#18 『ほな、いくわ』あごキング後編(山口)
話し相手JAPAN TOURとは
(前編のつづき)
「ほな、元気でな」
「おっちゃんも」
と、なるはずやったのに。
おっちゃんが、弁当を食ってタバコを吸い終わり、パクったチャリンコにまたがって走り去るかと思いきや
「ほないこか。1人より2人の方がええやろ」と、
まさか、おっちゃんとの2人旅が、まだ続くとは思わんかった。
とはいえ断る理由もないし、おっちゃんの『あ語』が、だいぶすんなり入ってくるようになってきたという事もあって2人旅を受け入れた。で、2人してひたすら歩いた。オレもタフやけど、おっちゃんもタフだ。
夜の9時になると真っ暗で、まだまだこの先は峠っぽかったので、この日は無人の『福川』という駅で過ごす事にした。『防府・新山口方面』のホームでオレが『徳山・柳井方面』のホームにあった長イスでおっちゃんが寝た。
夜中の12時くらいやったと思う。そわそわしたおっちゃんが『防府・新山口方面』のホームにやって来て
「なぁなぁ、フクシマくん、駅前に置いたチャリンコやけどな、ホームに持ってきといた方がええかなぁ?」
「ホームに?なんでやの?」
「あそこ置いてたらパクられるかもわからんやろ」
「自分パクっといてよぉ言うわ!」
次に目が覚めたのは 夜中の3時頃やったと思う。おっちゃんが寝てた場所にいない。ふと、見ると無人駅の待合室のところにチャリンコを置いてゴソゴソしてた。
「ナニしてんの、おっちゃん」
「いやな、ここのステップが壊れとったから直してたんや」
「へー、うまいこと直してるやん」
「バネがな、イカレとったんや」
「そのバネ、どないしたん?」
「あっこのチャリンコからパクった」
「おっちゃん、ホンマ、ええかげんにせなアカンで!」
ちょっと気まずくなったが、4時には寒くて歩き出した。おっちゃんは、パン屋を見つける度に
「おっかしいなぁ、普通はこの時間になったら配達されたパンが置いてんねんけどなぁ」
またパクる気だ。ちょっと目を離したスキに、手にはスポーツ新聞を持ってた。もぉパクりまくりだ。だいぶ明るくなってきた時だった
「ほな、わし行くわ」
怒られた事を気にしてたのか、突然、おっちゃんから別れの言葉を切り出された。いや違う、カップルやないねんから。とはいえ、別れは突然であっけなかった。
おっちゃんは、友達の電話番号を紙に書いて「長崎来たら連絡しぃや」と、渡してくれた。「早く長崎に着いて、友だちの仕事出来たらええな」と言ったのは、おっちゃんのためと言うより、この先おっちゃんがチャリンコで通過していく2号線沿いのパン屋さんのために、心から思った。
とにかくおっちゃんは、早く長崎に行かないとパクり続けるだろう。
「まぁ、3日もあったら着くわ」
1日平均100キロ走ってきたおっちゃんは軽やかに走り去った。久しぶり(とはいっても2日ぶり)に1人で歩いてたら、シャッターが開いたばっかりのパン屋さんがあったので菓子パンを買った。
さっきまで閉まってたお店やから、おっちゃんが通過した時に菓子パンを1,2個パクってる可能性が高いので多めに買った。
オレのポケットには、また62円しかなくなってる。おっちゃんのポケットには、今も155円入ってる。
あの金、いつなくなるんやろ?とんでもないおっちゃんやったけど、二度と会うことないかと思うと、ちょっとだけ、寂しいなぁと・・・この時は確かにそぉ思った。
それが、まさかなぁ
『おっちゃん、リターンズ』
「は?え?なんて?」
携帯の受話器からスペイン語が流れてきた。いや、日本語なのだが、聞き取りにくい。この声の主は『あごキング』のおっちゃんやった。
福川駅から一緒にちょっと歩いて突然サヨナラしてから、オレは山口市に寄ったり、宇部に向かったりして3日が経った。「長崎来たら連絡しぃや」と言ってたおっちゃんが、長崎に着いた日に連絡して来た。
「ウツシマくんか?」
「あ、福島です」
「ウツシマくやろ?ワシや、ヒマダ(島田)や」
「うん、スグ分かったわ」
対面で話す以上に、電話だと聞き取りづらくて、福島くんが、ウツシマくんと聞こえる。たまに、ムツシマくんと聞こえる時もあるが、おっちゃんからだというのは、スグ分かる。
「おっちゃん、長崎着いたん?」
「おぉ、着いたんは着いたんやけどな・・・」
「どないしたん?」
「長崎のツレのとこも仕事なくてな、これから神戸に帰ろと思てるんや」
「そぉっすか、残念でしたねぇ、神戸で仕事見つかったらイイです・・・」
「ウツシマくんは今、どこにいてんのや?」
「もうちょっとしたら宇部で、下関に向ってるとこ」
「ほな、下関で会おか」
「・・・・・」
下関まで60キロの地点にいた。
下関に向かって歩いてる時に、突然チャリンコにまたがるおっちゃんと再会するより、心の準備が出来てる方が安心やもんな。と自分に言い聞かせながら電話で話した。
「おっちゃん、オレたぶん2日ぐらいかかるで」
「わしも新しいチャリンコにしたから2日もあったら着くと思うわ」
言うてる意味が分からんが、まぁ、どっちにしても下関から関門海峡を渡って九州上陸するんで、とにかく下関に向けて歩いた。ただ、この電話以降おっちゃんから連絡が途絶えた。
長崎から関門海峡の橋まで、ほぼ200キロ。オレより、ちょっと早く着くと思ってたが、どうもオレが先に着いた。待ってる時は
雨も降ってきたし、おっちゃん金も持ってないやろうからなぁ
どっかで倒れたりしてないやろなぁ
なんかパクって捕まってんねやったら、まぁエエけど
んッ?アカンアカン、なんかパクったらアカン。たぶん新しいチャリンコっていうのもパク・・・長崎の友だちから貰ったチャリンコやと信じよう。
結局、本州側で待つのも、九州側で待つのも同じなんで、関門海峡を渡った門司(九州)側の関門トンネル入り口で待ってた。
それでも、おっちゃんからの連絡もないし九州上陸の感動も海底トンネルを渡らされた事で半減したし、待ってて会えるかどうかも分からんし、このまま小倉に向かうか・・・と思いながら、トンネル前のベンチで寝てた。
「ムツシマくん、ムツシマくん」
「んッ?あッ、おっちゃん!」
おっちゃんに起こされた。
「心配したで、どないしたん?」
「スマンスマン、小倉でな、ポリに『そのチャリンコ盗んだんちゃうか』って言われてな、交番で4時間も尋問されてたんや」
「なんや、そやったんか。そら、災難やったな。」
ん?待てよ・・・
「なぁ、おっちゃん、そのチャリンコは、パクってないんや?」
「いや、パクったやつや」
「それで、なんで4時間で済んでんの?」
「いや、ワシがパクった証拠あんのか!って言うたんやけどな、ホンマしつこいんや。ポリがな『さっきと言うてる事が違う』って言いよるからな、4時間も尋問されたら間違う事もあるわ!ワシは、これからも何回も間違うぞって言うたったんや。そしたら『もうええわ』やて。」
「無茶苦茶やな。なんで『間違う宣言』してんねんな」
たぶんポリも、おっちゃんがナニ言うてるか分からんかったんやろな。
おっちゃんは長崎のツレから5万円を借りてきたらしい。
「しっかし腹減ったなぁ〜」
「5万借りて、なんで腹減ってんの?」
「いや、途中で馬(競馬)やってんけどな」
「何してんねんな!!」
「1−9が来てたら、ワシ今97万持っとんのやで」
「来るかいなッ!」
「それは、分からんで、ムツシマくん。」
ムチャクチャにもほどがある。それでもオレにチョコをくれた。オレもおっちゃんにセブンスターを2箱あげた。
ベンチで1時間ほどしゃべって、おっちゃんはニューママチャリにまたがった、トンネルに背を向けて。あれ?背を向けた?
「ほな、ボチボチ行こか」
なんで、そーなんねん?
「おっちゃん、神戸に帰るんちゃうの?」
「まぁ、別に行くとこもないし、1人より2人の方がエエやろ」
出た!あの言葉!!一瞬、蒲郡で会ったエイジさんを思い出した。
「おっちゃん、やっぱりオレは一人で行くわ」
「それは義務か?」
「いや、はッ?義務?」
「1人で行くのは義務なんか?」
「いや、義務ではないねんけど、そう決めたから」
おっちゃんはしばらく黙ってた。タバコを1本吸い終えたら
「ほな、ここで別れよか、元気でな」
「おっちゃんもな」
「いやぁ〜、遅なって悪かったなぁ、ポリに捕まってなかったらもっと早かったんやで、ホンマにムカつくわ。」
「まぁ、でも、会えてんから良かったわ」
「せやな、良かったな」
チャリンコを押しながらトンネルへ向って行った。ちなみに関門トンネルを渡る時、歩行者はタダだが、自転車は入り口の貯金箱みたいなとこに自主的に20円を入れる事になってる。
もちろんおっちゃんはシカトしてた。っていうか、貯金箱をちょっと覗いてた。パクる気マンマンやったけど、諦めてた。
たぶん神戸にたどり着くまでに、あと3回は捕まるやろな。
なんか、ムチャクチャなおっちゃんやったけど、おもろかったわ。仕事見つかったらええのにな。んッ、待てよ、もしかしてこのチョコってパクったやつちゃうんか?アカンやん!
あのおっちゃんに、大きくないけど程々のバチが当たりますように。
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