人魚に恋したモンキー EP4
EP4【森咲海翔 23歳 秋】
「待たせたな。広報の話が長くて」
めんどくさそうな仕草をした森咲海翔が近づいてくる。
「いや俺も今来たところ。久しぶりだな、会うのは1年ぶりか」
心友(親友)との再会に満遍の笑みの川嶌流海。
「こちらも色々忙しいんでね。主役が急に居なくなったお陰で自動繰上げ主役。CMやら撮影やら本業以外にやる事多くて。なんか腑に落ちねえけどな」
「凄いな、スーパースターは」
「ほんとはこれ琉海の仕事な。お前がバレー辞めなけりゃマスコミは琉海の方に殺到して、俺はもっと集中して練習に打ち込めてたのに」
そう言って海翔は不機嫌そうな顔をして見せた。
「いやいや、入団1年目で新人賞からMVP、毎年各賞総ナメ、昨年からは海外移籍だろ。来年から始まるオリンピック予選会メンバーも確定らしいし。そりゃ世間は放っておかないさ。ファンクラブ発足時は俺が第1号な」
「なんか上から目線で気にいらねえ」
今度は本当に不機嫌な顔をしていた。
2人はホテルの近くにある居酒屋に場所を移し、先程店員が持ってきた3杯目の生ビールに手をかけた。
「それで?そろそろ言う気になったかバレーを辞めた理由」
海翔は決勝戦以来、繰り返しこの質問を琉海にしていた。
「辞めた奴の話に良い話なんてあるかよ。それに国体からもう何年経ってると思う。5年だぞ5年。そんな事より良い酒が呑める話しろよ」
「お前はそうやっていつも話を誤魔化すだろ。そろそろ本当の理由教えろよ。永遠に言い続けてやるからな」
「まあそれもそうだな、そろそろ言ってもいい時期かもな」
「言えよ、そんなに秘密にすることかよ。全部話せばスッキリするぜ」
「俺、もう飛べないんだ」琉海が少し言い辛らそうに話そうとした。
「痛めたのか。そんなに酷かったのか」
「そうなんだ。もう垂直2メートルしか飛べない。故障持ちが通用する程、プロの世界はそんなに甘くないだろ」
「そうか2メートルか、そら酷い。ん、2メートル?おい2メートルって世界最高峰の奴らの数値じゃないか。どこが傷めてんだよ、また騙しかよ。そんなに引っ張るネタかよ」
そう言って生ビールを一気に流し込んだ。
「はいはい、冗談冗談。もう俺の話は終了。ところで海翔、プライベートはどうなんだよ。彼女は出来たのか。それとも恋人はバレーボールですか?」
小指を立てながら真っ赤な顔をした琉海が話し出した。
「もう酔っ払ってるのか琉海。早過ぎるだろ、まだ2杯しか呑んでないんだろ」
「うるさい。バレーでは負けないけど、アルコールには勝てる気がしないんだよ。それより彼女出来たのかって聞いてんの」
「お、おう。一応な」
海翔は笑いながら頬を紅くさせた。
「まじかよ。バレーしか興味無い海翔に遂に彼女か」
琉海は店内に響き渡る位の大きな声を出した。
「うるせぇ。お前はいつも茶化すから嫌なんだよ」
「名前は?
どんな子?
写真見せろ?
何処で知り合ったんだ?
年齢は?
血液型は?
何座?
何処に住んでるんだ?
どうやって知り合った?
どっちから告った?」
「どんなけ質問責めだよ!!」
「早く教えろよ・・・」
「おい琉海、欠伸してんじゃねぇよ、グラスが空いてるぞ。生でいいか。すいませんおかわり2つ」
「はやくおしえろよ・・・。まだきいて・・・ない・・・・・・」
「おかわりきたぞ。今日はとことん呑むぞ」
「おう、のむぞ・・・。で、なんの・・・はなしでしだっけ・・・ひっく」
結局、琉海は4杯目を吞み干すことなく2人は居酒屋を出てホテルに向かった。
「まったくお前と呑むといつもこうだよ」
そう言って千鳥足の琉海の肩をさっきよりもしっかり掴んだ。
「ちゃんと言いたかったんだぜ海月の事。お前なら理解してくれるよな」
海翔の声は酔っぱらった琉海には届いてなかった。