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【小説】僕たちのゆくえ17
M1.疎外感
「みのりちゃんって何考えてるか分かんないね」
小学生の頃、クラスで仲の良かった友達に言われたことがある。何がきっかけだったかは覚えてないけど、二人で帰っているときに突然そう言われたのだ。
休み時間や放課後はよく遊んだし、バレンタインとかクリスマスとか。そういうイベントの時には、家で一緒にチョコレートやケーキを作ったりした。
友達は優しかったし大好きだったから、突然そう言われて驚いて泣いてしまったのを覚えている。
「え……なんで泣くの?」
友達もまた、驚いたような顔をしてこちらを見る。
「ご、ごめん……」
何で泣くのかなんて自分でも分からない。ただ目頭が熱くなって涙がハラハラとこぼれていく。そんな自分に痺れを切らしたのか、友達の表情が曇っていく。
「言いたいことあるなら言いなよ」
「え……何もないよ?ごめんね」
涙を止めようと目頭を押さえながら笑って見せる。すると曇っていた友達の顔に怒りが浮かび始めた。
「こっちが悪いみたいじゃん」
「そんなっ、悪いなんて思ってな……」
自分が言い切る前に友達は踵を返して、違う道を歩いて行ってしまって。
翌朝おはようと声をかけても、いつもみたいに笑ってはくれなくなった。「おはよう」そう言ってはくれるけど。それまで一緒に居てくれた他のクラスメイトとも、段々と距離が出来てしまって。 教室の中みんなと座って笑っていても、いつも一人だった気がする。あの日踵を返した友達の後ろ姿が忘れられない。涙で滲んでいく景色は灰色になって記憶に残っている。
中学に入るとその違和感はどんどん大きくなってきた。クラスでもグループが出来て分かれる様になり、比較的一人で居る事が多かった。
一人で居ることは何も苦痛では無かったし、休み時間も自分の好きなように色んな想像をしたりして、自分の時間を過ごせた。
「……さん。佐倉さん」
「……あ、はい」
突然声をかけられて驚いて振り返ると、あまり話したことのないクラスメイトが立っていた。
「今日って放課後暇?」
「え……?」
「日直の仕事があるんだけど、部活行かなくちゃいけなくて……変わってくれないかな?」
顔の前に手を合わせ、片目でこちらを窺うクラスメイト。
「あー……、えっと……」
部活なんて入ってないし、用事なんて無い。
「お願いっ……」
「あ、うん。はい」
「本当?やった、ありがと!」
喜んで廊下に出ていくクラスメイトの後ろ姿を見やる。用事は無いけど、なんで自分に頼むんだろう。そう思う。仲の良い友達に頼めばいいのに。なんて考えながら、クラスメイトが喜んでくれるなら別にいいかと自分を納得させる。
それから放課後、校内を歩いていると、校舎の外に校門へ向かう道にクラスメイトの後ろ姿を見つけた。背の高い男子生徒と腕を組んで楽しそうに歩いている。
「あれ……?部活じゃないのかな……」
なんて思いながら職員室の扉を開けて、担任に声をかける。
「先生、あの、日直の仕事って……」
「ん?日直斉藤じゃなかったか?」
「あ、あの、部活があるからって、代わりました」
「部活?あいつ部活入ってたか?」
「え、あ、いえ、あの……」
「……佐倉お前もさ、嫌なら嫌って断れよ。自分の思ってる事は言えよ。まあとりあえず、斉藤には俺から言っとくけど今日のところはこれ教室に頼む」
そうプリントの束を渡されて。
「はい……」
重たいプリントを抱えて職員室を出た。
部活じゃないけど、用事があったから頼まれたのかな。
自分の思ってる事言うって、何?
そう考えていると、教室へと続く階段が滲み始めて。
「何で……」
何で、涙なんか。
自分でも良くわからないくて、プリントを抱えたまま立ち止まる。
「みのり?」
背後から声がしたかと思うと、トントンっと軽快な音を立てて声の主が階段を登ってきた。
「海月くん」
「……泣いてる?」
「ち、違うの。ホコリが目に入って……」
「どれ?」
両の手のひらで顔を包まれ、少しだけ顔を持ち上げられると、下瞼を下げられ切れ長の目がこちらをじっと覗き込んだ。両手が塞がっていて身動きが取れない。
「何も入ってないと思うけど」
じっくりと覗き込まれ、心の中まで見透かされそうな気がして。
「も、もう大丈夫だよ」
思わず仰け反ってしまい、つま先が少しだけ浮くと。
「何してんの」
トンッと、背中に大きく長い手が添えられて。崩れていたバランスが元に戻ると、自分を支えていた手が離れて。振り返ると無表情な紫音くんが立っていた。
「し、しーちゃん·····」
「放課後だからってイチャついてんなよ」
「イチャついてなんてない」
手元に持っているプリントを奪いながら、海月くんが紫音くんの後に続く。そんな二人を目で追いかけていると、視界がクリアになっている事に気づいて。
「これみのりの教室?」
「う、うん。ホチキスで止めるの」
「うわ、めんどくさ。早くやろう」
二人の会話につられて、何事もなかった様に廊下を進んでいく。
いつもそう、こうして二人が側に居てくれた。
翌日。教室に入ろうとすると、斉藤さんとクラスメイトが固まって話しているのが見えた。
「先生にチクッてんの。大人しそうな顔してさぁ」「大人しそうな顔といえば三組の紫音くんたちとイチャついてたって見た人がいる」
「マジ?うわー。あ……」
クラスメイトの一人がこちらに気づいて。ヒソヒソ、といった感じで話す声が小さくなる。
「お、おはよう」
斎藤さんたちのグループに声をかけてから席についた。返事は無い。
大丈夫。
私には二人が居るし、私は私だから。
そう言い聞かせて、見ないふりをしていた。
今考えても、どの場面も自分の何がいけなかったのかが分からない。きっと自分の何かが相手を不快にさせてるのだろうから。目立たないように周りに溶け込んで、いつも笑顔で。そう思って過ごしてきた。
でも本当は分かっている。
言いたいことが言えない自分が嫌いだ。
そんな自分を隠したくて、分からないフリをしてる。ただ臆病なだけの自分。
けれど思う。
昔から変らない自分を置いて、いつの間にか大人になっていく幼馴染達を見て、どうして自分は変われないんだろうって。