法令における「等」の登場回数とそのパターンを検証してみた
11月11日の日経新聞に以下の記事(本件記事)が掲載されました。読めない方のために一言で雑に要約させていただくと、「法令には『等』が多用されており、それがルールを不明確にしている面がある」という内容です。
本件記事に対してはいろいろツッコミたい点はあるのですが、私も含め多くの法律実務家が違和感を覚えるのは、「法令中で『等』が用いられるのは定義語や略称としてのケースが大半で、キャッチオール的な意味で用いられているケースはほとんどないのでは」という点かと思います。
といっても、これは肌感覚にすぎませんので、実際どうなのか検証してみたいと思います。ここしばらく法令データを解析に取り組んでいることもあり、個人的には興味のあるトピックです。
検証の目的と手法
本件記事では金商法における「等」の出現回数(4,407回)に言及がありますので、本記事でも金商法を対象に検証します。
まず、本件記事の記者さんがどうやって「等」の出現回数・出現割合を調査したかですが、「租税特別措置法を文書作成ソフトに落とすとA4判で2650ページにもなる」というくだりから推測するに、おそらく、e-Govで表示した金商法の文字列データ(目次部分を除く)をWord等にコピペして「等」で検索したのでしょう(Wordなら総文字数も表示されるので出現割合も算出できますね)。実際にやってみると確かに4,407回になります。
とはいえ、上記手法ではこれ以上の処理はできませんので、金商法のXMLデータをプログラムで解析して検証することにします。言語はPythonを使用します。XMLデータはe-Govで入手できますが、こちらにも置いておきます。
検証の対象は次のとおりです。
法令で用いられる「等」のうち、文字どおりの用法、つまり「キャッチオール的な意味で用いられているもの」がどのくらいあるか?
したがって、総出現回数の4,407回から「そうでない用法のもの」を除けばよいわけですが、この「そうでない用法のもの」にはいくつかの類型があります。詳細は後述しますが、先に列挙すると次のとおりです。
A : 前文・標題・目的規定の中に出現するパターン
B : 熟語の中に出現するパターン
C : 参照法令の法令名の中に出現するパターン
D : 下位規則への委任文言の中に出現するパターン
E : 定義語・略称の中に出現するパターン
これらを順に処理していき、それぞれの処理によりどのくらい「等」の出現回数が減っていくか、そして最終的にどういうものが残るか、を見ていくことにします。
A: 前文・標題・目的規定の中に出現するパターン
本件記事は、金商法第1条の目的規定には6回も「等」が出現すると述べています。しかし、一般に目的規定は実体的なルールを定めたものではなく、ここに「等」が出てきてもルールが不明確になるということはないはずです。というわけで、目的規定に出てくる「等」はカウントしないことにします。
同じ理由で、制定文や前文に出てくる「等」もカウントしません(そもそも金商法に制定文や前文はないですが)。
また、以下のようないわゆる標題も実体的ルールとは無関係ですので、この中に出てくる「等」もカウントしないことにします。
(組織再編成等)
第二条の三 この章において「組織再編成」とは、・・・
この条件で実行すると、以下の結果になりました。
金融商品取引法
全文字数(目次除く): 774629
「等」の出現回数: 3935
全文字数に対する割合: 0.50799 %
標題に含まれる「等」がそれなりにあるようで、最初の4,407個から500個近く減りました。でも、まだまだ先は長そうです。
B: 熟語の中に出現するパターン
本件記事でも言及されているとおり、「平等」「親等」といった熟語として「等」が出現するケースがあります。これは当然ノーカウントです。
「等」が用いられる熟語としては、とりあえずこのあたりを押さえておけば十分な気がします(およそ法令で使われそうにないものもありますが)。
この条件で実行すると、以下の結果になりました。
金融商品取引法
全文字数(目次除く): 774629
「等」の出現回数: 3870
全文字数に対する割合: 0.49959 %
減ったような減ってないような。。熟語としての用例はそれほどない気がするので、まあこんなもんかなと思います。
C: 参照法令の法令名の中に出現するパターン
法令内で別の法令が参照されている場合に、参照先の法令名として「等」が含まれていることがあります。
(信託業務を営む場合等の特例等)
第三十三条の八 銀行、協同組織金融機関その他政令で定める金融機関が金融機関の信託業務の兼営等に関する法律第一条第一項の認可を受けた金融機関である場合における
上記のケースでは「金融機関の信託業務の兼営等に関する法律」でひとかたまりの固有名詞(参照先の法令名)になっているので、この中の「等」はカウントすべきではありません。
この条件で実行すると、以下の結果になりました。
金融商品取引法
全文字数(目次除く): 774629
「等」の出現回数: 3772
全文字数に対する割合: 0.48694 %
100個くらい減りましたね。金商法は他法令の参照箇所が多いので、さもありなんという感じです。しかし、まだ3,772個もありますね。
D: 下位規則への委任文言の中に出現するパターン
金商法をはじめとする専門的・技術的な色彩が強い法律では、法律レベルではルールの大枠のみを定め、詳細を「政令」や「内閣府令」といった下位規則に委ねている箇所(委任文言)が多数登場します。
こうした委任文言として、例えば、以下のような言い回し・表現が用いられることがあります。
(外国証券情報の提供又は公表)
第二十七条の三十二の二
2 ・・・ただし、当該有価証券に関する情報の取得の容易性、当該有価証券の保有の状況等に照らして公益又は投資者保護に欠けることがないものと認められる場合として内閣府令で定める場合は、この限りでない。
(金融商品取引清算機関等による取引情報の保存及び報告)
第百五十六条の六十三 金融商品取引清算機関等・・・は、・・・清算集中等取引情報(前条各号に掲げる取引その他取引の状況等を勘案して内閣府令で定める取引に関する情報のうち、当該金融商品取引清算機関等が当該取引に基づく債務を負担した取引に係るものをいう。・・・)について・・・
ここでの「等」は一見するとキャッチオール的な意味で使われているようにも見えます。しかし、これは委任先の省庁が具体的・詳細なルールを定める際は「●●等」を勘案・考慮して検討せよという意味にとどまり、その結果が政令・内閣府令という形で明確化されることになります。したがって、ここでの「等」は実体的ルールとしての意味を持つものではありません。
実際、上記例の「内閣府令で定める場合」は証券情報等の提供又は公表に関する内閣府令第13条で、「内閣府令で定める取引」は店頭デリバティブ取引等の規制に関する内閣府令第3条で、それぞれ明確化されています。
よって、委任文言の中に出てくる「等」はノーカウントとします。委任文言の書き方には種々のバリエーションがありそうですが、正規表現で対応できそうです。
この条件で実行すると、以下の結果になりました。
金融商品取引法
全文字数(目次除く): 774629
「等」の出現回数: 3502
全文字数に対する割合: 0.45209 %
思ったよりは減った感じですが、やはりまだ3,500個もあります。
E: 定義語・略称の中に出現するパターン
最後の処理です。これはまさに冒頭で述べた問題意識そのものです。
定義語や略称の中で「等」が用いられる場合は、定義規定の中でその意味するところは明確になっているので、固有名詞に準じてノーカウントでよいでしょう。
コーディングの観点からは、法令中の定義・略称を漏れなく正確に抽出・識別するにはそれなりに複雑・緻密なロジックが必要になります。とりあえず金商法に限ればほぼ100%カバーできるものが書けた気がしますが、他の法令もカバーするにはさらなるブラッシュアップが必要になりそうです。
さて、この条件で実行すると・・・
金融商品取引法
全文字数(目次除く): 774629
「等」の出現回数: 8
全文字数に対する割合: 0.00103 %
キタ―――(゚∀゚)―――― !!
一気に激減しました。「法令中で『等』が用いられるのは定義語や略称としてのケースが大半である」という肌感覚は客観的にも正しかったようです。
※ 各ステップにおける出現回数は処理の順番・組み合わせ等によって若干異なる可能性がありますが、金商法については、最終的にはこの8個に行き着くのではないかと思います。
最終的に残ったもの
最後に残った8箇所がどのようなものか見てみましょう。
第二条第八項
十七 社債、株式等の振替に関する法律・・・第二条第一項に規定する社債等の振替を行うために口座の開設を受けて社債等の振替を行うこと。
第三十五条第二項
一 商品先物取引法第二条第二十一項に規定する商品市場における取引等に係る業務
第七十九条の三十四第一項
四 会員に関する事項(業務の種類に関する特別の事由等により会員の加入を制限する場合は、当該特別の事由等を含む。)
附則(昭和五八年一二月二日法律第七八号)第二項
この法律の施行の日の前日において法律の規定により置かれている機関等・・・に関し必要となる・・・経過措置は、政令で定めることができる。
附則(平成四年六月五日法律第七三号)第九条
・・・証券取引所の施行日前にした・・・会員又は発行者が施行日前に旧証券取引法第百五十五条第一項第一号の定款等に違反した場合における当該証券取引所の同号の怠る行為については、なお従前の例による。
附則(平成一三年六月二七日法律第七五号)第一条
この法律は、平成十四年四月一日(以下「施行日」という。)から施行し、施行日以後に発行される短期社債等について適用する。
この中の「等」が含まれる用語には、定義こそされていないものの、「●●に規定する」「●●条の」といった外延を画する文言が付されたものが見られます。したがって、純粋にキャッチオール的な意味で「等」を用いているケースは、8個よりもさらに少ないと言えそうです。
まとめ
以上により、「法令中で『等』が用いられるのは定義語や略称としてのケースが大半で、キャッチオール的な意味で用いられているケースはほとんどない」という肌感覚は(少なくとも金商法に関しては)客観的にも正しかったといえそうです。
では、本件記事の問題提起がまったく的外れだったかというと、私自身はそうは思いません。「●●等」という定義の仕方は、複雑・長大な法概念を変数に格納し、他の条文からの参照を容易にするという点で便利な立法技術ですが、その定義語がどこでどう定義されているのかが容易に分からなければ、全体を仔細に読めば明確なルールになっていても、パッとみてルールの内容が分かりにくいという点は変わらないように思われるからです。林修三先生の本にも次のような一節がありました。
なるほど「等」の字がついていることによって、何か他のものが含まれていることはわかるが、その「等」の示すものが何であるかは、結局法令の内容をよく見ない限りはわからないわけで、親切さは、ある意味では中途半端に終わっているともいえるのである。
(林修三著『法令用語の常識〔第3版〕』(日本評論社・1975年)174頁)
こうした課題感をプログラム(本記事で使用したような解析技術)で解決できないかというのが個人的な関心ごとですが、それについてはまた別の機会に書くかもしれません。
なお、今回改めて、金商法は複雑・難解ではあるけれども、極めて精緻に作られた法律であるとの印象を強くしました。こういう法律は人間が読むのはしんどいですが、少なくともプログラムでは処理しやすいですね。