#30 『ジェームズ』(那覇〜コザ〜那覇)
『靴・・・どこいった?』
靴を盗まれたようだ。
何度か靴を買ったが、今履いてる靴は、いや、さっきまで履いてた靴は、博多でTMネットワークの木根さんに買ってもらった(その時のエピソードは『#20 変わり身の術・忍者〜花屋』)夏仕様で生地がメッシュになってて実に快適な靴だ・・・った。
例え木根さんに買ってもらってなくても、靴は大切なパートナーだ。そんな靴を久々に洗った。ペラッペラの安っすいサンダルを買って履き替え、県庁の外にあった水道で靴を洗って、沖縄の日差しを革じゅうに浴びせてあげようと県庁前の広場に干した。
1時間ほどして戻ったら、靴が・・・ない。なくなってたのだ。干した場所を間違えたわけじゃない、なぜなら、靴を干してた場所に
中敷きだけがポツーンと置いてあった。
置き去りにされてた中敷きの切ない姿・・・
ある?そんな事ある?完全に確信犯やん!「中敷きは・・・いらんか」って置いていってるやん。何してくれてんねん!!まさかとは思いながら、しばらくはパレットに寝に来た人たちの足元ばっかり見てたわ。
分身がいなくなった。この先のことを考えたら靴は必須だ。靴なしでサンダルだけで過ごす沖縄生活は、ただのバカンスだ。いま、サンダル、しかもペラッペラのサンダルと中敷きしかない。もちろん中敷きはサンダルよりペラッペラだ。
靴を買うためにもバイトを探さなければ・・・
『仲本さん』
てっちゃん(『#28 てっちゃん』)は、大学時代の友達(仲本くん)の実家が那覇にあるので訪ねてきたらしい。
ただ、仲本くんは埼玉にいて、実家に居るわけではないのに挨拶に行ったらしい。
そして、仲本くんのお母さんから「泊まって行きなさい」と言われて、そのままお世話になったらしい。
泊めてもらうという事は、もちろん夕食なんかも食べたに違いない。
てっちゃんは、旅のスタートから『温室育ち』だ。
しかも、泊めてもらったりご飯を食べたりというライフラインだけでなく、歌うためのライブハウスを紹介してもらったり、とにかくものすごく面倒を見てもらってた。あいつは『エアコンの備わった温室』で育ってる・・・まぁ、それもひとつの才能だ。
そんなてっちゃんが、泊まりに行った時に『パレットくもじ』で野宿する33歳コメディアンの事を話してくれたようで、てっちゃんから「仲本くんのお母さんに、福島さんも映画見ませんか?って誘ってもらったんですけど、どうしますか?」と・・・どうやら
温室の扉がオレにも開いたようだ。
行く。行くに決まってるだろ!
そんなこんなで、実家に居ない息子の友人と、その友だちの知り合いも一緒に映画に誘って下さった。もぉ、この時点で仲本くんのお母さんは仏様だ。
仲本くんのお母さんは、せっかく沖縄に来たのだから、沖縄のことを知ってもらいたいと言って沖縄の代表的な映画『ナビィの恋』に連れて行ってくれた。
沖縄の文化やら習慣やら人柄がつまったステキな映画だった。映画が終わって、娘さんとも合流して、レストランでご飯を食べた。
レストランもお皿の上に乗った料理もいつ以来やったっけ?
仲本くんのお母さんと娘さんは、ずっと笑ってた。
恩納村に行く前(『#29 居酒屋・海ぶどう』)に台風8号が沖縄上陸するというニュースがありました。
その時に、仲本くんのお母さんから「うちに泊まりなさい」と言ってもらったのですが「パレットくもじは、屋根もあるので大丈夫ですよ」と答えたら、真顔で「沖縄の台風をなめたらダメだよ」と言われました。
で、仲本くんの実家に泊めてもらったのですが、ちょうど単身赴任から帰ってきてたお父さんが居て、急に短期宿泊の居候が2人増えてビックリして、ずっと泡盛を飲んでいました。
この日が、沖縄上陸後、初めての布団での睡眠でした。
長く野宿生活が続いてたので、2時間毎に体が勝手に起きてしまう。
たぶん外敵から身を守る動物って、こんな感じなのだろう。夜中に直撃してる台風のものすごい音と、その横で、お父さんが、ものすごい音のイビキを立てていた。
沖縄の台風と沖縄のお父さんのイビキの大きさをしみじみ感じた夜でした。
台風が去った日の朝、仲本家を出る時に、お母さんから「困ってるんだから持っていきなさい」と5,000円を頂いた。
本当に、心からありがたく頂いたのだけど、夜いつものパレットくもじに戻って、いつまでも眠れなかった。
台風の影響があって風が強い事もあったけど、それ以上に、沖縄に来てから3週間、那覇から、パレットから動かずにいる自分の中で、台風以上にものすごい音を立てていた。
頂いた5,000円で歩くための靴を買って、その靴で恩納村まで行きました。
恩納村では、運良くバイトが見つかったのだけど、あの頃のことを思うと、やっぱり自分で引き寄せたのだと思うのです。
あのまま動かずに那覇にいたら、ずっと自分の中で台風の音が大きくなって周りの音が聞こえなくなってたんじゃないかと思います。
恩納村から帰ってきてから、やっと沖縄から出る準備が、お金的にも気持ち的にも整っていった気がします。
『バイト』
恩納村でバイトをさせてもらって那覇の国際通りに帰ってきたら、仲本さんの娘さんのまゆみさんから連絡があって、「沖縄市のコザ運動公園でエイサー祭りがあるんだけど、そこでバイトしませんか?」と。
流れが、来てる。
2日間のボスは、ジェームズという沖縄市在住のアメリカ人だ。
バイトの内容は『イライラ棒』のオジサン、そう、テキ屋のバイトだ。ただ
「ミセバンシテルヒト コレデキナイト オキャク ヤラナイヨ」
「なるほど、たしかに・・・イエス アイ アンダースタンド」
「プラクティス!」
「イエス BOSS」
なので、お店が忙しくない時は、自分がイライラしてる。
そんな時は、ジェームズが手本を見せてくれる。めちゃくちゃ上手い。
「ホラ カンタンダロ?」
ジェームズとは同い年だった。オレの歳を聞いてジェームズは笑ってたが、オレも笑ったからな!
そんなこんなで、三ノ宮でのテキ屋のお手伝いを思い出しながら、呼び込みをした。
「はい、300円で2回イライラ出来るよ!」
「アッチでイ〜ヤササ(エイサーの掛け声)コッチでイ〜ライラどう?」
「そこのカップル、ラブラブ?どう、ちょっとイライラしていく?」
楽しいバイトだった。
ただ、子どもが来ると、なんかものすごい心が痛い。
もちろん当たりのないクジとか、倒れない射的ではなく、ちゃんとゴールまでイライラ棒をくぐらせれば景品をプレゼントするのだが、なかなか子どもには難しい。
小学生がやりたそうな顔をしてると「来るな、来るな、これは難しいから中学生になってから来なさい!」と念じてた。
初日の祭りを終えて、ゴキゲンだったジェームズは、コザのお店へ飲みに連れて行ってくれた。
1軒目で乾杯をしたら、そのビールが飲み終わらないうちに「Next!」と言って、ビールを片手に持ったまま次の店に向かった。
2軒目は広い店だったので、ここで朝まで仮眠を取って・・・
「Next!」
ん?今、ネクストって言うた?
ジェームズは飲み始めると、カタコトの日本語がなくなって全部英語になる。そして落ち着きもなくなるジェームズだった。
3軒目のカウンターだけのお店で、ゆっくり腰を落ち着けて朝まで・・・
「ここは俺の店だから、好きなだけ飲んでいいぜ、じゃぁ、明日な!」
というような事を英語で言った気がした。
え?帰るの?ジェームズは家に帰るの?
そしたら2軒目の広いお店に連れて帰ってくれないかな?あそこだと眠れそうな・・・いない。
結局24時間やってるモスで夜を明かした。
2日間のバイトを終えて、またジェームズは飲みに連れて行ってくれた。そこで売上金の中から14枚の千円札を数えて、そのまま渡してくれた。
2軒目で、レオンという経理担当の人にアレコレ言われながら、ジェームズが領収書をポケットから出して、レスラーみたいな太い指で小さい計算機のボタンを押してた。
今日もビールのハシゴだ。行く店行く店、全部ジェームズのお店だった。
ジェームズは、歩いてここまで来た事を知って、よく映画で見る両手を上げて首を振りながらの「オーマイゴッド」と「クレイジー」を連発してた。
最後は、タクシーを捕まえて運転手にお金を払ってくれて
「来週も祭りがあるから、いつでもバイト待ってるぜ!」
的な事を言ってたと思う。
「サンキュージェームズ!」
気持ちはありがたいけど、来週は、きっと沖縄にいないと思うぜ。というような事を英語でカッコよく言いたかったが、結局
「See you どっかで!!」
と言って別れた。
次回は、沖縄から出る・・・んじゃないかと思います。
他に書き忘れてることがなければ・・・