取られて博物館に保存されそうな勢いである。訪問される方はお早めに。

現地鉄道ファンによる再発見時の訪問レポートはこちら。

またこの機関車の来歴について(筆者が読んだ中で)最も詳しい解説記事はこちら。

そんな古豪を訪ねるため、2024年12月末に遼寧省瀋陽市に渡航した。
関西空港からは、空飛ぶ緑の新空調硬座こと春秋航空で瀋陽までは2時間半ほどである。コロナ期にはあれほど遠かった中国だが、ビザ免除導入で国内感覚で渡航できるようになったのは喜ばしい。

無事に入国し、瀋陽駅前で宿をとる。瀋陽駅の設計はあの辰野金吾の弟子が担ったとのことで、どことなく東京駅の面影を感じる。

翌早朝、朝一番の高速列車を捉まえて、まずは南隣の都市・本溪を目指す。隣とはいえ、中国の市は日本では県レベルの大きさである。おおよそ40分ほどで列車は本溪駅へ滑り込む。

本溪という地名は日本からはあまり馴染みがないが、世界第3位の製鉄会社・鞍山鋼鉄集団の主力工場(2021年までは別会社の本溪鋼鉄)の一つが存在する鉄鋼都市であり、中国有数の鉱山都市でもある。今回訪問する先である参鉄集団もそんな鉄鋼都市の産業を支える企業グループの一員である。

本溪から先は市内東部にある本溪満族自治県の集落の一つである田師府鎮を目指す。市内にある本溪长客中心站(本溪長距離バスセンター)からはおおよそ1時間に1~2本程度のバスが出ているようだ。

田師府鎮では集落中心部付近の国道G506号線沿い交差点でバスを降ろされる。バス停と目指す先の工場との位置関係は下の航空写真の通りである。

バス停からは川沿いに南へ向かう(緑線)。左手の工場の建物が途絶えたところから南東方向へ向かい、国鉄線の線路を潜る&渡った先が目的地である。小さい町であり余所者が歩いていると目立つため、目的の機関車の写真などをスマホに保存しておき、怪しまれたら、コレを見に来たとでも言えばいいだろう。中国の田舎はとにかく余所者には肩身が狭い。

工場敷地内に立ち入り、ビクビクしながら専用線の上を辿っていくとようやく目的の機関車が見えてきた。まずは下の写真の線路右側トタン屋根の建物内にいる鉄道スタッフに挨拶をする。あの機関車を撮りに来たんですが…とおそるおそる声をかけると、よく来たわねと歓迎してくれた。中国の田舎に行くと、良くも悪くも感情表現がオーバーだ。

そしてようやくご対面だ。
近くで見ると丁寧に整備されているのがよく分かる。

ちょうど国鉄線からコンテナ貨物が到着したところのようで、入れ替えの真っ最中であった。背後にある新しい工場建屋と比較すると、なぜこんなに古い機関車が現役なのか不思議になる。

近くにいた機関士に危ないから少し離れていてねと言われたので、構内踏切の外に出ると、機関車はゆっくり動き出した。この構内踏切もまた街中ではあまり見かけないスタイルだ。

数百メートルほど編成を動かすと、今日のお仕事はこれで終わりと機関士は詰所に戻ってしまった。それでも筆者が来ているということで、パンタグラフは上げたままにしておいてくれた。

ゆっくり撮ってもいいよと許可をもらえた(と解釈した)ので、機関車の周囲をゆっくり歩き回りながら写真を撮る。

運転台に上がったり(これはもちろんお伺いを立ててから)、

正面に回ったり。

他にもいろいろと映像などを撮ったので、筆者がSNSにアップロードしたものを挙げておく。

2時間ほどこの機関車を十分に堪能したので、そろそろ帰路につく。

さてさて中国の地方部に行くときは、行きは街中のバスターミナルで聞けばよいのだが、帰りは道端のバス停らしきところで適切なバスを呼び止めなければならない。さきほど述べたように田師府鎮のバス乗場は集落の中心部で国道が大きくカーブする信号付近である。

本溪方面に向かう側には椅子が置かれており、その脇にはバス時刻が書いてある停留所のようなものが立っている。本溪駅前行きが早朝6時発、帰りが8時20分、次が午前10時10分発、帰りが13時30分発、その下に電話番号が書いてあるのが読める。中国の地方部でのバスは個人が特定の便を請け負うような形なので、この電話番号の主が運転手であり、その運転手が請け負っている便がこの時間に来るというだけである。他の運転手が請け負う便は違う時間に来るのでバスがこの2往復だけということではない。

なので適当に周辺で待っていればそのうちバスは来る。本溪市内までは約1時間・13元というバスが多い(経由地が違ったり、値段が違ったりするバスもありそうだ)。行先表示に本溪という文字が書いてあるバスを捕まえて、運転手か車掌に本渓Benxiと叫んで20元札を渡せば、たぶん帰ってこられるだろう。

本溪市内に戻ってからは残り少なくなった丹瀋線の客車列車を狙う。日没ぎりぎりの時間になってようやく来てくれた。

このあと本溪駅前で夕食をとったのち、瀋陽から夜行列車で次の街へ向かった。

冒頭で述べた通り、本記事で扱った機関車は工場敷地内の専用線のみを走行する車両である。訪問する際は必ず工場スタッフ(特に鉄道関連)に挨拶をしてから撮影することに気を付けてほしい。日本人が田舎町で工場敷地内に無断侵入してトラブルになったときに、どのような事態になるか予想できないのが中国という国である。
くれぐれもそのことを念頭に読者の皆様も楽しい海外鉄ライフを。

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