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[論文自己紹介] エンペラーペンギンのタイムリミット

(バイオロギング会報 2012年2月号より)

Shiomi K., Sato K., and Ponganis P.J. (2012).
Point of no return in diving emperor penguins: is the timing of the decision to return limited by the number of strokes?
Journal of Experimental Biology, 215, pp.135-140
オリジナル論文

肺呼吸の潜水動物は、餌獲りや移動を水中で行う一方で、呼吸のためにいつかは必ず水面に戻らなければいけません。水中に長く滞在すればその潜水での獲得餌量や移動距離が増加することを期待できますが、その分潜水後の回復に時間がかかり、長い時間スケールでの効率が低下する可能性も高まります。したがって「いつ潜水をやめるべきか」という決断は潜水動物にとって単純な問題ではなく、常にジレンマを抱えているように思われます。

このような背景から、潜水時の最適な時間配分や採餌戦略について、理論モデルや実測潜水データを用いて論じた研究が数多く行われてきました。それらの先行研究においては、時間パラメータとして主に潜水時間やボトム滞在時間が使われています。行動の「結果」であるこれらのパラメータは、エネルギー収支や生理的負荷を考える上で、もちろん必須の情報です。しかしながら、特に数百mを超えるような深い潜水では、水面への浮上開始から実際に水面に到着するまでの時間差が大きくなるため、「いつ水面へ向かい始めるか」という決断をするタイミングもまた重要なのではないかと私たちは考えました。

そこで、鳥類の中でもっとも潜水能力の高いエンペラーペンギンを対象に、潜水終了決断時間に着目して潜水データを解析しました。用いたデータは、採餌トリップ中の個体10羽(グループA)、ペンギン牧場と呼ばれる半野生環境(※)に置かれた個体3羽(グループB)から取得されたものです。

※ 定着氷上に設置した人工柵の内側に潜水穴が開けられている。柵内に入れられたペンギンはこの穴から自由に潜水を行うことができるが、周囲に他の出口はないため、必ずこの柵内に戻ってくる。潜水生理実験を行う目的で考案された実験系。

「決断時間」を水面へ引き返し始めた時間と定義すると、グループAでは、深度によらず決断時間に上限が存在しており、5~6 minまでに水面へと戻り始めていました。しかし一方で、グループBの多くの潜水では決断時間がこの上限値を大幅に上回っていたことがわかりました(max. 11.7 min)。なぜ、このような違いが生じたのでしょうか。

肺呼吸動物の潜水行動は最終的には生理的要因によって制限されている可能性が高いため、水中での運動コストの指標であるストローク回数を調べました。ストローク回数は、潜水中の酸素消費量に比例することが過去の研究で明らかにされています。

解析の結果、グループBではストローク頻度がグループAよりも小さく、決断時間の上限値におけるストローク回数はどちらのグループでも同程度であったことがわかりました。つまり、エンペラーペンギンの潜水においては水中での経過時間そのものではなく、筋肉の酸素消費量が水面へ戻り始めるタイムリミットに関わっていることが示唆されました。単位時間あたりのストローク回数や水中での代謝率を減少させることが潜水時間の延長に貢献するという説はこれまでにも提唱されてきましたが、エンペラーペンギンの行動から、それらが潜水終了の決断に影響を及ぼしている可能性が示されたのです。

エンペラーペンギン以外の潜水動物でも、水面へ戻り始めるタイミングを調べることによって新たな潜水戦略が見えてくるかもしれません。



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