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サッカーの旅・ヨーロッパ(2)
ミラノ・サンシーロスタジアム
1990年イタリアW杯、サルディーニャ島出身の若者が彗星のように現れた。
得点王に輝く背番号19、もはや国民的英雄である。
"Schillatti(スキラッチ)"というイタリア代表選手だ。
アルゼンチン敗戦という狂わせなW杯開幕戦が行われたミラノ、サン・シーロスタジアム、十年あまり経た今、私はここにいる。
競技場外の石畳に敷かれたレールの上、市内電車がカーブを描いてこちらへ向かってくる。
道路に数珠のようにつながる大型バスが次から次へ駐車場に入るのがみえる。
軽トラックのサイドドアを開ける屋台のようなものが並んでいて、サッカーグッズ、ユニフォームなどを鬻(ひさ)ぐのがみえる。
はるか遠くから馬のいななきが聞こえる。スタジアムは試合開始直前の喧騒に包まれていた。
夕闇の訪れとともに観客が動き出したので入り口へと向かった。
狭い円筒式の通路、踊り場脇トイレなどさびれた感は否めない。
胸の高さまで及ぶ便器は、手入れの施されない母国の公衆便所と同じにおいがして臭い。
うす暗い通路からライトアップされた観客席へ出た。
割れもした座席、こびりついた鳩糞、芥がみえ、座るのに抵抗を感じた。まるで白鬚橋から言問橋の濹堤を歩む時に出会う、あのベンチのようにうす汚れている。吸い殻を投げ捨てても構わない、そんな気もする。
狂気、貧困、無秩序の世界。
生まれて初めて訪れたミラノという町に、期待は裏切られた。
しかし数万人収容のスタジアムに集まったセリエA観戦者のどよめきが落胆を忘れさせた。
”インテル・ミラノ”サポーターの観衆は選手の一挙手一投足を見逃さない。
本場サッカーのゲームを眺めながら母国のサッカー事情と比べてみた。
するとサッカーの、また野球の発展途上国ともいうべき応援の仕方について気がついた。
とぎれぬラッパ、太鼓の雑音、立ちっぱなしの観客。
プレーをみているのか?
Jリーグと名付けられた日本サッカー、暴走族のような面貌の選手。
サポーターは、それに応じた敬意と驚きほどのものしか与えない。
当然、低俗でミーハーな選手のプレイに期待など持ち得ない。
母国のスポーツ界の遅れは、確かに選手達のペイにも影響されるだろうけれども、こうした観客の反応に負うところが大きいような気がする。
欧州では良いものは良い、一流は一流として絶大な尊敬が与えられ、尊敬は人を大きく創る相乗を知っている。
蹴り出されたボールの音、指示する監督の怒号、選手のスパイクがぶつかり合う音まで聞こえる静寂があるかと思えば、忽ち口笛、ブーイング。
そしてホームチームの得点に対する大歓声、めりはりのある観衆だ。
肥えた観衆の目は監督の目に等しい。
スポーツは娯楽でなくして、文化・芸術の範疇に属する。
畢竟(ひっきょう)、わが国に英文学のアラン・シリトーの著した『長距離走者の孤独』のようなスポーツ文学、サッカー文学が生まれるなど、さらに半世紀の歳月を必要とするであろう。
そんなことを思いながら試合を眺めた。
もはや試合は終わった。
興奮しながらも心に嫉妬のようなものが湧いてきた。
来世どころの話ではない。現世だ。今だ。今ここで、私はイタリア人に生まれ変わりたいと熱望した。
けれどもベリンツォーナまでの帰途、バス車内にて一員のポケットからパスポートがすられたと報じられたとき、やはり日本人でよかったと思いなおした。
弛緩と緊張、ミラノはジェットコースターのような街だ。
大使館とホテルを東奔西走する友Hの姿が痛々しかった。
どうやら、団長という仕事は楽ではなさそうだ。
旅なかば、ACミラノユースとの調整ゲームをすませた高校選抜チーム
明日はいよいよ大会にそぞむ。