Trial and Error

～椎橋の誓い～

よし！今月の目標を張り出して

椎橋はラミネートされたB5用紙をロッカーに貼り付け満足げにたたく

Trial and Error   ～試行錯誤～
大学で化学を専攻していた彼を突き動かす
至高のワードだ

教師という夢を諦め
一般企業に入った彼は深田を見習い
立派な社会人になりつつあった

ふと背後にひと気を感じふりかえると
石橋がいる

よう！椎橋！トライアル&エラーって
お前のモットーか？

！！石橋さん ノックしないなんて
怖いです😱

「トライアルは挑戦　エラーは失敗ってところだよな！」 猛者はおかまいなしだ

椎橋は内心面白くない
ベテランにからかわれるとよほどだ

試行錯誤です！！

三角フラスコを差し出す動きで
ツッコミを交わす　

「お前みたいな化学オタクが
広告代理店に就職するなんて珍しいからな〜」

ディーゼルエンジンの資料で椎橋のスーツをこずく

「課長さんのモットーはなんですか？」

「そうだな‥‥当ててみろ！」

椎橋はまたしても深田との約束を破り
挑発に乗ってしまう　

現場百遍！と

叫ぶ 石橋は嬉しそうだ

「若造はそれでいいのさ 」

ビシッ！ふいに猛者に背中を叩かれ
ゴホゴホとむせる

石橋さんひどい！
ロッカーから離れ　涙目で抵抗する

水を飲もう　
給湯室に向かって走ると石橋は
チッ！と舌打ちする

キュッ！
蛇口を捻ると溢れてくる水を手で受ける
白いシャツが濡れるのもお構いなしだ

はぁー　ちょーしんどい
仕事ではなく　石橋に疲れていることに
彼は気がつきつつある

前に競走した時はひどい目にあったものだ
右足にある擦り傷のあと
左の肘にもまだ絆創膏が貼られている

そういえば あの時…

気を失った彼は京都の竹藪を歩く心地で
目を覚ました

気がつくとそこには扇子をあおぐ政富氏の姿が

椎橋くん　大丈夫かい？

深田の声に石橋との出来事を思い出す

深田さん！申し訳ないです

パチン！
「もう　二度と石橋と追いかけっこしないことだな」政富氏は扇を閉じてさとす

深田は神妙な面持ちで
椎橋を見ている

君は若いからほんとに
そのスーツ似合ってるね

枕元に置かれたスーツは汚れこそあるものの傷みはない

「スーツは企業戦士の誇りだよ
大事にすることだよ」

「石橋のチョッキは鎖帷子だから
同じ扱いしないことだな」

「先輩！」起き上がると深田の手をとり
誓う

「もう　石橋さんの挑発には乗りません❗️」

「いいんだよ 君はそうやって社会人になっていけば 」
 
オフィスの清流はさらさらと椎橋の手をつたい消えてゆく

水を飲み干し 顔を上げ

おぼろな約束を思い出すと
ハニカミ笑う

あぁ　オレはダメだなぁ

わずかにしゃがれた声を漏らす彼は
もう　学生ではなかった