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【小説】僕たちのゆくえ 1創作大賞2024応募作品


あらすじ
高校生の海月、紫音、みのりは
同じ団地で育った幼馴染。
いつも三人で過ごして、そんな日々は当たり前に続くと思っていた。

「俺はあなたが怖かった」
「僕は自分の見た目が嫌いだった」
「私は誰かを好きになるなんて、思わなかった」

忘れられない、過去の傷。
空っぽの、身体。
感じた事の無い、感情。
もどかしく過ぎていく
それぞれの日々に訪れる変化。

僕たちのゆくえは‥‥‥

「私が一番、生きている」

since/2024/01/21
End/2024/04/26





m1.白と赤



 ――ミーンミンミンミン……

 細く、開け放たれた窓の外。
 どこか遠くで蝉の声がする。
 聞き慣れた、心の奥をくすぐるような声だ。




「ねぇ、みーくんアイス食べよ。ママたちには内緒ね」
「え、でも……」 
 しぃー。
 と、唇に手を当てていたずらに笑うリコ。
 僕より少し早く生まれて、僕より背の高いリコは、いつもお姉さんみたいだった。だから、リコに言われれば何でもしたし。どこにでも着いていった。 
 今日だってそう。隣の部屋で話しているママたちを横目にキッチンへ向かい、リコと並んで冷蔵庫を背にキッチンの床に足を投げ出した。




 ――シュンシュンシュンシュン

 麦茶を沸かすやかんの蒸気が立ちのぼるキッチンは、少し蒸した空気で満ちているが、冷たい床がじんわりと身体を冷やして気持ちよかった。 
「おいしいね、みーくん」
「おいしいね」 
 冷凍庫から出したアイスは、細いミルク味のキャンディー。
「これリコ大好きなの。みーくんも好きだよね?」
「うん、好き」
 本当は、ひどく甘い味が苦手だったけど。リコがそう言うなら、好きなのだ。それに。

 ママたちに内緒。

 そんな、いけない事をしているような気持ちも手伝って。いつもは苦手な味が、おいしく感じる気がした。リコはいつも僕にわくわくをくれる。だから、なぜか離れられなかった。



「ねぇ、みーくん」
「なぁに」 
 暑さに負けて溶け始めるアイス。それを横目に、リコの声に顔を向けると、リコはじっと僕を見ていた。
「みーくんの、ちょうだい」
「…………」
 滴る白いアイス。
 ゆっくり開く、リコの赤いくちびる。



 同じ味じゃないか。
 なんで、僕のを食べるの?




 そう考えていると、身動きできなくて。スローモーションのように近づいてくるリコの赤いくちびるを見つめるしか出来なくて。
 ゆっくり、白をなぞる赤い舌。細い肩が傾いて、頼り無げなキャミソールの紐が滑り落ちそうになる。すぐそばにあるリコの体温に、心臓がざわついて。
「っ……、リコちゃん!やめて」 

 いやだ。
 気持ちわるい。
 そう感じて瞼を瞑った瞬間――。



「ぎゃあ――――!!!」
 ドンッ、と鈍い音。途端に切り裂くようなリコの悲鳴。恐る恐る、瞼を開く。
「あ、あ……」
 床に転がったヤカン。隣の部屋から駆け寄ってくる大人たち。床に仰向けに倒れたリコは、胸を掻きむしるように泣いて騒いでいる。

 だってリコが。
 リコが悪いんだ。

 視界がゆるく滲み始める。誰かに抱き抱えられた僕は、ゆるい視界の中リコから目が離せない。
「み……みぃ、くん…………あ、ついよ」
 真っ赤に染まった身体、泣きはらしたリコの瞳。
 リコは僕を見ている。
 遠くでサイレンの音がする。
 知らない大人がたくさん部屋に入ってきて、リコの周りを取り囲む。小さなリコが見えなくなる。
「あぁ、かわいそうに。女の子なのに」
 輪から少し離れた大人が呟く。リコの何がかわいそうなんだ。僕より背が高くて、明るくて優しいリコ。リコの後をついて歩けば、いつだってわくわくが満ち溢れていた。でもひどく大人びていたリコが、こわかったのも事実。
「僕は怪我してないかい?」
「……?」
 制服を着た大人にそう声をかけられて、咄嗟に右手を隠した。ひりひりと痛む右手は、きっと罰なのだと思ったから。
「だいじょうぶ」
 リコに比べたら、こんな痛みなんて。

 
 
 



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#創作大賞2024


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