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【小説】僕たちのゆくえ20


s9.好きに気づくとき


 月曜日。
 自転車置き場に着くと、ちょうど海月とみのりが登校してくるところだった。周りには登校してくる生徒が沢山居るというのに、立ち止ってみのりの顔を掴んでなにやらやっている。
 ただみのりの事が心配な海月には、周りがどうとか関係無い。みのりもみのりで、海月にああして触られる事に、別段嫌悪感もなければ平然としているから。周りから見れば、二人が付き合っているとかそういう風に見えるんだろう。



「……はよ」
 一通りのやり取りが終わったのを見計らって声をかけた。もやもやして眠れなかったせいで、少し声が掠れてしまった。
「おはよ」
 海月は、いつもと変らない。昨日あの後莉子とどうなったのか気になるけど。この表情からは読み取れそうも無くて。
「……おはよう、しーちゃん」
「……ん」
「海月、大丈夫?」
 海月の陰から自分を窺うように覗いてそう言うみのりを軽くあしらって、海月の様子を確かめるけど。
「……ん、大丈夫だよ」
 そう、珍しくやんわりと笑った顔を見ると、いい方向には進まなかったのかなと思う。


 それから、みのりの教室まで三人で歩いた。
「みのり、転ぶなよ」
「転ばないよ、もうっ」
 何ていうのは、二人のいつものやり取りで。三人で居たって二人の世界じゃないか、そう思う事もあって。
 少しだけ頬を膨らませたみのりが背を向けて教室に入ろうと足を進めたが、扉のレールに躓いてバランスを崩した。
「……きゃ」
「……っ」
 咄嗟に腕を掴み、思いのほか近づいたみのりの頭を見やる。いつもの柑橘系の匂いが鼻をくすぐる。
 と、一呼吸置いた所でみのりがこちらを見上げて。眉を下げて困ったような顔をした。
「ご、ごめん」

 海月だと思った。
 きっとそうだ。

 そう思うと、何でこの身体は勝手に動いたんだろうと、後悔する。
「みのり気をつけろよ」
「う、うん。ありがとう」
 自分達のやり取りを見ていた海月が、そう言ってみのりの頭をポンと撫でる。その表情を見れば分かる。安心しきった顔は、さっきの困った顔と全く違って。
 何だか苛々した。



「紫音」
「ん?」
 放課後、少し神妙な顔で海月に声をかけられた。
「今日ちょっと用事あって。みのりと一緒に帰れなくて」
「……ん、分かった。伝えとく」
「さんきゅ」
 海月が無意識に右の手の甲を擦るのが分かって。少し強張った顔も手伝って、莉子に会うのだろうなと分かる。
「海月」
「……ん?」
 だからって、自分に何が出来るだろう。
 莉子の為に、あんなにも怒っていた海月。
 どんな人とも真摯に向き合う海月だから。自分の手助けなんて、何も要らないんだろうと思う。
「……行ってらっしゃい」
「……ん、さんきゅ」
 少しはにかむように笑って教室を出た海月を、半ば追いかけるように教室を出て、海月の行く方向とは反対側へ歩く。
 みのりの教室に着いて教室の中を見ると、ど真ん中の席でみのりがポツンと座っていた。時折、腕時計を見て海月を待っている様に思える。何度か同じ様な動作をしたところで、やっとみのりが立ち上がって。こちらに振り返ったかと思ったら、酷く驚いた顔をした。
「……しーちゃんどうしたの?」
 鞄を抱えて駆け寄るみのり。
 至って冷静に、平然と。海月が一緒に帰れない事を告げると、みのりは残念そうな顔をする。

 用件は終えた。
 もう用事はない。
 でもこのまま、同じ場所に別々に帰るのも変な感じで。どうしたものかと考えあぐねていると、珍しくいたずらっぽく笑ったみのりが言った。
「……一緒に帰る?……なんちゃっ……」
「うん」
 思わず、反射的に返事をしてしまって。最後まで言い切れなかったみのりの言葉が宙ぶらりんになる。おまけに、そんな自分に驚いたのか、みのりは目を丸くして凄く間抜けな顔をした。
「……帰るんでしょ?ほら、行くよ」
「う、うん……」
 みのりを促して教室を出る。
 自分の半歩くらい後ろを歩くみのりは、どこかそわそわしていて落ち着かない様子で。いつも海月の身体に隠れるようにしてこちらを窺うみのりとも、どこか違っていて。
 一緒に帰るなんて言ったものの、何を話せばいいのか分からなくて。今まで二人きりの時、どうしていたんだろうかと、息が詰まる。


 それから、緩い坂道まで特にこれといった会話も出来なくて。自分はこんなにつまらない男だっただろうかと自問自答していると、視線の先に愛衣の姿を見つけて。それと同時に愛衣がこちらに気づいた。
「あ、紫音!遊びに行こー……って、あれ?珍しいね」
 みのりが居る事を認識すると、少しだけ愛衣の声のトーンが落ちる。
 自分でも珍しいのは分かってる。そう一人苦笑いしながら、口を開こうとすると、先手を打ったのはみのりだった。
「……しーちゃん、私そういえば図書委員の仕事あったんだった……だから、大丈夫」
 少し掠れた声で、眉を下げて笑う。
 その顔が泣きそうな事は、見れば分かる。
「な……」
「じゃあね」
 自分が声を発する前に、そう言って踵を返したみのりの背中に声をかける。
「みのり!」
 けれど、みのりは振り返ってくれなくて。
「何か、ごめん」
「……ううん」

 何がいけなかった?
 みのりを泣かせる様な要素がどこにあった?

 そう自問自答するけど、思い当たるところが無い。けれど昔から、こうやってみのりに泣かれる事は多かった気がする。
 髪を撫でても、微笑んでも。
 みのりにだけは上手くいかない。
 いつだってみのりを傷つけてしまう。
「……紫音、行きなよ」
「え?」
「佐倉さんって嘘つくの下手すぎじゃない?」
「嘘……?」
 自分と帰りたくないからって、泣いてまで嘘をつく必要があるだろうか。もやもやとした気持ちが、頭を巡って平静を装えなくなる。
「……紫音ってそんな顔もするんだ」
「……どんな顔してる?」
 愛衣が自分の目の前に立って見あげてくる。いつもの距離感で、手を伸ばせばすぐに届く距離だ。
「困ってる。思い通りにいかないなーって」
 愛衣に言われて、図星過ぎて言葉が出なかった。 いつもなら、何言ってるんだよ、なんて言って。頭を撫でて肩を抱けば、そんなモヤモヤなんて隠して笑えるのに。愛衣を目の前にして何故か躊躇う手が、宙で空気を掴む。
「愛衣……ごめん」
「……何が」
「何がって……」
 明確に、愛衣を傷つけずに言える事なんて何かあるだろうか。

『人を傷つけないなんて、無理なんだからね』
 それは多分、いつか自分が海月に言った言葉で。
 結局自分は、人を傷つけて自分が傷つくのが怖いから、当たり障りのない言葉を言って、相手を喜ばせるために優しくして。思ってもない貼り付けた様な笑顔の仮面を、つけていたんだろう。
「思わせぶりな態度とってた。ごめん」
 どこかで、母親が外国人だからハグもキスも当たり前なんだと。周りに思わせようとしていたのは事実だ。
 外国人の母親も、それに似た自分の身体も顔も。
 嫌いなのは自分自身なのに。

 

「……友達じゃん。それは変らないでしょ?」
 たっぷりと時間をかけて愛衣が呟く。いつもと変らない様子の表情からは、愛衣が本当のところ何を考えているのかは分からなくて。
「友達でいてくれるの?」
「当たり前じゃん。紫音は紫音だもん」
 にこり、と。愛衣が笑う。
 その顔も瞳も、嘘偽りなさそうで。この真っ直ぐな瞳が気に入って、仲良くなりたいと思ったんだと、思い出す。
「ありがとう愛衣」
「うん、早く行きなよ」
「うんありがとう」
「分かったから」
 最後は呆れた様に笑うと、そのまま背中を向けた愛衣。
「ありがとう」
 その背中にもう一度そう呟いて。
 愛衣とは反対方向に走り出した。



 図書館のある旧校舎に来たところで、ふいに海月が怪我をして救急車で運ばれた時の事を思い出した。
 あの時はただ海月の事が心配で、縺れる足が前に進むことを阻んでいた。
 今はどうだろう。頼りなげにはにかんで莉子に会いに行った海月じゃなくて、何故か自分からすり抜けるように逃げていくみのりを追いかけてる。

 去る者は追わずだ。
 なんて思っていた自分が嘘みたいに。


 図書館の中を覗いてみるが、みのりの姿は見えない。部屋の奥にでも居るんだろうか、そう思うけどそこに入っていく術は自分には無いから。
 外で待とう。そう思い図書館を出て、あたりを見渡す。生徒の姿はほとんど無くて、本校舎の向こうのグランドから部活動の生徒達の声が少し聞こえるくらいだ。
 足元の砂利が鳴って、ふいに甲高い聞き慣れた声が聞こえた気がして。旧校舎の裏側へ足を伸ばす。
「……あ、違います!あの変な意味じゃなくて!……」
 旧校舎の裏。
 ベンチに座ったみのりが、後ろの校舎を見上げながら珍しく声を張り上げてる。
「……誰と喋ってんだ……?」

 何となく。
 なるべく音を立てずに近づいて覗き見る。

 電子タバコを持った細く骨張った指が、窓から突き出ていて。司書教諭の黒沢が、どこか楽しそうな顔でみのりの事を見下ろしている。何を話しているかまでは分からないけど。黒沢が喋る度に、肩を揺らしたり黒沢を見上げたり。
 何より、いつも不愛想な顔しか見たことの無い黒沢が、楽しそうに笑っている事が。胸のざわつきに拍車をかける。



 ふいに。
 黒沢がみのりの頭に手のひらを置いて撫でる。当たり前みたいに、慈しむように。それに気づいているのかいないのか、みのりは嫌がる素振りも見せずにされるがままだ。

 自分が触ると、逃げるくせに。
 ちっとも、思い通りにいかない。

 別に、自分の慰めなんて要らなかった。どれだけ泣いたって、ああやって慰めてくれる居場所がみのりにはあるんだ。
 そう思うと、急に寂しくなる。



 家に帰り、そのままベッドにダイブして目を閉じた。父親は相変わらずトラックを走らせているだろうし、母親は今日も飲食店で働いてる。
 いつもこの家で一人だった。
 ポストを開けると鍵が入っていて、それで一人で家に入る。ご飯は、大きなダイニングテーブルにラップをかけて置いてある。それを電子レンジで温めて、一人無音の部屋で食べた。
 時々、海月の部屋から賑やかな声が聞こえて、羨ましいなと思った事がある。母親にコンプレックスを抱いていた海月だけど、妹が産まれてからはそのしがらみからのがれたみたいで。
 何だかんだ親に愛されてる海月が羨ましかった。だから、いつも海月の家に逃げ込んでいた。一人ぼっちの自分を隠したくて、温かいソレに溶け込みたかった。
 側に居れば分かる。寡黙で無表情でぶっきらぼうだけど、海月の周りには人が居る。自分の事なんてさておいて他人の事ばかり考える。そんな海月だから、自分みたいに愛想を振りまかなくても、愛に囲まれる事が出来るんだろう。



 海月が、好きで。
 海月みたいになりたかった。
 けれど、それはどうやっても叶わないのは分かっているから。その苛々した感情が、みのりに向いたのも事実だ。



 海月の家にも行けない時は、見計らったようにみのりがやってきた。
 焼きたてのパンに、赤いホーロー鍋に入ったたっぷりのカレー。小さな手に一生懸命に抱えて、一緒に食べようと、微笑んでくれた。
 大きなダイニングテーブルに隣同士に座って食べて、お腹いっぱいになったら、二人で床に寝転んで日が暮れるまで眠ったりした。眠ってしまったみのりの指をそっと取って。
 幼い頃のみのりは、海月より自分と一緒に居た時間の方が長かった。それなのに、気づいた時には遠慮がちに自分を見上げるみのりが居た。
 元々自己肯定感の低かったみのりが、学校やクラスメイトに馴染めないのは気付いていた。自分に自身がなくて、廻りの顔色ばかり窺ってしまう。にこにこ笑って何でもない振りをして、空っぽの自分を演じてる。
 みのりを見ていると、そんな昔の自分を見ている様で苛々した。その苛々した感情を発散させたくて、楓や優花と身体を重ねていたところもあるかもしれない。
 けれどそんな自分が、みのりを遠ざけているんだろうなとも分かっていて。みのりに対する感情が何なのか分からなくなって、この有様だ。



「……だる」
 部屋の時計を見るとそろそろ夕飯の時間だった。と言っても、みのりの家の。一人で食べる自分にとっては"夕飯の時間"なんて無い。お腹が空けば食べるし、そうじゃなければ食べなくていい。
 けれど、普通のサラリーマンと専業主婦の両親との間に産まれた一人っ子のみのりにとっては、規則正しいそれが当たり前の事で。いつか見た木製の救急箱も、手の込んだカレーも。丁寧な暮らしの全部が、劣等感を抱かせるのには充分で。
 周りと比べてしまう自分の弱さが疎ましい。



 ――ピーンポーン

 インターフォンの音で、すっかり意識をよびもどされた。昔の事を思い出すと辛くなるだけだから、ちょうど良かった、そう思ったけど。
「……はーい」
 玄関ドアを開けると、タッパーを持ったみのりが立っていた。薄いブルーのワンピースにどこか上気した様に見える、ピンクに染まった頬。透明のリップがひかれた唇が、自分の名前を呼ぶ。
「……しーちゃん、あの」
 子供の頃と変らないその呼び名は、歳を重ねるごとに違和感を覚えた。海月の事は"みーくん"と呼ばなくなったのに、自分だけがそのままで。
 海月や黒沢に触れられても動じないのに、自分が触れると逃げる。その違いは、自分を苛立たせるのに充分で。
「……何だよ」
「あのね、ママと肉じゃが作ったからお裾分けしようと思っ……」



 ――バタン

 みのりの手首を掴んでドアを閉めた。
 弾みで手に持っていたタッパーが落ちて、みのりが一瞬視線を落とす。
 それでもその華奢な手を掴んで自室まで引っ張って。乱れたままのベッドの上にみのりを投げやると、驚いた様に自分を見上げるみのりがいて。
「っ……しーちゃん……?」
 上半身を起こして、ベッドの端へ下がっていく。薄いブルーのワンピースの裾が少し乱れて、白く細い足が露わになる。



 ――ギシッ

 自分が乗った重みでベッドが軋んで、みのりが怯えた表情をしたけど。それに構わず、壁に手をついてみのりを囲うと、ぎゅっと目を閉じてから俯いてしまった。
「……顔あげて」
「…………」
 俯いたままのみのりは、首を振っていやいやをする。そんなみのりの顎を掴んで、強引に上を向かせた。



 みのりは、泣いてなかった。
 いつもこういう時は、眉を下げて泣いているのに。

「……しーちゃん、離れて……」
 でもやんわりと、胸を押されて距離を取ろうとする。そんな力じゃ離れられるわけ無いのに。
「……そんなに嫌?」
「……え……」
「僕に触られるのがそんなに嫌?」
 掴んだ顎をそのままに、みのりの顔をまじまじと見る。赤みを帯びた目の縁は、もう少しで泣きそうで。触れた指先から感じる温度は酷く熱い。
 きっと泣くのを我慢してる。
「…………」
 みのりを掴んでいた手を離して、ベッドから立ち上がった。怖がらせたい訳じゃないのに、みのりを前にするといつもこうなってしまう。ガシガシと頭をかいた所で、少しだけ衣擦れの音がして。
「……嫌なんじゃない」
「……え?」
 あまりに小さ過ぎた声に、思わず振り返って聞き返す。乱れたワンピースを整えて座り直したみのりが、自分を見上げてる。
「嫌とかじゃないの。ただ、いつもびっくりして……」
 海月だって黒沢だって同じ様なもんだろ。そう思って、初めて違和感を覚える。
「……大体、海月の事は海月って呼ぶのに何で僕だけいつまでもしーちゃんなんだよ」
「だって!それは……」
「……何だよ」
「……海月くんが、みーくんって呼ばれるの嫌そうだったから……」
 みのりに言われて、思い当たることはあった。ちょうどそう、莉子の事故があった後くらいから、海月は母親やみのりに"みーくん"と呼ばれると、顔を曇らせる事が多くなった。それは多分、莉子が"みーくん"と呼んでいたからで。
 みのりがいつそれに気づいたのかは分からないけど。ぼんやりしてるようで、実は相手の事をちゃんと見てる。それがみのりだった。だからこそ。
「そんなの……そんなの、僕だって……」

 自分だって、嫌だった。

 何となく、海月との存在の大きさに区別をつけられているようで。
「……しーちゃん?……っ」
 自然に出たその呼び名に、みのりが口をつぐむのが分かった。それを見てしまうと、もう何も言えなくて。暫く黙り込むと、みのりの方から先に口を開いた。
「……だって」
「…………」
「……だって、分からないんだもん」
「何が」
「……昔みたいに、並んでご飯食べたり笑い合ったり……そうしたいのに……いつも不機嫌そうに私を見るのはしーちゃんだよ」
 赤くなった縁は、もう限界を超えて。
 必死で紡ぎ出す言葉とは対象的に、はらはらと涙をこぼしていく。  
「なのに、こうやって……苦しそうにしてるのはしーちゃんじゃない……っ」
「…………」
「……しーちゃんが私の事嫌いでも、私はしーちゃんに嫌われたくない……っ」
 こぼれた涙が、薄いブルーのワンピースを濡らす。ゆっくりと濃くなるその染みの様に、黒い感情の中に、透明な輪郭が出来る。
「……嫌いなのはみのりの方でしょ?先に逃げるのはみのりじゃん……いつだって、苦しい時に現れて優しくして……なのに手を伸ばすと、逃げるのはみのりだよ」
 幼い頃も、楓との事があったあの夜も。自分を心配して側に居てくれたのはみのりだった。その優しさに縋ろうとする自分の手をすり抜けていくのはみのりの方だ。



「だって仕方ないじゃない!……どうしていいか分からないんだもん……どんなに嫌われたって、しーちゃんが心配で側にいたくて……でもしーちゃんに触れられると、恥ずかしくてどうしたらいいか分からなくなる……っ」
 最後には俯いて。
 膝に両手を乗せて肩を揺らす。
「……何とも無い人に触られても、何ともない」
「……?」
「黒沢先生に言われたの。……海月くんに頭を撫でられても、何ともない。……私は…………し、紫音くんに触られると、どうしていいか分からない」



 そんなの。
 そんなの、まるで――。



 みのりが、自分の事を好きみたいだ。



 そう、頭の中で形にしたところで、耳の裏が急速に熱くなるのを感じて。
 確かめたくなる。
「みのりは海月が好きなんでしょ……?」
「……好きだよ?幼馴染だもん。……だから、紫音くんの事も好きだよ」



 好きとか、好きじゃないとか。
 それが恋とか、恋じゃないとか。
 誰が決めるんだろう。
 そして、それにいつ気づくんだろう。
 きょとんとこちらを、見上げるみのりのは瞳にはもう涙は無い。けれど、その好きに種類があって意味もある事を、まだみのりは気づいていないかもしれない。
 それに自分も――……。



「みのり」
「は、はい……」
「指、触っていい?」
「……う、うん」
 膝の上にぎゅっと握っていた手のひらをゆっくり開く。その様子を見てみのりの隣に座ると、みのりは一瞬だけ肩を揺らしたけど。
 右手の小指をそっと握る。細く白い指は酷く熱くて。たったこれだけなのに、熱さが伝染してきてしまう。
「……怖い?」
「怖くない……」
「ごめんねみのり」
「……?」
「みのりの事、嫌いだなんて思った事無いよ」
「本当?」
「うん」
「良かった……」
 繋いだ小指にきゅっと力が入る。
 いつか、おなかいっぱいになって眠ってしまったあの幼い頃の様に。小さな指が、自分を必要とするように握り返してくれて、嬉しかったのを思い出す。



「……みのり、あのさ」
「…………」
「……みのり?」
「…………」
 規則正しく動く胸元に嫌な予感がして、そっと顔を覗き見る。目元に一粒、涙が残っていて。そっと拭ったけど、みのりは目を閉じたままだ。
「マジかよ……」
 ふいに、みのりの身体が揺れて肩に頭がもたれかかる。
「この状況で寝るとか……」
 みのりらしい。
 そう思って。
 二人肩を並べて、昔みたいに眠った。



 

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