「自分が何を知りたいか」を知らせてくれるバイオロギングデータ
私が「バイオロギング」の存在を初めて知ったのは、2005年のことです。留年の危機を免れるために早起きをして受けていた大学の講義で、予期せず、バイオロギングを使ったペンギン研究のお話がありました。
その日その時まで、動物行動の研究をするとも鳥の研究をするとも考えていなかったのですが、一瞬で心をガシッと掴まれ、「これだ…!!」と思いました。その翌年に卒論研究が始まってからずっと、鳥類を対象としたバイオロギング研究に取り組んでいます。
「バイオロギング」ってなんだろう
「バイオロギング」とは、動物の身体に記録計(データロガー)を装着して、行動や周囲の環境を時系列データとして記録する技術です。
ロガーが付いた動物を放ち、一定期間後に再び捕獲してロガーを回収するか、ロガーと受信器との無線通信 [例: 下図] によって、様々な種類のデータを取得できます。
私たち「観察者」が動物を追いかける代わりにデータロガーを帯同させることによって、目視での直接観察が難しい環境での行動(空中/水中での行動、長距離移動、など)や、目の前に動物がいたとしても入手することの難しい情報(生理状態、脳活動、など)を間接的に「見る」ことができるというわけです。
1960年代に開発されたこの技術は、デジタル化・ロガーの小型化・パラメータの多様化・データ通信システムの発達、などを経て、様々な動物・様々なテーマの研究で用いられるようになりました。
2010年に出版された総説(高橋・依田 2010 日本鳥学会誌)では、「バイオロギングは、複雑に関係する動物の外的環境、内的状態、行動という一連の生態過程を個体レベルで統合する研究手法である」と説明されています。著者らは、その生態過程を7つの要素 [下表] からなるフレームワークで表して整理し、鳥類を対象としたバイオロギング研究での主要な発見を紹介しています。
2010年以降も、バイオロギング技術は日進月歩の発展を遂げてきました。バイオロギングによって行動を記録できる種や測れるパラメータは、今も増え続けています。
ツールとしてのバイオロギング
以上の紹介だけでも、バイオロギングが動物研究にもたらすメリットは明白かもしれません。バイオロギングは、動物の行動生態に関わる疑問を解明するパワフルなツールとなっています。
ですが翻って、バイオロギングは、あくまで研究手段の一つとして位置付けられている(その傾向が強まっている)とも言えそうです。
バイオロギングを「道具」とみなすならば、使う人が増えれば増えるほど、バイオロギングそのものは、当たり前の存在として特別視されるものではなくなる(既になりつつある)と考えられます。
それは未来の明るい景色のひとつだろうと想像する一方で、バイオロギング贔屓の私としては、ちょっと寂しいな…...という気持ちがあります。「バイオロギング」にはいつまでも特別な存在であってほしいというか.…..。
そのようなわけでこの記事では、これまで(たぶん)あまり強調されてこなかった側面にフォーカスして、バイオロギングに特有の「よさ」もやっぱりあるよね!と言いたい、あわよくば、もっと多くの人にバイオロギングをやってみたくなってもらいたい、と思っています。
問いの「前」にバイオロギングを使う
この問いかけは、初めて読んだ時から、私の頭の片隅にもずっと留まり続けています。バイオロギングが、ツールとしての役割を超えて「バイオロギング学」になり得るのか、という問いかけとも言えるのでしょうか。
私はまだ、この問いに対する明確な答えを持てていません。ですが、バイオロギングというものが、解くべき問いや自分自身の中にある関心ごとをあぶりだすという役割も果たし得ることを、この言葉は表しているのではないかと考えています。
バイオロギングデータには、「自分が得たいと思っていた情報」だけでなく、「あるとは思っていなかった情報」「知りたいと自覚していなかった情報」が含まれていることがよくあります。
そのため、ロガーに記録されたデータをじっくり観察することによって、当初は想定していなかったような問いやテーマに行き着く可能性があるのです。
つまり、研究サイクル [下図] に当てはめた時、バイオロギングが「問いの前」に登場する場合と「問いの後」に登場する場合で、発揮される役割・機能が異なるのだと考えています。
先ほど「あまり強調されてこなかった」と書いたのは、「問いの前」に使うケースです。
「気づく」を繰り返して問いが見つかる
ここで、私自身のバイオロギング経験談を少し書きたいと思います。
これまた遠い昔の話になりますが、大学院生時代に、亜南極の島でキングペンギンのバイオロギング調査をしました。調査当時の様子は、以下の記事で報告しています。
この写真↑は、調査で得られたキングペンギンデータを印刷した裏紙の束です。日本に帰った後は、パソコン内でのデータ観察に加えて、この紙束をいつも持ち歩いてひたすら眺める、ということをしていました。
1羽につき数10枚あるそのグラフたちを、行きつ戻りつずっと見続けていると、そのうち、ぽつぽつと「何か」に気づくようになっていきます。泳ぐ速さのベースラインがこことここで違っているような.…..とか、深度の変化の仕方が2パターンあるような.…..とか、重要な特徴であるのかどうかもはっきりしていないあれこれです。
そしてその「気づく」を繰り返していくと、だんだん「キングペンギンがどういうつもりなのか」がわかってきたような気分になっていきました。あくまで「気分」なのですが、どの対象種のデータでも、紙の上の無表情な点や線が、どこかの段階で生き物っぽく変身する瞬間がある気がするのです。
「知りたい」と気づいたこと
もう1つ重要な点として、データを見ているうちに、自分自身がこのデータセットから「何を知りたいのか」もなんとなく掴めていきました。バラバラの気づきに、1本の串が通されていくような感覚です。
バイオロギングデータにどっぷり浸る時間を過ごしたことによって、キングペンギンについて私が知りたいことというのは、
「空を飛べないペンギンが、限られた時間の中で、数百キロに及ぶ長距離トリップを達成することを可能にする行動ルール」
なんだと整理できました。
キングペンギンは遠くにある良い餌場を目指しながら、道中でも数100mの深さまで潜って餌を取っています。このように鉛直移動と水平移動を両立させるために、どのように行動を調整・選択しているのだろうという疑問です。
そこからのデータ解析で、「キングペンギンは時と場所に応じて、泳ぐ速さ・潜水経路・潜る角度・体内空気量を調節することによって、巣で待つヒナを飢えさせることなく長距離トリップを達成している」と示唆する結果が得られました。
(Shiomi et al. 2016 Mar. Ecol. Prog. Ser.; Watanabe et al. 2023 Mar. Biol.; Shiomi et al. 2023 Mar. Biol.; Shiomi et al. 準備中)
問いの「その先」
そのような研究プロセスを、複数の対象動物やデータセットについて繰り返していくと、今度はそれらすべてを包括するような関心ごとの輪郭が浮かび上がってきます。
そうやって自分自身の関心ごとを自覚できたことによって、鳥以外の動物行動を対象にした共同研究が始まったり、行動生態以外の分野の方々とのコラボレーションが増えたり、という「知りたいこと」のその先の世界が広がっていく経験をしました。
バイオロギングデータのいいところ
話を戻します。
研究対象をじっくり観察することによって、問いや仮説が引き出されるというプロセスは、バイオロギング研究に特有のものではありません。それでは、私がした経験というのはバイオロギングの性質とは関係なく起こったことだったのでしょうか。
その可能性もゼロではありませんが、私は、バイオロギングデータにはデータを見ている人が自身の問いや関心ごとに気づきやすくなる特性が備わっているのではないかと考えています。
それは、
1度きりの瞬間の連なりを、何度でも、いろんな見方で観察できる
観察の時間/空間スケールの拡大/縮小(俯瞰と接近の切り替え)を柔軟にできる
という点です。
これらの特徴が、バイオロギングデータを通して間接的に動物行動を「見る」人の主観を、特に現れやすくしているのではないでしょうか。
もしそうだとしたら、そうなのだとしたらですね、バイオロギングデータにそれぞれの人の主観が掛け合わされることで、必然的にオリジナリティーのある研究が生まれるようになっている、ということになりませんか。
つまり、バイオロギングデータを見る人の数が多ければ多いほど、おもしろい発見が増え、未踏領域が開拓され、バイオロギング研究分野がおもしろくなっていくはずである、というのが私の持論です。
なので、ご自身の研究ではバイオロギングを使うつもりがなかったという方々にも、一度何かしらのデータを観察するということを試してみてもらえたらとても嬉しいです。
バイオロギング研究への壁?
ここまで読んで、
じゃあ実際に「関心ごとや疑問をあぶり出すバイオロギング研究」ってものをやってみよう!
という気持ちになってもらえたとして(そうだったら嬉しい)、しかしなぁ.…..と壁を感じる方もいらっしゃるかもしれません。
そういう壁として具体的に思い浮かんだことを、以下に挙げてみます。
まず、ロギングコスト(お金)の問題。
現時点で「何を知りたいのか」を自分でもわかっていない場合、研究費を獲得するのは容易ではなく、それではデータロガーを購入することは難しいと想像されます。
私自身、自分が何に興味があるのかを自分で理解しきれていなかった学生時代に、研究助成金に申請しても通らず、しかし根本的な問題(= 自分が何を知りたいのかをわかっていない)にも気づいておらず、少しいじけて暮らしていました。
(※ それでもバイオロギングができていたのは、指導教員の先生方や共同研究者の方々のおかげ)
そして、もう1つの壁として思い浮かぶのは、解析習得コストです。
データを取得した後、動物の行動に想いを馳せられるような状態にデータを準備するまでに、結構な手間がかかる場合があります。その段階に労力がかかりすぎるのでは、データ観察に対して精神的に腰が重くなってしまうかもしれません。
ですが、これらの懸念点については、近年もりもり充実してきているバイオロギングデータベースや解析/可視化支援ツールが緩和してくれるのではないかと考えています。
ウェブ上でアクセスできる、ユーザーフレンドリーなデータベースや解析パッケージが年々増えています(cf. 渡辺ら 2023 日本生態学会誌;Joo et al. 2020 J. Anim. Ecol.)。もちろん、ピッタリなデータや解析コードが必ず入手できるとは限らないのですが、「データの観察」を低コストで始める基盤ができつつあるように思います。
余談|講演を終えて...
肝心の講演本番についてですが、初めての鳥学会に緊張していたのか、あるいはバイオロギングへの想いを全力で込めすぎてしまったのか、途中(本題に入ったあたり)からの記憶がほとんどありません...。当日の私は、ここに書いた内容とは全然関係ない話をペラペラしゃべっていたかもしれない。
ので、こちらの記事でバイオロギングの魅力を少しでも伝えることができていたらいいなと思います。
関連資料集
フレッシュなバイオロギング情報:
日本バイオロギング研究会 月刊会報(ウェブサイトで無料公開)
バイオロギング書籍:
『バイオロギング:最新科学で解明する動物生態学』(年出版)
『バイオロギング2:動物たちの知られざる世界を探る』(年出版)
データ観察の参考書:
BIRDER連載 『バイオロギング 鳥の背から見える景色』 (著 依田憲) 2019年12月号「#21 リアルを求めて」
『リサーチのはじめかた』第1部(著 トーマス・S・マラニー ;クリストファー・レア)
『系統樹思考の世界 すべてはツリーとともに』第1章(著 三中信宏)
過去のバイオロギング考:
引用論文:
Joo, R. et al. (2020) Navigating through the R packages for movement. Journal of Animal Ecology, 89(1), 248–267.
新妻靖章 (2010) ウミガラスの生理生態学: 体温変化と潜水行動の関係を探る. 日本鳥学会誌, 59(1), 31–37.
Shiomi et al. (2016) Diel shift of king penguin swim speeds in relation to light intensity changes. Marine Ecology Progress Series, 561, 233–243.
Shiomi et al. (2023) Stay the course: maintenance of consistent orientation by commuting penguins both underwater and at the water surface. Marine Biology, 170(4), 42.
高橋晃周 & 依田憲 (2010) バイオロギングによる鳥類研究. 日本鳥学会誌, 59(1), 3–19.
Watanabe, H. et al. (2023) King penguins adjust their fine-scale travelling and foraging behaviours to spatial and diel changes in feeding opportunities. Marine Biology, 170(3), 29.
渡辺伸一 et al. (2023) Biologging intelligent Platform (BiP) により実現するバイオロギングデータの共有と海洋の可視化. 日本生態学会誌, 73(1), 9–22.
綿貫豊 et al. (2010) 深く潜水する海鳥のストローク調節: サウスジョージアムナジロヒメウ・ウミガラス・マカロニペンギンの比較. 日本鳥学会誌, 59(1), 20–30.
Yoda, K. (2018) Advances in bio-logging techniques and their application to study navigation in wild seabirds. Advanced Robotics, 33, 108–117.
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