肺がん診断までの経緯④
切っちゃおうか
この年は、例年グズグズと先延ばしにしている確定申告を、早々と済ませていました。
言い忘れていましたが、わたしは自営業者です。業種は、映像制作業。フリーランスカメラマンとして、普段はテレビの仕事だとか、企業団体や個人から、映像制作を請け負っています。フリーランスは、組織に縛られないという点では、かなり気楽です。しかしサラリーマン時代と違い、申告も納税も、何から何まで自分でやらなくてはなりません。なので、毎年2月頭から3月末までの、まるまる2か月間は、確定申告も重なり、年度末進行で大忙しなのです。
確定申告なんて、普段からちゃんと帳簿整理をしておけば、そんなに大変でもありませんが、事務仕事が苦手なわたしにとっては、そこそこ面倒な仕事なのです。その“山”を、なぜかこの年に限って、早々と済ませていたとうわけです。まるでこの先の展開を、予感していたかのような段取りの良さでした。とは言え、片付けなくてはならない仕事は、山積みでしたが。
ガリウムシンチグラフィの検査結果が伝えられる日は、妻が同行しました。2月27日の夕方でした。初老の耳鼻科医は、半ば薄笑いしながら、いきなりこう言いました。
「スギハラさん、切っちゃおうか。」
本当に、何の前触れもなく、そう言われました。意味合いとしては、首に出来たしこりを切除しようという提案でした。検査では、しこりが何なのか、やはり分からなかったとの説明でした。だから、切って調べようと、医師は言ったわけです。
意味は、分かりました。しかし、激しく苛立ちました。同じことを言うにしても、伝え方があるだろうと思ったからです。それを、こともあろうか薄笑いしながら「切っちゃおう」だなんて、人の体を何だと思っているんだと、怒りがこみ上げました。
「いきなり切っちゃおうって言われても、年度末でやらなくちゃいけないことも多いので、せめて4月にしてくださいよ。」
努めて冷静に、言い返しました。すると医師は、今度は真顔で言いました。
「あんたね、仕事と自分の体と、どっちが大事なの。」
「どっちも大事に決まってるでしょ!」
と言いかけたのを、横にいた妻が制しました。
「確定申告は終わったのよね。仕事は、どうにか調整できるんじゃない?できないものがあれば、その時に考えたらいいよ。」
目が合うと、妻は続けてこう言いました。
「切ってもらおう。」
手術日は、3月11日と決まりました。
分かってないのは自分だけ
これは、今だから分かることですが、わたしの首にできたしこりは、最初からがんと疑われていたのです。振り返ってみれば、かかりつけ医のハルキチ先生は「悪性リンパ腫を疑っている。」と明言しましたし、より広範囲に検査をと回された耳鼻咽喉科では、腫瘍を見つけるためのガリウムシンチグラフィ検査を受けました。そして、はっきりと分からないなら、郭清して病理検査をした方が良いという意味で、「切っちゃおう」と言われたのです。
医者だけではありません。妻も、わたしからここまでの経緯を聞かされた時点で、がんだと思っていたような気がします。だからこそ、耳鼻咽喉科ドクターとわたしが揉めそうになったのを、止めたのです。これから大変なことがたくさん待っているのに、こんなところで揉めてる場合じゃないでしょと、妻は呆れていたに違いありません。
滑稽にも、わたしだけが、わたしの体の異変を、軽く考えていました。それは、事ここに至ってなお、変わりませんでした。ただ、手術のために仕事を休まなくてはならないことで生じるストレスは、わたしの心に少しずつ、しかし確実に、降り積もっていました。