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【小説】OBVIOUS or UNCLEAR.2 


4:27pm



 大体午後三時を過ぎると
 一日が終わった感じに思う。

 いつかの帰り道、彼女はそう言った。
 夕日を背中に背負って呟くもんだから、詩人かよって笑って突っ込んだら、彼女は少し寂しそうにした。二人を照らす夕日のせいで、足元のコンクリートに影が伸びる。彼女の小さな影とそっと手を繋ぐ自分の方が、よっぽどロマンチストだ。
 彼女は、気づいていないけど。




「……で?どうしたの今日は」
「いつもの事です」
「すっぽかされた?」
「…………」
 一歩前に飛び出て彼女が振り返る。
「正解!」
 夕日に照らされた顔はオレンジに光って、落胆とかそういった様子は見えない。
「大体さぁ、待ち合わせが昼過ぎってやる気あるの?って思わない?」
「う〜んまぁそうだね」
 自分の仕事的には不規則な事が多いから、昼過ぎの待ち合わせでも夜でもどうって事無いけど。丸一日のオフがあって、恋人とのデートであれば確かにそう思うかもしれない。
「おまけに一時間遅れた挙句に、やっぱ無理とか意味分かんない」
「そうだね」
 二人でのんびり公園を歩きながら、彼女の愚痴に耳を傾ける。周りで遊ぶ子供たちの喧騒の中、自分の心が囁きかける。

 そんな恋人、やめちゃえよ。

 そう言えれば良いのに、自分にはそうは出来そうもないから。こうして時間がある時に彼女に会いに来ている。それが例えば朝でも夜でも、自分の時間が許す限りは会いに来る。
 そうしている意味なんて、深く考えなくたって分かるはずだけど。彼女は何も言わないし、自分も何も言う事は無い。



「ねぇードライブ行こうよ」
「免許持ってないの知ってるじゃん」
「なんだよーつまんないなぁ」
「彼氏に乗せてもらいなよ」
「あっちも持ってないもん……」
 まるで叱られた子供の様にしゅんと小さくなる彼女。たまにはこれくらいの意地悪言わないと、心のどこかが悲鳴をあげる。彼氏の愚痴なんて、愛情の裏返しでしかないから。会うたびに聞かされるのも、なかなか堪える。
 でも声と言葉が小さく自信が無くなっていく彼女を見ると、抱き締めて頭を撫でたくなってしまうのがいつもの事で。
「ほら、早く行かないとパン売り切れるよ」
「あ、やば!走るよ!」
「走るんかい」
 白いスニーカーで砂を蹴って走っていく彼女。ゆるくまとめた髪が跳ねて可愛い。
「やば、あるかなクロワッサン」
 公園を抜けた先にあるパン屋のガラス窓に張り付いて中を覗く姿は子供そのものだ。
 明るくて突拍子もなくて、誰とでも分け隔てなく接する彼女。警戒心の強い自分の壁をいとも簡単に飛び越えて、気づけば貴重な友人のポジションに座っていた。
 いや、そのポジションに座ってしまったのは自分の方で。今更好きだとかそんな事言えやしないし、言うつもりもなくて。けれど悲しそうな彼女を見るたびに、閉じ込めた気持ちは溢れ出そうになる。そんな事を、繰り返している。
「どれにする?」
 振り返った彼女は、頬を赤く染めて目をキラキラと輝かせている。走ったせいで乱れた前髪とかそんなものお構い無しでパンに向き直るところも可愛いなと思うし、少しくせっ毛の後れ毛がくるんと跳ねていて可愛いから、いつも少し後ろを歩いている事なんて。
 彼女には内緒だ。
 
「私買ってくるから外で待ってて。いつものでいいよね?」 
「うん」
「行ってくる!」
 建物の端っこに移動して、キャップを深くかぶり直す。スマホを取り出してイヤフォンを着ければ、誰かに声をかけられる事もない。
「…………」
 イヤフォンから流れて来るのは、彼女が好きだと言っていたラブソング。片想いが切なくて苦しい、そんな曲だ。

 恋人がいるくせに。
 
 なんて、少しだけ愚痴ってみるけど。彼女がこんなに苦しい想いでいるのかと思うと、自分だって苦しくなる。

「お待たせー!買えたよクロワッサン!プレーンとチョコのやつ」
 イヤフォンを外されたと同時に、彼女の声が耳に飛び込んでくる。耳馴染みのいい、少し低い落ち着いた声で。いとも簡単にパーソナルスペースに入り込む所とか、それが嫌じゃない自分が居る事とかが出会った頃から不思議だった。
「ありがと。いくらだった?」
「奢らせてくださいよ今日くらい」
「何でいいよ」
「いいじゃんたまには、ね!はい」
 そう言ってパンの入った袋を押し付けられて。渋々受け取ると彼女は満足そうな顔をした。 
 




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#片想い

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