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大川晴嵐 ー ゆきずりの女 ( ひと )ー
よりによってこんな時に、こんな所をえらんで歩かなくてよいものを……。風吹く川岸。
とはいえ独りになれる喜びのほうが代えがたい……。
と歩くは八丁堀、新川、築地のあたり
冬の午後
*
傾きはじめたやわらかな陽ざしに誘われながらいつの間にか隅田川へたどりつく。
色あせたコンクリ堤防の階段から河沿いテラスに降りると、満々と水をたたえた河、まるで海のようにうねり、河水はそうそうたる響きをなす。
対岸に佃島の町が目にみえる。
吹けば飛びそうな名も知らぬつり橋、将棋倒しにでもなりそうな冷えびえとした超高層の群、ペンキをぬり立てられたばかりの赤色の水門がみえる。
墨絵ににた江戸風の灯台、佃煮屋の大看板、鉛色の屋根瓦、そして風にあおられ裏がえればト金とひやかしたくなる風情のない佃大橋へ順をおって河下を超然と眺めていると、ななめにさし込む夕照がそれらを燦々と照りかえす。
なんとも美しい。
これまでどれほど文学の主人公が岸辺の清冽な水の流れと堤の佇まいに心を洗われてきたことであろう。
大川端とよばれ、おおくの物語の背景に登場してきた堤をあれからこれへと想像してみるが、現在はさて、どんなものだろう。
柳の老木はこのあたりにあったのか、首尾の松はどこか、もっと上流なのかしらん。
だがいま、樹木はもちろんのこと、野草ひとつさえ見当たらず野趣なく、風致消える。
かわらぬのは河と空ばかり……うらやましげに時代に憶いをはせながら、悄然として黙想にひたる。
*
すると、ある女性のかすれ声が背後から聞こえてくる。
「はー、河ってな、いいねェ」
ひとり言のようでありながら誰に話しかけているような、そんなあいまいなようすで彼女は感嘆の声を発した。
自分のほか人影は見当たらぬ。
見ず知らずのご婦人から声をかけられるような、かけられぬような、少しばかりたじろぐ自分ではあったが、礼を失せぬほどに、やや首をひねりつつかるく会釈、ふたたび河を眺めつづけた。
「いや、あたしゃね、お医者さまから云われてこうして毎日、散歩してんのさ、手術を終えたばかり、S病院もすごくなったわね」
問う気もないらしい二の句のご婦人。
なれなれしい。
善意を衣にあらての詐欺か?
黒い毛糸の帽子を目深にかぶりパンタロンとモヘヤのコートに身をつつみ、手袋まで黒ずくめの彼女は傍らに佇んで同じように河をみるともなくみはじめる。
困った。
しかしこれも辞令、改装されたばかりのS病院のことをホテル並だと、自分はぶっきらぼう。
すると彼女は待ってましたとばかりに、「そうよね……しかし、あのビル、なんとかならないかね」
対岸の高層ビル群を指さしながら、いよいよこちらの気でも惹かんと、いよいよ話しかけてくる。
「あんなもの建ててさァ、いったいどうしようってんだろうねェ」
そんなことを問われても、どうともこうとも応えようがないけれども、部屋も空いていて無駄と、相変わらずそっけなく返答した。
やれやれとおもった。
「本当さ、人が住んでいればまだしも……。空をふさいで日影ばかりつくってさ、百害あってイチリなしよ。
まァなんだねェ、いまの家ってのはさッ人情味がなく寂しいものさァ……
このごろの金持ちも銭もうけばかり考えててケチでいけない。昔は若いものの面倒をみるってのがあってさァ」
いつしか、どこか小料理屋の女将さん風情の、彼女の問わず語りにつきあわされることになってしまった。
長く築地に住むという。
佃の渡しの話から震災、戦災の苦労、華麗な築地の料亭や花柳界など、身の上と混ぜあわせるように矢継早に語る。
なんとはなく恩とか義理とか人情などと交えた語り口が自分の心の糸をつーんと弾かれたように感ぜられるので、明治末、大正生まれという昔話にあいづちをうちながら、白波のたつ河岸をつれ添うことになってしまった。
試みに花界に話頭を転じてみた。
「たのむよォー、あたしのオムツ、この河の水で洗ったくらいなんだからさァ」
と一瞬、侮辱されたとでもいうような面持ちで、すぐに両手を後ろに組み、はしゃぎながら嬉々とつづけた。
仕草がどことなく歳甲斐もないように感ぜさせられ、滑稽である。
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*
「あたしゃ芸者や花魁とかいった花柳の世界とは無縁でしたけど、そりゃァもう華やかだったねェ、ここらあたりにゃ、お妾さんもおおくってさ……。
昔からねえ芸者をめとるとだめになる、お女郎さんを嫁にすると出世するって云われてんのよ。芸者は芸事で精いっぱいなんだとさ。
まァどのみち旦那と妾ってのも何だねェ、金持ちが若い人の面倒をみるってことじゃないだろうかねェ、あたしゃそうおもうよ。」
北風にたち向かいながら観光船が運航するのがみえる。”竜馬”だ。
「今でいえばパパ活というやつ?
情なぞかけらもないから、ありゃ欲の処理マシーンそのもの。
でもさ、所詮、男と女なんてものは今も昔も変わりゃしない、閨の問題よ。あーたもいい歳なんだからわかるわよねェ、ふふふ……ええもちろんあたしゃァそういう花街とは無縁でしたけど…………」
おしゃべりだ。
自分のように書物なぞから得るのとはちがい、その目で見たであろう話は、しがしながら、生き生きとしていた。
かさねて云うムエンという言葉が、かえって関わるようにおもえ、
苦笑をあびせた。
男と女が忽ち閨(ねや)、ということにそのまま同じたつもりなのでは毛頭ないが、彼女は苦笑を取りちがえたらしい、冷やかしでもするようにからだを斜にかまえ、うすい色つき眼鏡の向こうからこちらの顔色をのぞきこむようにいたずらっぽい眼差しを投じてくる。
手玉にとられるというのはこうことなのだろう、いよいよもてあそばれたような気に陥るばかりか、老女の若さ、晴れやかさに脱帽したい気にもなってきた。
永井荷風『断腸亭日乗』の一節を思いかえし、こんどはほんとの笑いをかみころす自分なのだった。
八重次 其伎 無毛美開 閨中欷歔 頗る妙
――かさをました雲が茜色に染まりはじめていた。
夕映えの空の明るさに反し、あたりはいちだんと暮色につつまれ、ひえ冷えした吹く河風は頬をさす。
”竜馬”はすでに川上へすすんだか、すっかり姿は消えている。
ご婦人がもう三十年、いやいや四十年若かったならば、もうすこし胸襟をひらき、話にうち興ずるところであったろうけれど、ちょうど佃大橋の袂にさしかかったところで、自分はなんとはなしに別れる気になってきた。
家へ寄ってお茶でも飲んでいらっしゃい、とでもで云いたげな顔つきで彼女は、
「はァすっかり昔話しちまったねェ。
そうそう、いい忘れてたことがあったっけ、どんなに世の中が変わろうとも、ひとつだけ変わらないことがあるんだね。人の心ってのかねェ。
それじゃァ、元気でおやりなさいあーた、お若いんだから」
別れ際、差しでがましくも、それでいてあたたかい、そんな言葉に、
「どうぞ、いつまでもお元気で」
自分は名も知らぬご婦人へ鞠躬如として頭をたれた。
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*
橋袂に近寄ると埃にまみれた一片の断碑に記される渡し舟、昭和三十九年廃止という文字が、忽然と目に止まった。
佃の渡しが通うころ、のんびりと対岸に向かう一銭蒸気の甲板のうえ、おそらく、つい今しがた交わしたやりとりが、ぽつりぽつり聞かれたことに違いないかろう。
ふうっとひとつ大きくため息をつき、ごうごうと風の吹きつのる佃大橋の階段をのぼりはじめた。
*
陽は遠景の高層ビルの間をまさに沈みかけんとし、河面を金色の縞に輝かせ目を射た。
目をそらすと、河がゆるやかに曲がりはじまる右岸の端、さきほどの彼女の歩きゆくさまが、ずっとずっと遠くに小つぶの黒豆のようにぼんやりみえてきた。
おっ
ひとりごとをいうか、いわぬうちに切々とやるせない気持ちが湧いてきた。
もう二度と逢うことはないのだろう。
世の変幻にかかわらず変わらぬのは心といった言葉が、あざやかによみがえり、胸を打ったのである。
なつっこい顔つきで話すご婦人、こんどはその足どりが気にかかりはじめた。
右岸をあやうげにあゆむ姿がテラス岸辺に消えるまで、自分はじっと目をそらさないでいた。
時間をもどされたような、ゆきずりの女(ひと)との会話を憶いかえして橋上に佇んだ。
夕陽を浴びながら刻々と姿を変えてゆく河面(かわずら)と雲と夕空の色あいを、いつまでも眺めていたいとおもった。
滔々と流れる隅田川を離れて帰っていくことが堪えられぬほどつらくおもわれた。
ああ、仕方がない。いそがしげな世へもどらねばなるまい。
机のうえには筆の脇にいまだ写しおわらぬ荷風の小説が開かれたまま自分を待っている。 ( 随筆『濹東七景』より、2000年記)