#17 『ほな、いこか』あごキング・前編(山口)
話し相手JAPAN TOURとは
『パクりまくり』
「すいません、この山道はあとどれくらい続くんですかねぇ」
「○▲#◇%&〜¥※★」
「えッ?」
「ひょひゃから、○▲#◇%&〜¥※★」
「え?(いま「そやから」って言うた?)」
暑さで集中力を欠いていたオレには、このおっちゃんが「ひょひゃから」を「そやから」と推理する以外は、まったく言ってる事が耳というか脳に入ってこなかった。
岩国から国道2号線をひたすら歩いてる時「2号線って、国が2番目に作った道ちゃうんかい!どこに道作ってんねん!ずっと山やんけ、ほら、アッチもヤマ、ソッチもヤマ、そこらじゅうヤァ〜マァって・・・ヤマ、どこまで続くねん、なぁ?って、この問いかけにダレが答えんねん!」
ひとりぼっちで会話調になってる自分に気付いた。
5月も後半となると昼間は日が照って結構暑い。で、あんまりにも山道の先が見えないのと、自分の行く末が見えなくて、ちょっと日陰で休んでた。
そんな昼下がりのひとときに、そのおっちゃんはママチャリで山道を登ってきた。50代前半ぐらいで地元の人にしか見えなかった。なんせ典型的なママチャリやから、そら地元の人やと思うでしょ。で、この先の道を尋ねた
「すいません、この山道はあとどれくらい続くんですかねぇ」
「○▲#◇%&〜¥※★」
「えッ?」
「ひょひゃから、○▲#◇%&〜¥※★」
一瞬、外国の人かと思ったが「ひょやから」というのが「そやから」に聞こえなくもない。ちょっと失礼かとは思いながらも
「えッ、なんですか?」
深呼吸をして、心を落ち着けて、耳をこらして集中して聞いた。
「そやから、ここはマのニッタ峠や」
「(峠って言うたよな)はぁ・・・」
「この峠は、まだまだ、ずーッと続くで」
「(この峠が?)まだまだ(続く?)ですか?」
「そやな」
そやな。って言うた。うん、いま、そやな。と。ここは峠で、まだ続くんか・・・と理解して
「えっと、なんていう峠でしたっけ?」
「そやから魔の新田峠やて言うとるやろ」
「新田峠、魔の新田峠ですか」
おっちゃんはアントニオ猪木に負けず劣らずな立派なアゴをたずさえていた。とにかく長いカーブを描いてた。そんなおっちゃんが、チャリンコを押しながら息も絶え絶えで坂を上ってきたのと、奥歯が何本かないので、空気がアチコチから抜けまくって、更に早口なので言ってる事の3分の1を理解するのがやっとやった。
この時は、まさかこの『あごキング』なおっちゃんと、2人での珍道中が続くとは思わんかった。
おっちゃんは腰を下ろしてしゃべりにしゃべった。ずっと一人やったからというのもあるんやろうが、ホントによくしゃべった。
きっと、言いたい事が次から次に出てくるんやなぁ、あごまではスムーズに。そんな風にボンヤリと聞きながら、おっちゃんの語尾が疑問形になるのが恐かった。たまに「なぁ?」と言われたら、たいてい
「そうっすね〜」
で返してた。
それでも『慣れ』というのはスゴイもんで、時間が経つにつれておっちゃんの喋る『あ語』が徐々に耳から脳に入って、理解できるまでに成長した。
ただ、なんでやろ?話を聞いてる時に、オレのアゴもビミョーに前に出てるのに気づく。
これからのおっちゃんとの会話は、たぶんこう言っただろうというニュアンスが大きく含まれてる。
「にぃちゃん、タバコ持ってないか?」
「タバコっすか?」
「アカンわ、タバコなくてイライラしとんねん」
「ありませんねん」
「そぉーか」
そぉーか。これは確かにそう言った。
「しかし、昨日、おとといは、えらい雨やったやろ」
「そうでしたね」
「神戸からチャリンコできとるんやけど、ビショビショになったわ。」
「ん?」
「で、にいちゃんどこからや?」
「オレはトウキョ・・・おっちゃん、神戸?神戸からチャリンコ?」
「そぉや」
「神戸からママチャリなんすか?」
「大阪で仕事なくなってもぉてな、しゃーないから、長崎で会社やってる友達に雇ってもらおう思ってな」
そぉ言えばおっちゃんは聞き取りにくいが明らかに大阪弁だ。
「それにしても、おっちゃん、なんでチャリンコやの?」
「そぉいうにぃちゃんこそ、なんで歩きやねん?」
たしかにどっちもどっちで、急に親近感が湧いてきた。
「いや、ワシはな、チャリンコで来るつもりはなかったんやで。アマ(尼崎)に友達がおってな、長崎に行く前にそいつのとこに行ったら住所変わってて、いてなかったんや。しゃぁないからその日はサウナホテルに泊まったんやけどな、財布パクられて、しかも買うたばっかりの上着もパクられて、小銭しか残っとらんのや、ホンマ腹立つわ」
というような、切ない身の上話を聞かされた。
「それはヘコみますねぇ。(「あごは出てるけど」は、飲み込んだ)」
「ものすごいヘコんだで」
「でも、おっちゃんよかったやん、チャリンコだけでも残ってて」
「いや、このチャリはパクったんや」
「おっちゃんもパクっとんのかいな!」
「ホンマはアカンねんけどな、しゃーないやろ」
いやいや、しゃーなくはない。
チャリンコのかごの中にはパンと午後ティーのペットボトルがあったが、どうしたかは、あえて聞かんようにした。
おっちゃんはカバンの中からトラックの運ちゃんにもらったと言い張るキリンレモンをくれた。しばらくしゃべって、おっちゃんが腰を上げた。
「ほな、ボチボチ行こか、1人より2人の方がええやろ」
と、おっちゃんはママチャリを押して、一緒に歩き出した。
たしかに、1人より2人の方がええけど、会話する時は相当神経を研ぎすまさなイカンのでカラダより脳が疲れた。
よくよく考えたら上り坂やから、そらぁ一緒に歩くわなぁ。
ところがおっちゃんは下りになってもチャリンコを押して、歩くのに付き合ってくれた。乗って行けば、おっちゃん楽やのに
そして、オレの脳も少し楽になれるのに。
おっちゃんは、たぶん喋り足りなかったんやと思う。ちなみに、峠を越える時に、ここの峠が甘木峠だという事が分かった。
「おっちゃん、魔の新田峠って言うてなかった?」
「おかしいなぁ、どこ行ってんやろ新田峠?」
峠は動かんやろ!なんか峠の方が動いたように言うたけど。
ええかげんなおっちゃんやったけど、「一緒に」っていう気持ちが嬉しくて、次の郵便局が出てきたら、2万円を割ってしまった残金から、ちょっと下ろして、おっちゃんにタバコを買ってあげようと思った。
というのも、この時の2人の所持金合計が162円。内訳は、おっちゃん155円で、オレ7円。お互い笑うしかなかった。
小さい街に着いたのは午後2時をちょっと過ぎてた。で、郵便局でお金を・・・ありゃ?のぉぉぉぉぉぉ〜ッ!今日、日曜日やん!
田舎のATM、午後1時までぇぇぇぇ〜!!!!!
徳山に向けて歩き出した。徳山まで30キロ、今日中にはタバコを吸えそうにないおっちゃんはガックリきたようで、口数が激減した。
なんとかおっちゃんの元気を取り戻す方法はないか?
「なぁ、おっちゃん。徳山やったら新幹線も止まるし、大きい郵便局もあるやろうから、ATMも5時までやってるかもわからんで」
「ホンマかいな」
おっちゃんのテンションが一気に上がった。
「もしオレがヒッチハイク出来たら、徳山でタバコ買って待ってるわ。」
「ワシは、どないしたらええんや?」
「おっちゃんは、とりあえずチャリで徳山に向かい」
「そやな、チャリンコでヒッチハイクはでけへんもんな」
おっちゃんはチャリンコにまたがりながら
「ヒッチハイクでけへんかったらどうするんや?」
「そん時は、歩いて徳山まで行くから待ってて」
「そやな、ヒッチハイクでけへんかったら歩くしかないわな」
「一緒に徳山で野宿して、朝イチにお金おろしてタバコ買お!」
「そやな、そうしよ」
そぉ言って、おっちゃんはママチャリをこぎ出した。
おっちゃんと5時間過ごして、初めてチャリンコをこぐ姿を見た。おっちゃん、それパクったチャリンコやけどな。
タイムリミットは2時間。なんや、この高揚感は?とりあえず、ヒッチハイクに適したポイント探しをしながら歩いた。
な、な、ない、ポイントがない。1時間小走りで歩いて、ようやくヒッチハイクポイントを見つけた。
5時まであと1時間。なんか安っぽい映画の爆弾処理までのタイムリミットのように時間は過ぎて行く。
そんなタイミングで、広山さん一家の車が止まってくれて乗せてくれた。
「いやぁ〜初めてやけんね、ヒッチハイカーなんて乗せよったんわ」
元暴走族の広山さんは嬉しそうに言ってくれた。助手席に乗ってる奥さんのあゆみさんは、セクシーなキャミソールで肩には天使のタトゥ−をしてる。息子のライ君は、お父さんの見事な散髪で、プロレスラーの天山みたいに後ろ髪だけ長くされていた。そんな広山さん一家は徳山を目指してくれた。
しばらく走ったらおっちゃんが立ちションをしてた。
見つけるタイミングとしては最高だが、見つけられるタイミングとしては最悪だったと思う。
「おっちゃん、荷物乗せてったるわ」
「おぉ、そうか。チャリンコは乗れへんもんな」
そんな訳で、盗んだママチャリの罰が当たって、車に乗れなくて悲しい目をしたおっちゃんを残して車は徳山に急いだ。余談だが、広山さん一家は、おっちゃんが言ってた事を聞き取れなかった。
荷物だけ受け取って、しばらく走って「おっちゃんの名前も知らんし、携帯持ってないし、そもそも徳山で会えるんかな。まぁ、なんとかなるか!」そんな事を思いながら徳山に着いた。
大きな郵便局、開いてた。ビンゴ!!
弁当2つと、おっちゃんのセブンスターを買って待ってたら、遠くからママチャリを漕ぐおっちゃんの姿が、徐々に大きくなってくる。
ママチャリとおっちゃんのミスマッチ具合・・・アレは、確実に職質されるな。パクったチャリンコにしか見えへんわ。
おっちゃんと再会した時、6時を回ってた。
弁当の前に、まずマイルドセブンを一服して「うまいなぁ〜」と。そして無言で食べるハンバーグ弁当。おっちゃん、さっきの「うまいなぁ〜」は、弁当の時に言うてくれよ。
おっちゃんは、弁当を食べ終わって、もう一服した。ホントなら
「ほな、にいちゃん元気でな。弁当もタバコもうまかったわ」
「おっちゃんも元気でな」
となるはずやったのが、立ち上がったおっちゃんは
「ほな、ぼちぼち行こか」
え?行こか?
「1人より2人の方がええやろ」
10時間前に聞いたセリフが再び出てきた。オレは、1人でもええねんけど。と思いながらも、まぁ・・・ええか。と2人で歩き出した。
後編につづく
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