【短編】アルストロメリア・Reverse
結婚することになったと、嘘をついた。
あなたをこれ以上、好きになってはいけないような気がしていたから。
「友達に、なりませんか?」
そう言ったあなたは、耳まで赤く染まっていた。私の耳で揺れるアルストロメリアを、ちらちらと見ていたのを覚えている。
スーツ姿、後ろでひとつに束ねた髪。透けるほど白い肌。哀しそうで綺麗な目。シャツの袖口からたまに見える自傷痕。
「いいですよ、友達になりましょ。」
そう言った私の声は、震えてはいなかっただろうか。
私のアルバイトが終わるのを、あなたは待ってくれた。馴染みの居酒屋で、色んな話をした。福島に帰ることを告げると、あなたは少しだけ悲しそうな顔をした。
「これからも、友達でいてくれますか?」
あなたがそう言ったとき、はじめて視線が耳元のアルストロメリアから私の目へと、移った。あの瞳の深さを、私は一生忘れないと思う。
反射的に抱きしめて、キスをした。
あなたは、私が酔っていたと思っているでしょう?
私、全然酔っていなかったよ。お酒なんて、いくら飲んでも酔えないもの。
アルストロメリアの花言葉。
たくさんあるんだけどさ、「未来への憧れ」っていうのがあるんだ。
それを知って、私はそのイヤリングを探した。未来を信じたかった。
ずっと、同性が好きなことを隠してきた。
周りに適当に合わせて、『恋バナ』もしてさ。告白されたからってだけで、男の子と付き合ったりもした。キスもした。
未来って、なんだろうね。
今日で世界が終わることを聞いたとき、よかったと思った。
あなたを一番傷つけた嘘が、ばれずに済むから。
あなたが私を好きなことなんて、ずっと知っていたよ。
私も同じように、あなたが好きだったから。
だから、嘘をついた。
結局わかってくれない世界で、叶いもしない『未来』を望み続けるよりも、さよならをした方が、あなたが歩いていけるような気がしたから。
あの後、あなたからの手紙が途絶えた。
あなたが死を選んだらどうしようって、ずっと思っていた。
でも、そんなことはないって勝手に思っていた。私を好きなあなたならきっと、死を選ばずにいてくれる。
私ね、あなたの強さに甘えていたんだ。
どれだけ身体を傷つけても、生きることを選んできたあなたの強さに。
雪が降る9月なんて、もう一生来ないだろうね。
…もう、時間が止まってしまうんだから。
ねえ、あれからタバコはやめたんだ。
知ってる?あなたはタバコの匂いを嗅ぐと、少しだけ眉間にしわを寄せるの。お酒もそんなに好きじゃない。
中津川の河川敷、手をつないだとき。
もう一生離れたくないなって思っていた。
少し冷たい手に、なんだか緊張して頬は熱を持った。
ネオンライトが、白い肌の上で踊っていた。
抱きしめたとき、私、そのままでいたかった。
震えているのをごまかすために、急いで離れたけれど。
ねえ、私、今も金髪なんだよ。
太陽みたいってあなたが言ったから。
私が太陽なら、きっとあなたは海。
どこまでも深くて、やさしい。ずっと、私の心の中にいた。
走った。走った。走った。
耳元で花が揺れる、揺れる、揺れる。
涙を拭う。私に泣く資格はない。あなたを独りにしたのは、私だから。
だから、神様お願い。
最後に、もう一度だけ会わせて。
花が、揺れた。
ドアを開けたとき、あなたは少しだけ驚いて、それから泣き出した。
唇を重ねて、抱きしめた。それだけでもう、よかった。
『ありがとう』と、『ごめんね』は伝えられなくても。
痩せたその身体を、海のようなあなたを、私は二度と離さない。
時計の針の動く音がした。
耳から落ちたアルストロメリアと白い雪が、中空で止まった。
もうこのままずっと、二人でいよう。
大好きだよ。
了
あとがき
短編『アルストロメリア』に登場する『君』の視点で書いた物語。
余計な解説は、今回は控える。
とても思い入れの強い作品だったので、『君』側の気持ちも書きたくなった。それだけだ。
両作品ともに愛していただけたら、作者としてこれほど嬉しいことはない。