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フェレットを飼い始めたが、思ったのと違う

フェレットを飼っている人が、フェレットに関して語るとき、良い面を強調することが多いだろう。
そもそも、私のように、フェレットを飼いつつ、フェレットに「思ってたのと違う」と思う人は、そのことを大きな声で主張することは少ないように思う。
最初に書いておくが、決して、フェレット自身が悪いとは言わない。しかし、人間と暮らすには、思った以上の障壁があるように感じる。

フェレットについて

前提として、フェレットを飼ったことがない人に向けて、フェレットの特徴とされていることをあげていく。

フェレットは、長らく人間に飼い慣らされ改良されたイタチであり、野生には存在しない。
「好奇心旺盛」「人間好きで人なつこい」「鳴かない」「犬ほどの知能をもち、しつけができる」「トイレを覚える」「外への散歩がいらない」「たくさん寝る」

素晴らしいではないですか。可愛くて賢い。鳴き声による騒音問題も起きず、室内で安心して飼える。ペットとして最高なのでは?
といっても、逆に、フェレットを買う際の注意事項というのもある。

「毎日部屋に出して遊んであげる」「トイレや餌の世話はこまめにする」「寒さや暑さに弱い」「フェレットを診れる獣医が少ないので見つけておく」「年をとると病気になりやすく、治療費が必要」

OK、OK。そりゃあ、ケージに閉じこめてたらストレスも溜まるし、快適な環境や餌や清潔さは必須だよね。動物病院も近くにいる。費用も必要経費だ。

ここまで理解して、見た目の可愛さもあり、飼い始めた。ケージやおもちゃ、餌皿にトイレ。必要なものは全て揃えた。
お迎えしたのは、同じファームで同じ時期に生まれた2匹のオス。フェレットと過ごす日々、そう、ここからが全ての始まりだった。
想像を超える行動をする、フェレットとの闘いの記録をここに記す。

噛まれて手が傷だらけになる

フェレットには「噛み癖」というものがある個体もいる。我が家の2匹も、例外ではない。

1匹は、飼い始めたときから、甘噛みが上手だった。歯の鋭いところを避け、奥歯で軽く噛む。痛くもなく、じゃれているようで可愛い。
問題はもう1匹。半年経つ現在でも、全力で人間の手足を噛んでくる。甘噛みではない。全力攻撃である。私の手は、常に、噛み傷のカサブタだらけである。

噛む理由については、人間がフェレットに触れるなどしたときの恐怖心から噛む、といわれている。
それについては否定したい。ウッキウキで近づいてきて、噛んで、満足して去っていくのだ。もはや通り魔である。

もちろん、それを黙認するわけではない。
「痛い」と声をあげる、目を見て叱る、首をもって床にひきずる(フェレット同士のマウント手法を模倣する)など、いくつものマニュアル的な方法を行っている。
結果、人間を噛んだ後の逃げ足がどんどん早くなっていった。
ああ、フェレットは確かに、学習する生き物なんだな。私は感心した。今でも手は噛み傷だらけだ。

トイレを覚えるんじゃない、ウンコをしたい場所がトイレとなるのだ

フェレットはトイレを部屋の角でする習性があるという。人間には助かるが、よくわからない習性だと思う。角って、自然環境にはないだろうに。
部屋で遊ばせているときも、だいたいは、部屋の角に排泄物が転がっている。

部屋にウンコされて、なにをそんな呑気にしているんだと、思うかもしれない。
私だって、リフォームから1年経ってない家の床にウンコされるのは、不本意である。

いくつか対策は行った。
ウンコをしがちな場所に、フェレット用のトイレを置いてみた。
結果、他の角にウンコをするようになった。

なるほど、では、他の場所にもトイレを置いてみたらどうなるか。
結果、さらなる別の場所にウンコをするようになった。

これ以上、いろんな場所にウンコをされては困るし、人間の把握できない場所にウンコをされても困る。トイレ設置は、諦めることにした。

次に、ウンコしそうなときに、トイレに移動させるという方法をとることにした。この方法は、有効であった。
フェレットがウンコをするとき、後ずさりをして尻をあげるという、独特な動きをする。
フェレットの動きを刮目し、ウンコの予兆があれば、トイレに引っ張っていくのだ。
ずっと見ていないといけないのは大変だ。しかし、これで部屋を汚されない。そう思っていた。思っていたのだ。
彼らは、さらなる進化を遂げたのである。

どうやら彼らは、人間を、ウンコを邪魔する奴だと認識したらしい。
確かに、快適なウンコポジション(ウンポジ)を見つけたのに、それを無理矢理移動させてるなんて、いい迷惑かもしれない。
よって、彼らは、人間が見ているときにウンコをすることを止めた。
ウンコをしたいとき、人間を観察し、人間が他に視点を移したとき、素早くウンコをするのだ。

もう1つ、彼らは工夫をする。ウンコを出し切るのだ。
人間が持ち上げて移動させることなど気にしないで、そのまま空中でウンコを出し切るのだ。
その結果、被害は甚大となる。そうなるくらいなら、もう、そこでウンコしててくれ、片づけるから。そう思ってしまう。
しかし、それでは、彼らの思うツボである。
未だこの闘いは続いている。

よかれと思ったことは、だいたい裏目

これまで書いたように、人間の思いを散々引き裂いてくるのが、フェレットである。

ケージの金網が冷たいだろうと、ケージに敷いたラグは、切り裂かれてボロボロである。
たくさん遊んでも足を痛めないようにと設置したマットは、少しずつ隙間に爪をあててダメージを蓄積させ、めくりあげてしまう。
到底フェレットにはめくれないだろうと新調した特大に分厚いラグも、小さな隙間を見つけては、必死にカリカリしている。
ケージ外でも水を飲めるようにと設置した水飲み場は、2匹協力プレイで潰して、水浸しである。
危ないからと、部屋にある物を蓋付きのケースに閉まっても、そのケースを開けるために全力を出すため、ガムテープでぐるぐる巻きだ。
おやつをあげると、ケージの奥に隠して、「もらってませんけど?」という顔をして、またねだる。(これは可愛いので許す、でも、追加はあげない)

これからのこと

このように、フェレットという生き物は、(ある意味)とても賢い。
人間とペットが暮らすためには、お互いに折り合いをつける必要があるのであるが、それらは「思ったのと違う」ものだった。
もう今は、人間に甘えて寄ってくるフェレットを抱っこする、などという妄想はこれっぽっちも出来ない。
人間に寄ってくるのは、人間への興味というより、人間が部屋のドアを開けるという行動を期待してのことでしかない。
(いつも、洗面所やトイレのドアで押し問答をしている)

ただ、飼い始めてしまったものは、仕方ない。
彼らが寿命を全うするまで、彼らが生きるために必要なものと労働を提供しようと思う。
懐かなくてもいいよ。期待しないよ。環境だけは維持するから、せいぜい幸せになってくれ。

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