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オリジナル商品『ブラシスタンド』は使えるのか

「いらっしゃいませ」
「・・・」
「どうぞ、こちらへ」
「・・・」
「当店、世界一小さな革靴ショップとなっております」
「・・・」

世界一小さな革靴ショップ『西田』

「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「中古革靴も靴磨き用具も小物も扱ってます」
「・・・」
「ごゆっくり、ごらんください」
「・・・」

世界一小さな革靴ショップ『西田』

「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」

世界一小さな革靴ショップ『西田』

…なんか。
…無言だと気まずいな。

…しかしだ。
…今までの、私の接客には問題があった。

…売ろうとするあまりに、売上ゼロから脱却しようとするあまりに、商品の説明ばかりして、あげく押し売りになっていた。

…だから、お客様は拒否反応をおこす。
…売上ゼロの原因はそこだった。

…これからは、売ろうとする素振りは見せてはいけない。

世界一小さな革靴ショップ『西田』

「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」

黒の革靴

…まずは、お客様に店内で楽しんでいただき、革靴の魅力を知っていただき、さりげなく売る。

…楽しく、さりげなくだ。
…大学教授が書いたマーケティングの本にそうあった。

…うん、いいぞ、私。
…いいところに気がついて改善できた。

…もしかして。
…世界一大きな革靴ショップになるかも。

靴クリームボックス

「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」

世界一小さな革靴ショップ『西田』

…だめだぁ。
…この沈黙に耐えられない。
…ぜんぜん楽しくない。

…よくよく考えてみれば。
…ごゆっくりも、ごらんになってくださいも、こんな小さな店だったら関係ないのでは。

…5秒もあれば、すべてが目に入ってしまう。
…今になって、こんな根本に気がつくとは。

世界一小さな革靴ショップ『西田』

「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」

黒の革靴

…この小さな空間で。
…男2人で無言のまま。
…熱苦しい。

…まさか、この状況は。
…無言の勝負になっているのか。

…サウナでもそうではないか。
…先にサウナルームを出たほうが負けみたいな。

…そうだったのか。
…先に話したほうが負けなのか。

世界一小さな革靴ショップ『西田』

「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・いま、お仕事のお帰りですか?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」

茶色の革靴

…だめだぁ。
…さっそく負けている。

…やっぱ沈黙に耐えられなかった。

…しかも。
…疲れたキャバ嬢がおしぼりを手渡すときみたいな感じになってしまった。

…なにをしているんだ、私。
…ここはサウナでもキャバクラでもないだろう。
…革靴ショップではないか。

…うむ。
…ここは方向転換がよかろう。
…コンサルティング販売だ。

…お客様の目線をキャッチして積極的に売り込む。
…大学教授のマーケティングの本にもそうあった。

革靴用ブラシスタンド

「お客様、こちら気になりますか?」
「・・・」
「当店のオリジナル商品です」
「・・・」
「世界でここだけのブラシスタンドです」
「・・・」
「ええ」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「女性のメイク用のブラシスタンドはありますが、男性の靴磨き用ってないんです。靴磨きこそ、いくつもブラシを使うのに」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「それに靴ブラシって、うす暗くて風通しがわるい下駄箱なんかに置いとくじゃないですか?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「そうなると、手にとらないからホコリをかぶって、うすら汚れたブラシになるんです」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「ですよね?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「ですから、お客様。ブラシをそんな扱いするんじゃなくて、もっと日々、もっと手軽に、ササッと5秒とか10秒のブラッシングができるように開発しました」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」

革靴用ブラシスタンド

「これが、4本立てのブラシスタンド」
「・・・」
「黒クリーム用で1本、コーヒーで1本、ボルドーで1本、ブレンド用に1本」
「・・・」
「ほら、見て。立てかけているだけなんですけどね。でもドンッてならなければ倒れたりしません」
「・・・」

革靴用ブラシスタンド

「ほら、1本立てもありますよ」
「・・・」
「靴磨きブラシでなくても、ジャケットにつかう洋服ブラシもありますし、ヘアーブラシもありますし」
「・・・」

革靴用ブラシスタンド

「ヘアーブラシにこそ、この1本立てを使いたいですね。あの抜け毛がウニャウニャと絡まっているブラシ面を見ると気が滅入るじゃないですか」
「・・・」
「ほら、こうしておけば、ウニャウニャが目に入らない」
「・・・」
「ね?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「これね、イメージとしては刀立て。日本刀の。縦置き型の刀立てってあるじゃないですか」
「・・・」
「なにかあったときにパッと手に取って、置くときはカタッと」
「・・・」
「いいな、この少しの間、この所作」
「・・・」
「角度もいろいろ試してみて、これに落ち着いたんです」
「・・・」
「いいでしょう?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「これは買ったほうがいい、あいや、あったらいいなぁ、玄関先に」
「・・・」
「・・・」
「・・・」

革靴用ブラシスタンド

…あぶない。
…また押し売りをするところだった。

…しかし。
…無言すぎる。
…つい、多めに話してしまう。

…いいのか、わるいのか。
…たぶん、わるいほうだろう。

…かくなる上は。
…死中に活あり。
…あえて攻めるがよかろう。

…え?
…マーケティングから武士になっちゃったの?

革靴鑑賞スタンド

「お客様」
「・・・」
「こちら見てください。革靴鑑賞スタンドです」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「いいでしょう?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「これね、革靴を置いて眺める台です。今まで見たことがないでしょう?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「え、あります?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「こちらも、当店のオリジナル商品ですから」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「もう10年前ですよ。外国映画を見ているときに、セレブが室内に革靴を飾っていたシーンがあったんです。私、これだって思ってね。革靴ってオブジェになるって」
「・・・」
「だって、そうでしょう?この職人の手仕事でつくられたフォルム、磨かれて手入れされた風味に色合いに艶。十分に鑑賞の対象になりますよ」
「・・・」
「でも、5年か6年ほど前までは、中古革靴を売るっていうのは聞いたことがなかったし、ネットにも1件もなかったんです。だから、私が変なのかなって思っていたんです」
「・・・」
「そしたら、ここのところ、中古革靴販売のサイトがいくつもあるじゃないですか」
「・・・」
「使い込んだ革靴の魅力って確かにあるのに、それを自身で疑ってしまった。忸怩たる思いでした。それで小さくてもこの店をはじめたんです」
「・・・」
「ええ」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「あ、そんな話、どうでもよかったですね」
「・・・」
「失礼しました」
「・・・」
「・・・」
「・・・」

茶色の革靴

…だめだぁ。
…暴走してしまった。
…中古革靴の話になると、つい。

…私の話など、どうでもいいのだ。
…まずは、商品の良さを伝えなけば。

革靴鑑賞スタンド

「この革靴鑑賞スタンド、改良中なんです。ほら、バージョン2も製作中ですから」
「・・・」
「もうちょっと、置いた革靴のバランス感や角度を絶妙にしようと思って調整もしました」
「・・・」
「材質は杉。下地は240番のサンドペーパーで。そこにカラーはウォルナットの水性ニスで3度塗りして、仕上げに無色のつや消しで1度塗り」
「・・・」
「この組み合わせが、重厚な高級感ある木目が出るともわかって、なんやかんやで着想から10年かかっているんです」
「・・・」
「結論としては、まず漢の身だしなみは、この革靴鑑賞スタンドから」
「・・・」
「まさに漢の逸品」
「・・・」
「こちら3万ですけど、ぜひ買ってくださ、あいや、おひとつどうですか?」
「・・・」
「ちょうど今、特別価格祭りも開催中ですので」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「まあ、そんな夢を見たというのか、きのうの晩」
「・・・」
「・・・」
「・・・」

革靴鑑賞スタンド

…だめだぁ。
…なにをいっているだ。

…漢といえばいいのではない。
…また押し売りになってもいる。

…特別価格祭りもなんなんだ。
…『ジャパネットたかた』のマネをしてどうする。

…うむ。
…小物から攻めるか。

…まずは財布を開かせる。
…たしかマーケティングの本に書いてあった。

ペンスタンド

「あっこれ、お客様」
「・・・」
「ハンカチも取り揃えてますので。ハンカチは何枚もあってもいいでしょう?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「あ、で、お客様」
「・・・」
「これね、シルクのポケットチーフ」
「・・・」
「革靴と合うじゃないですか、ジャケットの胸ポケットにシルクのチーフって、ね?」
「・・・」

ポケットチーフ

「週末にチーフを差してみたらどうですか?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「あとこれ、カラーステイ。使ってます?」
「・・・」
「Yシャツのエリがペロンってならないように、裏から差し込むんです」
「・・・」

カラーステイ

「あのね、お客様」
「・・・」
「ほとんどのYシャツのエリの裏には、カラーホルダーがありますので」
「・・・」
「けど、知らなくて、カラーステイを使ってない人が多いんですよね」
「・・・」
「やっぱ、革靴がビシッてしていたら、ジャケットもシャツもビシッてしてないと」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「ですよね?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「こんな小物があったらな、私だったら買っちゃうな。500円とか1000円だしな」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「これ欲しいな」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「うん、やっぱ買う。すぐ買っちゃう」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」

ペンスタンド

…だめだぁ。
…なにがなんでも買ってほしい感がほとばしっている。

…いったい私はなにをやっているんだ。
…また失敗したのか。
…また売上ゼロなのか。

…こうなったら。
…この前みたいに突然に帰られないように、今のうちにドアに鍵でもかけちゃおうか。

…ううん、なにを考えているんだ。

…しかしだ。
…よく考えてみれば、大学教授が説くマーケティングなんて、こんな小さな店に役に立つのか。

…そんなマーケティングなんて却下だ。
…世界一小さな店の売り方をしなければ。

茶色の革靴

「それで、お客様」
「・・・」
「今日のお探しは?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・革靴の選び方を教えてほしいなって」
「・・・」
「ですよね?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「私もそう思いました」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「なんで、途中で止めてくれないんですか?」
「・・・」
「まあ、いいですけど」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「それで、お客様。予算はどのくらいですか?」
「2万」
「2万!なにいっちゃってんですか!」
「・・・」
「あ、いや失礼しました。申し訳ございません」
「・・・」
「あのね、お客様。あともう5000円は見てください」
「2万5000円ですか!」
「ええ、私が、靴屋に通って500足確めた結果です」
「500足!」

~続く~