(改正債権法における)表明保証と動機の錯誤との関係

検討の前提として、「表明保証」の一般的な理解につき、井上聡(2013)「金融取引における表明保証」金融法務事情1975号45頁を引用することで、これを確認しておきたい。

表明保証とは、一般に、契約当事者の一方が、他方の当事者に対し、自らの能力・状況や契約の目的物などに関連する一定の事項が一定時点において真実かつ正確であることを表明し、その表明した内容を保証するものと考えられている。

また、「動機の錯誤」のポイントを再確認すべく、山本敬三(2014)「『動機の錯誤』に関する判例の状況と民法改正の方向(下)」NBL 1025号46頁より、以下を引用しておく。

「動機の錯誤」のポイントは、意思表示をする際に、表意者が事実を誤って認識したことにある。つまり、表意者の事実認識と現実の事実との間に齟齬があることが、ここでいう「錯誤」である。その意味で、これはむしろ「事実錯誤」と呼ぶ方が内実をあらわしている。

まず、本論点については、たとえば、井上聡・松尾博憲 編著(2017)『practical 金融法務 債権法改正』22頁以下において、コンパクトにまとまった説明がなされている(ので、ここでは論点の説明は割愛する。)。
私見は、上記文献で紹介されている、表明保証された事実は「表意者が法律行為の基礎とした事情」とならないと考える見解、表明保証違反がないことを信頼して契約を締結したという因果関係がないとする見解、リスク分担に関する合意があるため惹起型錯誤(相手方の誤った表示(不実表示)によって惹起された動機の錯誤)の要件を充足しないとする見解のいずれとも異なり、そもそも錯誤に陥っていないと考える見解である。
以下、かかる見解に至った理由について論じる。

議論を極力シンプルにすべく、以下の各ケースで検討する。

AはBに絵画を売ることにした。その際、以下の合意がなされた。なお、以下のいずれにおいても、絵画が甲の作品である場合、その価値は100万円であるものとし、他方、絵画が乙の作品である場合、その価値は30万円であるものとする。
(ケース1)
Aが「絵画は甲の作品である。」と表明保証して、絵画の代金を100万円とした上で、「絵画が甲ではなくその弟子の乙の作品であった場合、AはBに損害賠償として70万円を支払う。」との表明保証違反の効果が合意された。
(ケース2)
Aが「絵画は甲の作品である。」と表明保証して、絵画の代金を100万円とした上で、「絵画が乙の作品であった場合、AはBに損害賠償として70万円を支払う。絵画が甲乙以外の者の作品であった場合、Bは契約を解除できる。」との表明保証違反の効果が合意された。
(ケース3)
「甲の作品の場合は100万円、乙の作品の場合は30万円とする。なお、代金支払日までにどちらの作品か分からない場合は、いったん甲の作品として100万円で決済し、その後、乙の作品であることが判明したときは、AはBに直ちに差額70万円を返還する。」との合意がなされた。
(ケース4)
「甲の作品の場合は100万円、乙の作品の場合は30万円、甲乙以外の者の作品であった場合は100万円としつつBに解除権を与える。なお、代金支払日までに誰の作品か分からない場合は、いったん甲の作品として100万円で決済し、その後、乙の作品であることが判明したときは、AはBに直ちに差額70万円を返還し、また、甲乙以外の者の作品であることが判明したときは、Bは契約を解除できる。」との合意がなされた。

「表明保証違反があった場合、表明保証を受けた者は、動機の錯誤を理由に、契約を取り消せるか」という論点は、たとえば、ケース1の合意がなされた場合において、Aに表明保証違反があったとき、すなわち、絵画が実際には甲以外の作品であったときに登場する。このとき、仮に、絵画が実際には乙の作品だったら、果たしてケース1のBは錯誤に陥っていたのだろうか。
動機の錯誤とは、「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」をいう(95条1項2号)。
ここで、ケース1のBが「法律行為の基礎とした事情」とは何か。それは「絵画が甲又は乙の作品であること」と考えられる(より厳密には、ケース1のBは、絵画が甲の作品であることを主たる基礎事情としつつも、絵画が乙の作品であることも予備的に基礎事情に組み込んでいたものといえる。)。当該「事情」はAが表明保証した事実とイコールではない。なぜなら、ケース1における表明保証違反の効果に係る合意の内容から、Bは、絵画が乙の作品であり得ることも織込済みで(基礎として)、契約を締結しているからである。そして、このように考えると、絵画が実際には乙の作品だったとしても、表意者Bが法律行為(売買契約の締結)の基礎とした事情についてのその認識(絵画は甲又は乙の作品)は真実(絵画は乙の作品)に反していないことになる。よって、Bは錯誤に陥っていない。
では、仮に、絵画が甲でも乙でもない丙の作品だったら、どうなるか。ケース1のBが「法律行為の基礎とした事情」は「絵画が甲又は乙の作品であること」なので、かかるBの認識は真実(絵画は丙の作品)に反するから、Bは錯誤に陥っている。したがって、この場合は錯誤取消しが認められ得る。

上記の考え方は、ケース1とケース3を比較すると、妥当であることが分かる。すなわち、ケース1とケース3の各合意内容は実質的に見て同一であるところ、ケース3においては、仮に、絵画が乙の作品であった場合、錯誤は問題となり得ないし(代金支払日前であれば、単に売買代金が30万円に確定するだけだし、代金支払日後であれば、単にAがBに貰い過ぎた70万円を返すだけである。)、他方で、仮に、絵画が丙の作品であった場合には、錯誤が問題となる。つまり、上記の考え方によると、実質的に同内容の合意であるケース1と3で処理が一貫するのである。

次に、ケース2の合意がなされた場合を検討したい。ケース2のBが「法律行為の基礎とした事情」とは何か。それは「絵画が甲若しくは乙又はその他の者の作品であること」と考えられる。当該「事情」はAが表明保証した事実とイコールではない。なぜなら、ケース2における表明保証違反の効果に係る合意内容から、Bは、絵画が乙又は甲乙以外の者の作品であり得ることも織込済みで(基礎として)、契約を締結しているからである。そして、このように考えると、絵画が実際には甲でも乙でもない丙の作品だったとしても、表意者Bが法律行為(売買契約の締結)の基礎とした事情についてのその認識(絵画は甲若しくは乙又はその他の者の作品)は真実(絵画は丙の作品)に反していないことになる。よって、Bは錯誤に陥っていない。

上記の考え方は、ケース2とケース4を比較すると、妥当であることが分かる。すなわち、ケース2とケース4の各合意内容は実質的に見て同一であるところ、ケース4においては、仮に、絵画が甲でも乙でもない丙の作品であった場合でも、錯誤は問題となり得ない(代金支払日前であれば、単に、売買代金が100万円に確定するとともに、Bが解除権を取得するだけだし、代金支払日後であれば、単にBが解除権を取得するだけである。)。つまり、上記の考え方を採ると、実質的に同内容の合意であるケース2と4とで処理が一貫するのである。

◆追記1◆

私見によると、表明保証違反の効果が広く合意されている場合は、表明保証違反があったとしても、動機の錯誤を理由とした取消しは基本的に認められないものと思われる。もっとも、たとえば、以下のようなケースでは、動機の錯誤を理由とした取消しがなお認められ得ると考える。

(ケース5)
Aが「絵画は甲の作品である。」と表明保証して、絵画の代金を100万円とした上で、「表明保証違反があった場合、AはBに生じた損害を賠償する。」との表明保証違反の効果が合意された。なお、Bは、甲の作風を模倣してばかりいる戊をかねてより毛嫌いしているが、AとBが契約締結前に絵画を一緒に確認したところ、戊の作品ではないという点で意見が一致した。

ここで、ケース5のBが「法律行為の基礎とした事情」とは何か。それは「絵画が甲又は甲以外の者(但し、戊を除く。)の作品であること」と考えられる。なぜなら、ケース5における表明保証違反の効果に係る合意の内容から、Bは、絵画が甲以外の者の作品であり得ることも織込済みで(基礎として)、契約を締結しているが、他方で、戊の作品ではないと信じていた(すなわち、戊の作品であり得ることは基礎としていなかった)からである。そして、このように考えると、絵画が実際には戊の作品だったとすると、表意者Bが法律行為(売買契約の締結)の基礎とした事情についてのその認識は真実に反するから、Bは錯誤に陥っている。したがって、この場合は錯誤取消しが認められ得る。

◆追記2◆

債権法研究会編『詳説 改正債権法』21頁で紹介されている、「95条1項2号と同条2項それぞれの『法律行為の基礎』の解釈に違いを持たせる」見解には、賛成し難い。
同見解は、95条2項の「法律行為の基礎とされていること」の時制が、同条1項2号の「法律行為の基礎とした事情」と異なり、過去形になっていない点に着目する。
しかし、同文言が過去形になっていないのは、単に、同文言が全体として過去時制となっている節(「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたとき」)の一部を構成しているからに過ぎない。すなわち、時制の一致が生じる英語と異なり、日本語においては、過去時制となっている節に含まれる動詞は、更に過去(大過去)の事柄を述べる場合でなければ、現在形となる。
したがって、「法律行為の基礎とされていること」の時制が過去形になっていないのは、単なる文法上の理由からであって、そこに深い意図はない。

(雑感)
検討すればするほど、「そもそも『錯誤』とは何か」という疑問が、頭から離れなくなった。今は錯誤について文献を漁れる環境ではないし、きりがないので、一旦、上記の内容でアップしておく。本論点については、折りに触れて検討を続け、適宜修正を加えていきたい。

(参考文献)
・井上聡・松尾博憲 編著(2017)『practical 金融法務 債権法改正』22-24頁
・井上聡(2017)「錯誤―いわゆる動機の錯誤を中心として―」債権法研究会編『詳説 改正債権法』18-22頁
・井上聡(2013)「金融取引における表明保証」金融法務事情1975号45頁
・潮見佳男(2010)「表明保証と債権法改正論」銀行法務21 719号23頁
・山本敬三(2014)「『動機の錯誤』に関する判例の状況と民法改正の方向(下)」NBL 1025号37頁
・山本敬三(2011)「民法改正と錯誤法の見直し―自律保障型規制とその現代化」法曹時報63巻10号52頁

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