死刑判決を受けて暴れた刑事被告人の罪はさらに重くなるか?
死刑判決を受けた被告人が、法廷で暴れだし、取り押さえられる事件があったと報道された。
この被告人は、法廷で暴れたことで、死刑判決に加えて、さらに何らかの刑を科されるのか?あるいは刑が重くなるのか?
1. 報道された事件の概要
2020(令和2)年12月11日、鹿児島地方裁判所の法廷において、死刑判決を受けた刑事裁判の被告人(男性)が、検察官らに飛びかかろうとして、刑務官に取り押さえられたという事件が報道された。
https://news.yahoo.co.jp/articles/c42d91fba70577fe36f49480b4260d4180364ae5
この裁判は、2018(平成30)年に鹿児島県日置市で発生した、被害者5名に対する殺人罪と、うち2名に対する死体遺棄罪の判決公判とのことだった。
被告人は、裁判官から「被告人を死刑に処する」との判決主文を言渡された後、出廷していた検察官2名の前にあった机越しに飛びかかろうとしたとされている。
死刑判決の当否はさておき、この記事では、次の素朴な疑問について考察する。
今回、法廷で暴れたことで、被告人は、さらに何らかの刑罰を科されるのか?あるいは、刑が重くなるのか?
2. 法廷侮辱罪?
この被告人の行為は、何らかの新たな犯罪に該当するのか?
誰でも、「法廷侮辱罪」という言葉が頭に浮かぶだろう。実は、日本には、「法廷侮辱罪」という名称の犯罪はない。
しかし、同様の法律はある。「法廷等の秩序維持に関する法律」である。
条文はこれ。
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法廷等の秩序維持に関する法律
第2条 第1項
裁判所又は裁判官(以下「裁判所」という。)が法廷又は法廷外で事件につき審判その他の手続をするに際し、その面前その他直接に知ることができる場所で、秩序を維持するため裁判所が命じた事項を行わず若しくは執つた措置に従わず、又は暴言、暴行、けん騒その他不穏当な言動で裁判所の職務の執行を妨害し若しくは裁判の威信を著しく害した者は、20日以下の監置若しくは3万円以下の過料に処し、又はこれを併科する。
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これは条文の全文そのままで、とても読みにくいので、以下に、この記事に必要な範囲を「」で抜粋する。「」以外の部分は省略した。
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第2条 第1項
「裁判所」「が法廷」「で事件につき」「手続をするに際し、その面前」「で、」「暴言、暴行、けん騒その他不穏当な言動で裁判所の職務の執行を妨害し若しくは裁判の威信を著しく害した者は、20日以下の監置若しくは3万円以下の過料に処し、又はこれを併科する。
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報道によると、被告人が暴れたのは、死刑判決の主文が言い渡された後、裁判長が控訴の手続について説明を始めた時点であったということである。
「控訴の手続についての説明」というのは、裁判長が、概ね次のような内容を話して聞かせることだ。
「この判決は有罪判決ですので、高等裁判所に対して不服を申し立てることができます。その場合は、この判決から14日以内に高等裁判所宛ての控訴状を、この(判決をした)裁判所に提出しなさい。」
この手続説明をすることは、刑事訴訟規則で定められており、必ず行わなくてはならない。
条文はこれ。
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刑事訴訟規則
第220条 有罪の判決の宣告をする場合には、被告人に対し、上訴期間及び上訴申立書を差し出すべき裁判所を告知しなければならない。
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したがって、判決主文の言い渡しは終えていても、この説明を行っている間は、まだ裁判所の手続中であることが明らかだ。
とすれば、今回の件は、裁判所が手続をするに際し、その面前で、暴行その他不穏当な言動で裁判所の職務の執行を妨害したものと言える。
さて、これに対する「制裁」は、20日以下の「監置」もしくは3万円以下の「過料」のどちらか、または、その併科である。
「過料」は、1000円以上、1万円未満の金銭を納めること(刑法第17条)。
「監置」は、監置場に留置すること(※1)、監置場は刑事施設内に置かれる(※2)。「併科」とは、両方の制裁を同時に科すること。
※1「法廷等の秩序維持に関する法律」第2条2項
※2「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」第287条1項及び2項
ところで、この監置及び過料は、「刑」(刑法第9条)ではなく、「制裁」と明記されている。
条文はこれ。
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法廷等の秩序維持に関する法律
第3条1項 前条第1項の規定による制裁は、裁判所が科する。
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この「制裁」とは、通常の刑事罰とは異なった、「特殊な処罰」であると理解されている(※3)。
※3:最高裁 昭和33年10月15日 決定
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=50418
この最高裁判例の内容は、概ね次のとおり。
・この制裁は、「民主社会における法の権威を確保するため、法廷等の秩序を維持し、裁判の威信を保持すること」(同法第1条)を目的としており、刑事罰や行政罰とは異なる特殊な処罰である。
・裁判官の面前で行われた現行犯的な行為に対し、現認した裁判官によって下されるものだから、憲法の要請する刑事裁判諸手続の範囲外である。
このような理解からは、刑罰ではなく、刑事裁判のルールも適用されないというのだから、検察官が起訴する必要もない。
裁判官には、「制裁を科するのを相当とするとき」(※4)に、決定をもって制裁を科す裁量が認められている(※5)。
※4:法廷等の秩序維持に関する規則第10条
※5:法廷等の秩序維持に関する法律第4条1項
刑事罰とは無関係なのであるから、起訴されている殺人事件とは別に、裁判官が制裁するか否かを判断することになる。
もっとも、制裁の決定は1ヶ月以内という期間制限が法定されており(同法第4条2項)、裁判所の規則では「制裁を科する裁判は、できる限りその日のうちにするものとする。」(同規則第3条)とされている。
先の判例の表現を借りれば、このような手続の迅速性は、裁判の威信の回復は迅速になされなければ十分な実効をあげ得ないからと理解される。
本件の報道では、被告人は刑務官に制圧された後、裁判はそのまま閉廷となったとされているが、未だ、その後の報道がないので、裁判所が制裁を科すかどうかは現時点では不明だ。
ただ、妨害されたのが控訴手続の説明という被告人のための形式的な手続であること、死刑判決の宣告を受け勾留中であることを考えると、裁判所があえて制裁を科すことは考えにくいと思われる。
3. 公務執行妨害罪?
さて、本件では、被告人はいったん刑務官に取り押さえられた後に、再び暴れ出して、刑務官4人に制圧されたと報道されている。
そこで、もうひとつ頭に浮かぶのは、公務執行妨害罪 (刑法第95条)。刑務官という公務員に抵抗しているので、明らかに公務執行妨害罪は成立する。法定刑は、3年以下の懲役・禁錮または50万円以下の罰金である。
こちらは刑事罰であるから、検察官が起訴すれば、殺人事件とは別途に刑事裁判を受けることになる。
では、仮に、公務執行妨害罪で有罪となった場合に、刑罰はどうなるのか?
実は、本件では、公務執行妨害罪で有罪となっても、その分の刑罰を科すことはできない。
その理由は、死刑判決を受けた各殺人・死体遺棄事件と、公務執行妨害罪とは、併合罪(刑法第45条)の関係にあるからだ。
併合罪とは、刑法の教科書の定義をそのまま書けば、「確定判決を経ていない2個以上の罪のこと」となるが、これでは何のことかわけがわからない。
ただ、併合罪とは何かを正確に説明するには、かなりの紙幅を要し、ここにはとても書き切れない。
本件では、「複数の犯罪が行われ、それらがひとつの裁判で同時に裁かれる可能性のあった場合」と理解してほしい。
例えば、被告人がA罪、B罪、C罪という3つの犯罪を順番に犯した場合、どの犯罪も裁判で確定した有罪判決を受けていなければ、3つはひとつの裁判で同時に裁かれるので併合罪となる。
ところで、複数の犯罪に刑を科す場合に、A罪は10年、B罪は2年、C罪は3年で合計15年というように、各刑を加えてゆくやり方もある。これを「併科刑主義」という。
しかし、併合罪では、このやり方はとらない。
科刑の上では、この3つの罪を「併合罪」という一塊のグループとして扱い、ひとまとめにして一個の刑罰を科すのである。これを「単一刑主義」という。
何故、そのような取扱いをするかという点については様々な理由付けがなされている。
例えば、同時に裁かれる可能性のあった犯罪は、犯人のひとつの人格の現れとして、まとめて非難することができる一方、いったん有罪判決でお灸を据えられた後の犯罪は、別途の非難に値するからと説明する見解などがある。
ところで、本件にもっとも関わるのは、次の条文だ。
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刑法第46条第1項
併合罪のうちの一個の罪について死刑に処するときは、他の刑を科さない。ただし、没収は、この限りでない。
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併合罪という一塊のグループの中にあるひとつの犯罪に対して死刑を科すときは、他の刑を科すことはできないのだ。
究極の刑を科しているのだから、もうそれで十分だという価値判断に基づく(もちろん、懲役刑を科し、その刑期を終えてから死刑にすればよいという価値判断もあり得るが、現行法はそれを採用しない)。
報道によると、死刑判決は宣告されただけで、まだ確定はしていない。その後、弁護側は控訴したとも報じられている。
したがって、各殺人罪及び各死体遺棄罪と、その判決確定前に犯された今回の公務執行妨害罪は併合罪である。
仮に公務執行妨害罪で起訴され、有罪判決を受けることになっても、刑を科すことはできないということになる。万一、死刑判決が覆れば話は別であるが、その可能性は低いように思う。
であれば、今回の行為を公務執行妨害罪で起訴することは、刑罰という観点からは無意味である。
ただ、刑を科せないから常に起訴しないということではない。
最終的に死刑とは別に処罰を与えられないとしても、起訴し有罪判決を受けさせることで、公務を害する行為の違法性を示し、公務と公務員を保護することは無益ではないからである。
報道されている限りでは、本件では、起訴の可能性はないように思われるが、それは検察の判断次第である。
なお、先の「法廷等の秩序維持に関する法律」における裁判官による「制裁」は刑事罰ではないので、刑法に定められた併合罪規定の適用はなく、死刑判決とは別に制裁することが可能である。
以上(20201215)
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